094 心の傷
ストール伯爵の屋敷を訪れた次の日の昼過ぎ……
「殿下……お顔が真っ青です。体調が悪化したのでは……」
フィリップが急に跳び起き、ダグマーが心配して駆け寄る姿があった。
「だ、大丈夫。怖い夢を見ただけ……」
「怖い夢ですか……朝方も寝付きが悪かったように見えたのですが、何か不安なことでもあるのではありませんか?」
「そういうのじゃなくて、母上のことを思い出しちゃったから……あ、ヤバイ。グズッ」
「殿下……私が
ダグマーが何か勘付いているのではないかと、母親を使って話を逸らそうとしたらフィリップの目から涙が零れ落ちる。その嘘を信じてしまったダグマーは、フィリップを優しく抱き締め続けるのであった……
その日の夜、フィリップはクリスティーネの寝室を訪ねていた。
「連日なんて珍しいですね。もう、私には興味がないと思っていました」
ここ最近は、フィリップは週一ぐらいしか現れないので、クリスティーネもチクリ。
「……どうかしました?」
いつもなら茶化すフィリップが黙っているし、まだ触れもしないのではクリスティーネも少し心配になっている。
「なんでもない。ちょっと横になって」
「はあ……脱がなくていいの?」
フィリップは首を振りながら上着を脱ぎ捨て、クリスティーネの隣に寝転ぶと胸に顔を埋めた。
しばらくクリスティーネはフィリップの頭を撫でていたが、フィリップは一向に喋る気配がないので自分から切り出す。
「ひょっとして、フィリップはストール伯爵の事件に絡んでいます?」
「……どうしてそう思うの?」
「昨日聞いて来ましたし……それに謎の多い事件なので」
フィリップが黙ってしまったので、クリスティーネは喋り続ける。
その内容のひとつはストール伯爵の死因。打撲等は複数あるが、死ぬほどの怪我ではない。妻も、ストール伯爵は階段から落ちたけど自分の足で寝室に入ったと証言しているのだとか。
もうひとつは拷問部屋のこと。10人を超える遺骨が見付かり、現場は騒然としたとのこと。それを通報したのは妻。自分はストール伯爵の犯罪を見て見ぬ振りをしていたから裁いてくれと訴えているらしい。
「死体だけでしたら突然死なのではないかと思ったのですが、奥さんがわざわざストール伯爵の罪を暴露する必要はないですよね? 今後のためを思ったら、隠したほうが生きやすいと思うのですが……フィリップはどう思いますか?」
クリスティーネは喋るだけ喋ったらフィリップに振る。本人的には、フィリップに誘導尋問を仕掛けているらしい。
「隠せって言ったのに、馬鹿正直だね……」
「ですよね~……へ? やっぱりフィリップが関わっていた! の、ですね……」
誘導尋問なんかに引っ掛かると思っていなかったクリスティーネは声が大きくなったが、フィリップのテンションが低すぎるので喜ぶに喜べないみたいだ。
「な、何があったのですか?」
「嫌がらせしに家に忍び込んだら、娘は蹴り飛ばすは奥さんを拷問部屋に連れて行こうとしていたからキレちゃったの。だから僕が殺した」
「そ、それは……」
犯人の自供だが、フィリップだから逮捕するとは言えない。それにストール伯爵の罪を考えれば殺されても文句は言えないし、2人の命を救ったとも言えなくはない。
「無罪です……」
なので、国を統率するクリスティーネもフィリップの味方に付いてしまった。
「ありがとう。でも、目撃者は病死と言ってるし、そもそも顔を隠して物的証拠も何もないから捕まえることできないけどね」
「うっ……完全犯罪やってのけてる……」
フィリップがやっとクリスティーネの目を見て喋ってくれたけど、暗殺者としても超一流だったからちょっと怖くなったみたいだ。
「でも、それならどうして今日は笑顔がないの?」
「まぁ……ちょっとね……」
「あ……そういうことですか。フィリップはクーデターの時も、誰も殺していなかったですね。今回が初めてだったのですね……」
ここでクリスティーネがフィリップの暗い理由に気付いた。
「大丈夫ですか? 辛くないですか??」
「ちょっと辛いね。けど、僕はクリちゃんにこんな酷いことをやらせたのかと思ったら、そっちのほうが辛くって……」
「あ……処刑のこと……」
「触れないほうがいいと思っていたから聞かなかったけど、クリちゃんこそ大丈夫? 辛くない??」
フィリップがテンション低かったのは、自分で人殺しをしたこともそうだが、王族全員処刑にしたクリスティーネのほうが辛いと心配していたかららしい。
「私は……いまはやることが多すぎて、考えている余裕がないというか……それに、あのあとフィリップと毎日のように愛し合っていたので、気分が紛れていたのかもしれません。だから大丈夫ですよ」
クリスティーネは笑顔を向けるので、フィリップは不甲斐なさを感じる。
「クリちゃんは強いね。さすが女王様だ」
「いえいえ。フィリップのほうが何倍も強いですよ。力だけじゃなく、心もです。普通、落ち込んでいる時に人の心配なんてできないですよ」
「優しいこと言わないでよ~。泣いちゃいそう」
「ウフフ。お兄様がいなかったら、絶対にいい君主になってましたよ」
「あ、引っ込んだ。僕、やらないよ?」
「そういうことじゃなくて~」
こうしてフィリップとクリスティーネは、お互いの心の傷の舐め合いをして時間が過ぎるのであった……
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