第24話 記録


「ダーレンさん」

「あ、なんだ。何かわかったか?」


 ダーレンを呼び、開発記録の本を見せながらリリーは説明し始める。


「ここは月人つきびとによる、ベイルの開発を行っていた施設のようです……そして、ここに記載されている話によれば、ベイルは月人の血肉に手を加えて生まれた存在。先ほどの水槽がベイル育成装置のようです」

「ほう……で、それが何だってんだ。ベイルは月人が作った生体兵器って言うのは変わらねぇだろ」

「ええ。遺伝子から手を加え、強力な力を持たせて生まれたベイルをさらに解体し、同じ作業を繰り返すことでさらに力を強くさせていたと」


 想像するだけで気分を害するようなやり方に、ダーレンまでも苦い顔をする。


「そこまでして、この世界を奪いたかったのでしょうか?」

「知らねえな、そんな昔の、ましてや月人の考えなんぞ」

「そう、ですよね……」


 在変戦争の発端は、月人による侵略からだった。

 領地獲得のために戦争を行うのは、昔から度々起きていた。だが、どれも人間同士の戦いであり、使われた兵器も銃や剣などわかりやすいものであった。

 ベイルという生体兵器が生まれた在変戦争の裏で、このような研究が行われていようとは思いもせず、ベイルの研究をしようと思ったリリーは胸を痛める。


 作られたと思いきや、大きな苦痛を与えられ。親と言うべき存在の指示に従うしかない生き方を強いられる。

 そうして長い間過ごしてきたベイルであるセロのことを思えば、さらにリリーは苦しくなった。


「やだぁ、見られちゃってるぅ」

「きゃぁ!」


 いつの間にかリリーの背後には、ベルティがいた。

 リリーの耳元で囁くように言うと、あたりに冷気が漂い始める。とっさにリリーは本を抱えて飛びのいた。


「ってあれ? 指揮官サマの所にいた人間でしょ? こんなところにいるなんてねぇ」

「来たくて来たんじゃないです!」

「ふぅん。まあいいや。それよりさぁ、その記録見たんでしょう? どう思ったの? 教えてよ、ねぇ」


 じりじりと冷気が充満し、足元が床に固定されてしまった。

 二度も同じ手を喰らわないようにと、ダーレンは銃を構え、ベルティに向けて引き金を引いた。


 弾はまっすぐにベルティの額を貫く。

 鮮血を流し、衝撃で彼女の体は倒れ――ることはなく、一度は体が沿ったものの、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 俯き、血が床に落ちていく。


