066 騒動


「さ、さっきのはどういうことですか!?」


 クリスティーネが人々を治療するなか、フィリップはクリスティーネの側近であるロビンに、ホームの一室に呼び出されて絡まれていた。


「アハハ。ビックリした?」

「ビックリしたどころじゃないですよ! 説明してください!!」

「いいけど、今のところお前にしか言わないから、絶対に誰にも言わないでよ?」

「はい……」


 とりあえずロビンには、クリスティーネが聖魔法の使い手で自分が見出したことと、しばらくは秘匿だと説明した。


「ま、まさかそんな……」

「ね? ビックリでしょ? 僕もビックリだよ」

「はい……しかし、いますぐ聖女だと宣伝しないのは何故ですか? 宣伝すれば、民が一気に味方になってくれるはずです」

「だろうね。でも、国が知ったらどうなる? すぐに潰されるよ。この時点で大々的にやるにはリスクでしかない。どうせやるなら、ここぞって場面でカードを切らなきゃ」

「ハタチ様には、お考えがあるということですか……」

「そそ。こういう感じ」


 きちんと説明してロビンも納得してくれたら、次なる話。


「ひとまず国の目が届かないスラム街の人から治して行くからね。患者を集めて……って、ロビンは資材やらなんやらで忙しいか。新しく仲間になったヤツに任せてみよっか?」

「くっ……クリスティーネ姫様をお世話することが腹心である私の仕事なのに……」

「ここは適材適所だよ。商人との橋渡しができるのはロビンしかいないんだから、一番役に立ってるよ。クリちゃんだってわかってるって」

「はい……いまはこの職務に粉骨砕身いたします」

「頼んだからね」


 フィリップはロビンの腰をポンッと叩き、新しく仲間になったケビに指示を出しに行くのであった。



「誰か~! 怪我した人や病気の人はいませんか~?」

「もういいでしょ。帰るよ~」

「あ~~~」


 フィリップがテントに戻ったら、患者がいなくなったので募集していたクリスティーネを発見。テンション上がっていたので、フィリップはクリスティーネの手を引いて連れ去った。


「まだMPあるのに~」

「患者がいないんだから、いるだけ無駄だよ。いい? MPは無限じゃないんだ。ゼロになったところで死にそうな急患が来たらどうするの? 治せないでしょ? すぐ死なない人なんて後回しにしておかないと、いつか後悔することになるよ」

「うっ……考えが足りませんでした」

「わかってくれたらいいの。早く帰って気持ち良くなろ?」

「う~ん……いい話していたのに、台無しです……」


 フィリップは通常運転。尊敬の眼差しをしていたクリスティーネも、呆れてブーブー言いながら帰るのであった。



 その日からスラム街では、毎日のようにクリスティーネの治療が行われていた。スラム街の住人にはクリスティーネのことを「ただの治療師」として説明しているのだが、無料で治療してくれるのだからそれでは収まらない。

 夜に現れることから「闇夜の聖女」と呼ばれるようになっていた。


 マフィアの者でも護衛として充分だろうが、クリスティーネがスラム街に行く時は必ずフィリップが同行している。マフィアのことは、あまり信用していないようだ。あの、巨乳を見るエロイ目が……

 なので3日に1日はお休み。城の情報収集とロリたちとのお遊びは忘れない。クリスティーネは毎日スラム街に行きたいみたいだけど、フィリップと1日会えないことは助かるようで複雑な表情をしている。

 毎日フィリップにもてあそばれるのは、さすがに疲れて来たらしい……


 ちなみにスラム街に生息するその他のマフィアは、お金をバラ撒けばすぐに尻尾を振って仲間に入れて欲しそうな目になっていた。たまにお金に屈しない者もいたが、フィリップの尋常ならない力に屈服するしかない。

 フィリップとしては暴れたかったのか、屈服しなかった者のほうがかわいがある模様。そのマフィアたちは、フィリップが怖くて近付きたくないみたいだったけど……



 フィリップがスラム街に現れてから2週間もすれば、マフィアは全てお掃除団の傘下に入り、住人に英気が漲って、クリスティーネが治療する人数も減って来た。

 時間のできたクリスティーネは、お掃除団ホームのキッチンで料理を作ってフィリップに振る舞っていたけど、フィリップは微妙な顔。初彼女の初手料理は嬉しいのだが、フィリップの口に合わなかったのだ。


「みんな美味しそうに食べてくれるのに~」

「ゴメン。今度、塩とか香辛料買って来るから、それでまた作って~」

「どんだけ贅沢なの!?」


 そう。フィリップは皇族だから、こんな薄味は口が肥えているから合わない。スラム街の住人には一般市民レベルの料理でも、食べたこともないようなご馳走だから、クリスティーネも自分は凄い料理人だと勘違いしているのだ。

