082 第二皇子と新女王


 クリスティーネと打ち合わせをした翌日、昼前に起こされたフィリップはダグマーに綺麗な服を着せてもらい、少し早めに2階の食堂に入った。

 そうして豪華な特等席でランチをしていたら、楽な体操服姿の生徒たちが次々と現れ、その中にいたラーシュが慌てたように駆け寄って来た。


「おは……おそようございます?」

「そうだね。おそよう……座りなよ」


 もうお昼なのでラーシュも挨拶に迷っていたから、フィリップは面倒くさそうに座らせた。


「殿下が食堂でなんて珍しいですね。体操服でもないですし、どこか行くのですか?」

「ん? ダグマーから聞いてないの??」

「いえ、何も……」

「皆様を混乱させると思い、黙っていました。申し訳ありませんでした」


 ラーシュがダグマーに視線を送ると頭を下げたので、その先はフィリップが奪う。


「いまから新女王様に会いに行くんだよ。たぶんラーシュに言うと、一緒に行くとかきかないと思ったんじゃない?」

「そ、それはそうですよ! 私は殿下の護衛なんですから!!」

「だからだよ。僕に何かあったら、なんとしても父上に伝えてもらわなきゃダメなんだから。頼んだからね」

「わかりました!」

「うん……早くない? もっと押し問答するもんじゃないの??」

「そ、それは……」

「ついて来るの怖いんだね……」


 ラーシュ、失言。フィリップの言う通り、敵地に乗り込むのは、この護衛の人数では怖かったみたいだ。


「いえ! 呪いとか幽霊とか怖くありません!!」

「そっち? まだ信じてたんだ……」


 いや、先々代の呪いのほうが怖かったらしい……


「まぁいいや。できるだけ穏便に済ませて来るから、信じて待っててよ」

「はっ! ……殿下を信じる??」

「ラーシュ君。声に出てるよ?」


 いい返事をしたまではよかったが、ダメ皇子を信じていいのか悩み出したラーシュであったとさ。



 フィリップが城に出向くことは、聞き耳を立てていた他の生徒たちの耳に入ったので、心配する声が続出。そんな声は無視して、お腹がいっぱいになったフィリップはダグマーと共に食堂をあとにした。

 1階で護衛騎士2人と合流したら、馬車に乗って城に向かう。その道中では、同席しているダグマーとフィリップは喋っていた。


「ラーシュに伝えなかったの、騒ぎが大きくなると思って?」

「はい。誰かに相談する可能性がありましたので、黙っていました」

「だよね~。リンゴちゃん辺りに言いそう」

「殿下は皆に言ってしまいましたが……」

「あ、まだ秘密にする予定だったんだ。ゴメンゴメン」


 フィリップの軽すぎる謝罪で、ダグマーの視線は鋭くなった。


「その件はもういいです。それよりもカールスタード女王と会っても、前みたいに安請け合いしてはいけませんよ?」

「はいは~い」

「本当にわかっています?」

「うんうん。任せて任せて」

「わかっていませんよね?」


 注意してもフィリップは軽いままなので、ダグマーの説教のような注意は終わらないのであった……



 それでも馬車は進み、立派な門を潜り抜け、ついに城に着いてしまった。そこでは、多くの兵士が両脇に立ち、フィリップが馬車から降りると一斉にひざまずいた。


「フィリップ殿下、お待ちしておりました」


 ここで待っていたのは、お掃除団幹部から女王の側近に出世したロビン。フィリップは念の為バレないように、ダグマーの後ろに隠れて相手をさせる。

 そうして無事声を出さずに3階の玉座の間に通されたフィリップは、クリスティーネと面会する。


「フィリップ殿下、高いところから失礼します。私が、カールスタード王国、正統後継者、クリスティーネ・アッペルクヴィストです」


 クリスティーネは玉座に座って態度こそ尊大だが、丁寧な口調で出迎えた。


「こちらは、帝国第二皇子、フィリップ・ロズブローク殿下であらせます」


 でも、フィリップはダグマーに耳打ちして自己紹介をやらせた。まだロビンがいるから喋りたくないみたいだ。


「フィリップ殿下は人見知りと聞いております。ただいま椅子とテーブルを用意して人払いをしますので、少々お待ちください」


 それを汲んでというか、フィリップが書いた台本に沿って、クリスティーネは部屋の中央にテーブル席を用意させて家臣は外に出す。フィリップもダグマーに耳打ちして護衛騎士を追い出したら着席し、ダグマーは後ろに立たせた。


「オッパイ触っていい?」

「へ??」


 玉座の間に3人だけになると、フィリップの第一声は、台本に書いていないセクハラ。ダグマーに「スパーンッ!」と頭を叩かれたので、クリスティーネも目を大きく見開いて驚いている。


「いったいな~」

「お、おたわむれを……」

「は~い。すいませ~ん。真面目にやりま~す。あ、お茶入れてくれる?」

「はい……」


 ダグマーもまさかこんな場面でセクハラ発言をすると思っていなかったから手が出た模様。さらに緊張なくお茶まで催促するので、ダグマーはカールスタード側が途中まで準備していたティーセットを使い、2人にお茶を入れて会談が始まる。


「それで~……僕になんの用なの?」


 フィリップが紅茶を一口飲んで切り出すと、クリスティーネは目をクルクル回して台本を思い出した。


「ん、んん~……殿下には少々協力してほしいことがありまして……」


 クリスティーネのお願いは、クリスティーネをカールスタード王国の新女王として認めてもらうこと。これを対外的に宣言すること。

 帝国が認めれば他国も追従しなくてはならなくなり、早期に国内情勢が安定するから早く答えを出してほしいとお願いされた。


「なるほどね~……」


 フィリップがダグマーをチラッと見たら軽く首を横に振った。これを通訳すると「持ち帰れ」だ。馬車の中でもあれほどクドクド聞いたことなのだから、フィリップも笑顔で頷いた。


「いいよ~」

「ッ!?」


 でも、フィリップは安請け合いしちゃった。


「えっと……従者の方は、凄く驚いた顔をしているのですが……」


 なので、クリスティーネはダグマーを哀れんでしまい、台本にない心配を口に出してしまうのであったとさ。

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