二章 学校で夜遊び

026 カールスタード学院へ出発


 自室でエイラと朝までマッサージしあったフィリップが目覚めたらいきなり馬車の中だったので、とんでもなく焦りながら、対面に座る黒髪オカッパでメガネを掛けた美人メイド、ダグマー・ユーセフソンを問いただしていた。


「なんで僕はここにいるの!?」

「ですから、カールスタード学院に向かっているのですよ」

「だから、僕は熱があるの!!」

「熱ですか? 朝も先程も平熱でしたよ? ですから皇帝陛下も連れて行くように、私共に命じたのです」


 どうやらフィリップは、今日の朝から熱魔法で高熱を出そうとしていたのだが、ぐっすり寝ていたからそれはできず。なのでそのまま馬車に積み込まれたのだ。


「も、戻って! 僕、体調が急激に悪くなった!!」

「そのようには見えませんが……それに、必ずカールスタード学院に送り届けるように命令が下っているので了承しかねます」

「第二皇子の僕が戻れと言ってるんだよ!」

「皇帝陛下の命令が優先です」


 フィリップがどう言おうと、ダグマーはまったく首を縦に振らない。こうなってはフィリップも最終手段に出るしかない。


「だったら僕は1人で戻る……」

「どうやってですか? 道もわからないですよね??」

「そんなの誰かに聞けばなんとでもなるよ」

「仮に帰り方がわかったとして、馬車も馬も手配できない殿下には無理でしょうね。それに体が弱いならなおさらです。帝都に戻る前に力尽きるでしょう。いえ、殿下のようなかわいらしいお子様は、人さらいにあって間違いなく帝都には辿り着けません」


 ダグマーが頑なに拒否するのでフィリップもムカついて来た。


「なんなのお前……僕は第二皇子だよ? 偉そうに説教たれるなよ」

「もしも殿下が拒んだら、どんな手を使ってでも連れて行けと陛下から命令されていますので」

「命令命令命令……お前は父上が死ねと言ったら死ぬのか!!」


 フィリップが怒鳴ると、ダグマーは目を閉じた。


「はい。死ねます。どうしても拒むなら、私を殺してください」

「なんでそこまで……」

「それが使命だからです。この使命に背く、失敗する。どちらであっても私共は、全員自害する覚悟です。このまま帰ったところで死罪が待っておりますので、逃げ切れないとも言いますが……」


 再び目を開けたダグマーの迫力に、フィリップも少し気圧された。


「全員に一生遊んで暮らせるお金あげるから、見逃してくれない?」

「却下です」

「えぇ~~~」


 でも、まだ諦めてないな。懐柔策も様々提示してるし……



「はぁ~~~……」


 どんなに説得してもダグマーは折れる素振りがないので、フィリップも長いため息が出てしまう。


「僕が逃げても途中で死んでも、お前たちは全員、本当に自害するんだね?」

「はい」

「父上はそんなことさせる人じゃないと思うんだけど」

「命令は出ています」

「一度だけ戻ることはできない? 父上と話をしてみるから」

「無理です。前進しかできません」

「う~~~ん……」


 明らかにおかしな命令に、フィリップも黙ってしまった。


(変すぎる。こないだまで、そこまで強く行けなんて言ってなかったぞ? なのに当日になって、ここまでするか?? いや、昨日の夜からおかしな点はあった。俺がエイラと朝までいたいと言っても、いつも業務があると帰って行ったのに、自分から泊まると言い出したし……)


 フィリップは昨夜のことを思い出すと、次から次におかしなことがあったと気付く。


(あの時は今日の別れが悲しいからかと思っていたけど、別の理由があったのかも? そうだ! 朝方飲んだ水! あの水も変だった。気分で甘く感じたのかと思ったけど、まだ口の中が甘い……エイラもグルだった??

 睡眠薬が水で溶けなかったから、わからないように口移しにしたとか……あの謝罪は、お父さんに命令されていたから謝っていたんだ!!)


 ここである仮説が、フィリップの頭に浮かんだ。


(強制力……)


 そう。ここは乙女ゲームに似た世界。異世界物の小説でも、物語の強制力に抗うシーンはよくある。


(嘘だろ~。ヒロインがこれから登場するのに、間に合わないじゃ~~ん)


 目の前のダグマーのことはすでに嫌いになりつつあるが、大勢の人を殺す選択のできないフィリップでは、このシナリオから抜け出すことはできないのであった。



 フィリップが黙り込んでいたら何台も連なる馬車は宿場町に入り、気付いたら本日の宿の前。ダグマーに急かされて降りたフィリップは、不機嫌そうに高級宿屋に入った。

 宿の者は前もって第二皇子が泊まると聞いていたのか、フィリップの顔を見るなり案内を始め、一番上にあるスウィートルームに連れ込まれた。


「アレ? エイラはどこ??」


 そこに同時に入って来たのはダグマーだけ。ここでフィリップはエイラを探し出した。


「エイラは来ておりません。城の業務をしていると思われます」

「え~! エイラがいないと眠れな~い」

「先程、ぐっすり眠っていたではないですか」

「そういうことじゃなくて……」


 揚げ足を取るダグマーは嫌い。だからフィリップも攻撃だ。


「じゃあ、お前が夜の相手しろよ?」

「業務外です」

「はあ? 僕の世話係だろ? ヤラせろよ」

「どうしてもと言うのなら犯してください。舌を噛んで死にますので」

「すぐ死ぬとか言うなよ~~~」


 でも、不発。フィリップは酷いことを言っても、そんな覚悟はないのだ。


「な、生殺しだ……」


 しかし、ダグマーの仕事はフィリップの世話をすることなので、お風呂では裸でフィリップの体を隅々まで洗ってくれたからギンギン。ダグマーは大きくはないが美乳でスタイル抜群だからフィリップには耐えられないみたいだ。


「触ったら死にますよ?」

「僕が死にそうなんだよ~~~」


 嫌いな女でも、そこに柔らかくて美しいふたつのお餅があれば別腹。ついさっきまで寝ていたフィリップは、旅の初日は興奮して一睡もできなかったのであったとさ。

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