 それから酒場のマッツに手に入れさせた香辛料で料理の改善をしていたそんなある日、フィリップとクリスティーネがイチャイチャしながらホームに向かうと、多くの怪我人が待っていた。


「クリちゃんは怪我人をお願い。死にそうな人からやるんだよ?」

「は、はい!」

「誰か詳しい人、状況説明して!!」

「俺が……」


 クリスティーネをテントに送り込んだフィリップに、血を流しているオロフが寄って来た。


「お前も怪我してんじゃん。先に治療してきな」

「これぐらい大丈夫だ。死にゃしねぇえ」

「だったらいいけど……んで、何があったの?」

「衛兵だ。聖女を出せとかやって来たんだ」

「思ったより早いな……チッ……騒ぎすぎなんだよ」


 フィリップが苛立ちの顔を見せるなか、オロフの説明が続く。

 どうやら衛兵も聖女がいるとは眉唾物だったらしく、スラム街の調査という名目で押し掛けたらしい。その時点でスラム街が綺麗になっていたから、本当にいるかもしれないと考えが変わったとのこと。


 オロフたちはその調査を邪魔しようと、住人で人の壁を作って立ち塞がった。これはフィリップが衛兵と揉めた場合は、暴力で反撃するなと命令していたからの苦肉の策。

 殴られても殴られても住人は後退することもなく、次々と湧いて来るのだから衛兵も多勢に無勢。日が暮れて来ると、捨て台詞を残して帰って行ったそうだ。


「よく我慢した。褒めてつかわす」

「はっ!」


 ケンカっ早いオロフが我慢できたので、フィリップも感動物。ふざけた言い方だけど……


「でも、明日は騎士団連れて来るってか~」

「ああ。次は死人が出るかもしれねぇ」

「確かにね~……もう、抵抗せずに中に入れちゃえ」

「いいのか?」

「どうせ昼間は聖女なんていないし。お金とか見られたらヤバイ物だけ別の場所に移しておこう。ご苦労さん。またあとで指示するから治療しておいで」

「はっ!」


 オロフをテントの中に送ると、フィリップは幹部を集めて会議。見られたらマズイ物は、3級市民であるロビンの家に避難させることにして、騎士団には好きなようにさせる。

 全ての住人には1日休みを出して、少し前みたいに道端で座ったり寝たりしてもらい、スラム街っぽさを演出する。すぐバレるだろうとフィリップは笑ってたけど……

 最近はみんな働いて銅貨数枚の蓄えがあるだろうから、1日ぐらいはなんとかなるはず。念の為トムにはお金を持たせて、騎士団と接触しないように気を付けながら、食うに困っている人はいないか見回りすることに決まった。


「こんなところかな? 蛮勇はいらないからね。絶対に誰1人死ぬんじゃないよ~?」

「「「「「はっ!」」」」」

「んじゃ、あとのことよろしく~」

「「「「「はっ!!」」」」」


 会議が終わると幹部や仲間たちは慌ただしく動き、フィリップはクリスティーネのいるテントに向かった。


「おっ。もう終わったみたいだね。優秀優秀」

「はい。酷くても骨折程度でしたし……でも、明日は騎士団が来るらしいんです。それも、私を捜して……」

「あ、そのことならもう対策は終わったから、心配しなくていいよ」

「え? でも、私がいないと死者が出るかもしれないのですよ??」

「気持ちはわからなくはないけど、いまは我慢して。覚悟の話、したよね? 自分が犠牲になるなんて考えないで。誰を犠牲にしてでも自分が生き残ることこそが、上に立つ者の使命だよ」

「はい……わかりました」


 クリスティーネが悔しそうにうつむくので、フィリップは笑い飛ばす。


「アハハ。そんな顔しないの。誰も抵抗しなかったら、無闇矢鱈むやみやらたと殺したりしないよ。きっと大丈夫。ね?」

「そう、ですよね……」

「うん。じゃあ、ちょっと早いけど帰ろっか」

「はい!」


 少しは気分の晴れたクリスティーネを連れて、愛の巣に帰るフィリップであった……


「え? 何もせず帰るのですか??」


 でも、あのエロしか頭にないフィリップが手も出さず帰ろうとするので、クリスティーネは腕を取って止めた。


「ゴメンね~。急用思い出しちゃった。今日はこれだけで勘弁して。チュッ。あっ、明日は絶対に僕が来るまで家を出ちゃダメだからね~?」

「はあ……」


 フィリップはクリスティーネの手をほどき、キスをして窓から闇夜に消えたのであった

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