191 必死の形相


 フィリップが初めて取り巻きを連れて歩いているのだから話題になり、フレドリクまで訪ねて来て優しい言葉を掛けていたので、リネーアはドキン。あれこそ皇子様の笑顔なんだとか。

 そんなことになっているのに、フィリップはいつも通り。授業はほとんど寝て、たまにサボり。1人でどこかに行ってしまうので、リネーアの下へ大量の質問が来ていた。


 質問の内容は、どうやったらフィリップに取り入れるか。リネーアも理由がわからないので答えられず。

 ただ、それで逆ギレする人には「そういう人は殿下は嫌う」と反論して、名前をメモっていたので優しい物言いの人だらけになっていた。


「へ~。やるじゃん」

「やるじゃん、ではなくてですね。この騒ぎを収めてほしいのですが」

「もうちょっと続けな。これもリハビリだよ。そしてその中から信用できそうな人を見付けて、友達になれるかが課題。後半に声を掛けて来る人が狙い目かな~?」

「そこまでお考えになっていたのですか……」

「そうそう。考えてた考えてた」

「本当ですか?」


 感心した顔をしていたリネーアだが、フィリップが軽すぎるので疑いの目に変わった。


「ホントホント。僕、次の休み時間消えるから、ボエルに言っておいてね」

「いったいいつもどこに行ってるのですか~」


 なんと言われようとフィリップは答えずに寝て、授業が終わる前に本当に消えているので、リネーアはいつも驚いているのであった。



 その教室から消えたフィリップがどこに行っているかというと、ルイーゼがイジメられる現場。

 これまでもイーダから情報を仕入れて見に行っていたのだが、リネーアとマーヤが増えた大所帯ではすぐに見付かってしまうから1人で行動しているのだ。

 ボエルは捜しに行きたいが、リネーアが心配で動けず。どうせしばらくしたら必ず戻って来るから、フィリップの心配はやめたらしいけど……


 そんな感じでフィリップがルイーゼたちをニヤニヤ見ていたら、イーダから待ってましたのイベントがあると聞いたので、この日は1時間目から消えた。

 そうして校舎の入口にある無駄に豪華過ぎる大階段で、いまかいまかとフィリップは特等席で待っていたら、授業中だというのにルイーゼがノコノコやって来た。


(プププ……悪役令嬢の取り巻きに騙されて、こんなところにやって来てるよ。兄貴は体育の授業中なのに、こんなところで待ってるワケないじゃん)


 3階から階段を下りるルイーゼを、フィリップは笑いをこらえて見続ける。そのルイーゼは2階に到着すると、わざわざ広い階段の真ん中辺りまで来て下り始めた。


(なんでそこってツッコミも、なんで僕に気付かないってツッコミも、いまは我慢。さあ、イーダの出番だ!)


 ルイーゼが3段ほど下りたところで、タタタッと後ろから走り寄るイーダ。フィリップは突き落とす姿を目の当たりにする。


「……!?」


 でも、イーダはフィリップに気付き、手を伸ばした状態で固まって未遂。すごすごと引き下がって行くのであった。



 悪役令嬢サイド。


「あそこまで行って、どうして押さないのですの!!」


 エステルは激怒。ツバを飛ばしてイーダを叱責した。


「そ、それが、フィリップ殿下が……」

「フィリップ殿下?? なんであんなところにいるのですの!?」


 そう。フィリップがいる場所は、大階段を数段下りたところ。そこからニヤニヤした顔だけ出して、エステルたちのやり取りを見ているので、エステルも怒り爆発だ。

 文句のひとつでも言ってやろうとエステルは歩き出したその時、フィリップは焦ったような声を出すのであった。



 フィリップサイド。


「ちょちょちょ。何してんの??」


 フィリップは突然前のめりに倒れそうになったルイーゼに焦って、素早く駆け寄り襟首を掴んで階段からの落下を阻止した。


「アレ? フィリップ君……どうしてこんなところにいるの?」

「いや、それより、いま自分から落ちようとしなかった?」

「そんなことしないよ~……あ、でもつまずいたかも? フィリップ君が支えてくれたの? ありがとう」

「う、うん。危ないから気を付けなよ」

「わかってるよ。もう大丈夫。フックンが待ってるから行くね」

「ちょちょちょ。言ってるそばから~~~!!」


 ルイーゼは数段下りたらわざとこけて落ちようとするので、フィリップが救出。また落ちそうだと感じたフィリップは後ろからついて歩き、もう2回落下を阻止したのであった。



 悪役令嬢サイド。


「ルイーゼを助ける殿下もムカつきますが、ルイーゼは何回落ちるつもりですの?」

「これなら私たちが手を出さなくてもよかったかもですね……」

「あ、また落ちましたけど、殿下が襟首掴んで助けましたね」


 フィリップが何を焦っていたのか気になったエステル、イーダ、マルタは階段のきわまでやって来て、2人のやり取りというか茶番を見ていた。

 2人が一番下まで到着すると、残念なような馬鹿馬鹿しいような気持ちにはなっている。そうしてフィリップが上って来たので自分たちも戻ろうとしたその時、エステルは振り返った。


「あ、殿下……」


 ルイーゼが来た道を戻っていたのだ。フィリップはまだ気付いていないので、エステルは声を掛けようとしたが、ルイーゼがまた落ちるのではないかと期待してその先は止まった。


「キャーッ!!」


 その予感は大正解。ルイーゼは3段ほど上がったところでバランスを崩し、落ちてった。


「フフフ。あの方の焦った顔、初めて見ましたわね」

「はい。でも、血相変えて走って来ましたよ?」


 エステルが怖い顔で笑うなか、あたふたしていたフィリップは必死の形相でダッシュ。エステルたちに脇目も振らず通り過ぎて行ったら、男の声が聞こえた。


「「「「ルイーゼ!」」」」


 フレドリクを含むイメン4人衆だ。


「に、逃げますわよ!」

「「はいっ!」」


 こんな現場を見られたら、間違いなく冤罪を掛けられる。エステルたちもフィリップみたいに必死の形相で走り出したのであったとさ。

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