213 惨殺事件の結末


「はぁ~あ……やりすぎた……」


 100人以上の死者を眺めたフィリップは、罪の意識が伸し掛かって暗い顔。実のところフィリップは、半分ぐらいは逃がそうと考えていた。

 しかし元騎士が手駒で謀反までたくらんでいたから、皇子としての裁きをするべきだと顔をさらけ出したのだ。


「後片付けしよ……」


 しばし力の抜けていたフィリップは、出した氷は集めてアイテムボックスに。カツラは戦う前に拾っていたよ。死体はそのままで、クレーメンス伯爵のそばにアイテムボックスから出したアン=ブリットの遺体を寝かせた。

 裸のままだったので手持ちの女性の服を手こずりながら着せたら、凶器である血で真っ赤になったクナイの指紋を拭き取ってからアン=ブリットに握らせた。


「これでアン=ブリットが1人で戦ったように見えるかな?」


 今回フィリップがこのような凶行に及んだのは、アン=ブリットの死体処理に困っていたから。お墓に入れたいが、どこに持ち込めばいいかわからないし、足が付きそうで怖い。

 キャロリーナに聞くと勘繰られそうで、こちらもできない。最悪、帝都の外に埋めようと考えていたら、「クレーメンス伯爵なら返り討ちの兵を集めそう」と閃いてこの作戦が浮かんだのだ。


「あとは死因か……毒殺犯もいるし、こいつに毒を持たせておいたらいいかな?」


 アン=ブリットは出血のない綺麗な体なので、近くで倒れている元騎士の手に、ダンジョンで手に入れた猛毒ポーションを半分ほどバラ蒔いてから握らせたら、死因も完璧。


「これは……アン=ブリットの近くに撒いておけばいっか。あ、伯爵の罪も足しとこ。プププ」


 さらに「天誅」と書いた紙をバラ蒔けば、完全犯罪の成立だ。


「アン=ブリットが悪いんだよ? 僕の物にならないから……いもしない義賊になってもらうことが罰だ」


 アン=ブリット、死後に暗殺者から義賊に転職。空から驚いた声が聞こえて来そうだ。


「ちょっと罰が重いか? 下手したら、数百年は言い伝えられるかも……死ぬ前に僕の伝記でも書こうかな……」


 フィリップも亡きアン=ブリットの声が聞こえたのか、やりすぎたと思いながら家路に就くのであった……



 クレーメンス伯爵が死んだ4日後、帝都に激震が走った。


 ついにクレーメンス伯爵の死が伝えられたからだ。


 4日も掛かったのは、現場検証が長引いたから。

 アン=ブリットが犯人なのは死体に全て同じクナイの傷が付いていたからなんとなくわかるが、1人で100人も仕留めたにしては服が綺麗すぎるだとか、一太刀も浴びていないのに毒殺なんてあり得るのかと謎が残ったのだ。

 さらにクレーメンス伯爵が集めた元騎士100人が頭の痛いところ。これほど多くの裏切り者が出たなんて、帝国の赤っ恥だから皇帝も表に出すのは渋ったのだ。


 悩みに悩んだ皇帝が取った手段は、天才フレドリク頼み。フレドリクは現場検証から始め、死体の倒れ方から第三者がいたのではないかと推理した。

 しかし証拠はゼロ。結局のところ、アン=ブリットしか犯人が見付からなかったので、とある事件を思い出して笑った。


「フッ……私がでっち上げたのに、まさか本当にいたとはな……フハハハハ」


 そう。アードルフ侯爵家殺害事件だ。あの時はフレドリクが奔走ほんそうして収めたが、今回の事件に既視感があったから本物の義賊に操られたと考えたのだ。


「次は必ず捕まえてやる! 首を洗って待っていろ!!」


 こうしてフレドリクは負けを認めて、ただならぬ闘志を燃やすのであった。


 弟がやったことなのに……



 フレドリクが負けを認めてからは早い。謀反未遂を認め、義賊が暴いて止めてくれたと発表。多くの人間の目に触れたのだから、下手に嘘をつくより義賊を出したほうが傷が浅いとの判断だ。

 元騎士は、元々素行の荒さがあったからクビにしたという裏工作をしたので、こちらは逆恨みと発表。実際、暴力的で上官と揉めて辞めた者が多いので、ほとんど嘘ではない。


 ここで重要なのが、アン=ブリットの役割。世界最高の暗殺者は、実は愛国者で帝国のために義賊を名乗って戦っていたと吹聴した。


 その結果、帝都はお祭り騒ぎ。アン=ブリットを称える声がそこかしこから聞こえ、お墓にも長蛇の列ができることに。

 アードルフ侯爵家殺害事件の義賊とも発表したので、人知れず権力や不条理と戦ってくれていたと民の心を掴んだからだ。


 国や皇家に対しての批判は、フレドリクが被る。でも、アン=ブリットの墓標に花を手向け、「今までご苦労だった」と周りに聞こえる程度に呟くだけで解消。

 アン=ブリットがフレドリクの指示の下、義賊として暗躍していたと民は勘違いしちゃったのだ。フレドリクはそれを狙って呟いたのに、皇家の信用は爆上げしたらしい……



 これらの第一報は、フィリップには前日に届いていた。


「陛下から手紙だ。必ず目を通すようにと言われてる」

「うん。ありがと。そこ置いといて」

「必ずって言ってんだろ!」


 でも、読みそうになかったのでボエルに怒鳴られていた。なのでフィリップは渋々感を出して手紙を開いた。


「ふ~ん……大変だね」

「何が大変なんだ?」

「読んだらわかるよ。はい」

「おう」


 フィリップがテンション低く渡すと、ボエルはさっそく読み始めたけど、その時フィリップはニッタ~っと笑った。


「あ、極秘事項だけど読ませてよかったのかな?」

「おおう!?」


 ボエル、驚きすぎて手紙を宙に投げる。そしてキャッチしようとしているが紙にヒラヒラと避けられて、やっとこさ捕まえた。


「それ、先に言えよ! ちょっと読んじゃたっただろ!!」

「アハハ。冗談ってワケじゃないけど、今日だけのことだから。明日には発表するってなってるから、1日ぐらい早くても大丈夫だよ。ボエルは言いふらさないでしょ?」

「そりゃそうだけどよ~……」

「面白いから読んでみな」

「本当か? さっきつまらなそうに読んでなかったか~??」

「マジでマジで。騙されたと思って」


 フィリップに騙されっぱなしのボエルは警戒して読んでくれなかったので、フィリップが音読したら手紙を奪い取って熟読。

 「すげぇすげぇ」とか言いながら手紙を読むボエルの横で、遠い目で外を見続けるフィリップであった。

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