「アッハッ! この腐った人間ガッ!」


 高い声でベルティが笑ったとき。


「うぐ、はっ……」


 ダーレンが呻き、ぐらりと体が揺れた。その胸には、氷でできた杭のようなものが刺さっている。

 ベルティが撃たれた時とはけた違いの血があふれる。


「アンタには聞いてねぇんだよ、オッサン。とっとと死になよ」

「ダーレンさんっ!」


 足を動かすことができないリリーは、目の前の出来事が信じられなかった。

 ダーレンの顔を見て、目が合うと何か言っているようで口をパクパクさせている。だが、それは声になっておらず、何を言っているのかわからない。

 そして目の明かりが消えていき、体はだらりと垂れた。


「ダーレンさん!」


 震えた声で呼ぶも、反応はない。

 目の前で亡くなったのだと理解し、恐怖のあまり顔は青ざめていく。


「ザァコ。これでアタシたちとやり合おうっていうのがオカシな話なのよ」


 ベルティは口元まで垂れてきた血をペロリと舐める。髪の毛には血がへばりついているものの、痛がる様子もない。ベイルの驚異的な治癒力で回復したようだ。


「それで? どう思った? 答えによってはああなっちゃうかもね」


 同じ道をたどりたくなければ言え、とリリーを脅す。

 今にも泣き出しそうに、潤む目でベルティに向ける。


 何か言わないと。けれど、彼女が求める言葉でなかったら殺されるかもしれない。


「わ、たしっ……」

「うんうん」


 言葉に詰まりながらリリーは言う。


「人間は。月人は、みんなおかしいと思っています」

「ふぅん、それで? ベイルはどうなの?」

「それでって、えっと……ベイルのことは、可哀そうというかなんというか……」

「可哀そうなんて言葉、要らないんだけど」


 触れてはいけないところに触れてしまった、と慌てる。ベルティが求めていたのは違う言葉だったのだろう。冷気が肺に刺さる。


「ベイルはっ! 貴方は! どうなんですの? 今のやり方で満足してますの?」

「は? それは……」


 問いに対し、問いで返すという失態を犯した。しかし、それが功を奏した。


「どうなんですの? 今の貴方は仕える人物が月人からベイルに変わっただけでしょう? それで満足なんですの? やりたい事がやれているんです?」

「やりたい事?」

「そうです。生まれはどうであれ、貴方は今を生きるのに満足して過ごしていますの?」

「生きる? アタシたちが生きているってこと?」

「ええ。貴方は生きているじゃないですか。今、ここに」

「生きて……」


 驚いた顔をしたのち、ベルティは考え始めた。

 その間もリリーはひやひやしていた。いつ彼女が殺しにかかってくるかもわからない。何かうまく答えなければと焦る。

 しかし、その焦りは無駄に終わる。


 満ちていた部屋の冷気はだんだんと消えていき、常温へと戻る。

 足元を凍らせていた氷も、ダーレンを貫いて氷も解け消えると、ダーレンの体は重力に従って崩れ落ちる。その様子から亡くなったことをさらに実感させられて、リリーの足は震えた。


 氷の椅子を作り出し、そこに座りながら考え始めたベルティ。今なら逃げられるかもしれないと一瞬頭に浮かんだが、部屋から出たところですぐに捕まると思い、リリーは本を抱えたまま黙った。


「アタシ、生きてる?」

「え、ええ。生きています」


 突然降られた質問に、戸惑いながら肯定する。


「そっかぁ、生きているんだ、これが……」


 深々とつぶやく姿に違和感を覚え、おっせっかいにもリリーは聞いてしまう。


「今まで思わなかったのですか?」

「思わないよ。アタシはベイル。兵器はモノだもん。死なないのであれば、生きているとは言わない。月人はそう言っていたし」

「そんな酷いっ……貴方達は生きていますの。確かに人間とは異なる力を持っていますが、それでも心を持ち、考えて、動くことができるのですから。それは生きているということです。人間と同じです」

「同じ……」


 ベルティの心は大きく揺らいだ。

 リリーの言葉に揺らぶられ、自分の想いを言葉にする。


「じゃあ、アタシももっと可愛い服を着てもいいの?」

「もちろんです。第八特区は暗い色の服が多いですけど、第五特区では鮮やかな色合いが流行っていますよ。そして何よりアクセサリーも美しいんです! おすすめはサファイアの耳飾りで、光を受けると美しい蒼を……!」


 余計なことをしゃべりすぎた、と恥ずかしくなり手で口を覆う。するとベルティは目を細くして笑った。


「いいじゃない。アタシ、それ見に行きたい。ねぇ、連れていってよ。連れていってくれるなら、こんなことはもうしないし。ね?」


 ぐっと距離を詰められ、肝を冷やす。

 ベイルの言葉を信じていいのか。そう思ったが、ベルティの澄んだ瞳にリリーは返事をした。


「行きましょう。よいお店を知っていますの。満足するものが見つかると思います」

「やったぁ! じゃあ行こ~! アタシはベルティ。あなたは?」

「リリー。リリー・ベルフォードです」

「リリーちゃんね。今日からアタシたち、お友達になろぉねぇ」

「ええ、お友達ですの」

「えへへぇ。じゃあ、行こ~」


 リリーの手首を掴み、今すぐ行こうと試みる。

 しかし、リリーはそれどころではない。この場に連れてこられて理由もわからないし、仲間を一人失っている。内心大荒れのリリーは、自分を落ち着かせようと本を持つ手に力をこめる。

 そして、ベルティに言う。


「まだ、行けませんの。まずは目の前のことを終わらせてからではないと。それに、ダーレンさんも……」

「オッサンのコト? お友達だった?」

「友達、というより、仲間でしょうか? いや、それとも違うかな。何だろう?」

「わからないの? 変なの」

「そうですね。私もあまり、ダーレンさんのことはわかりません。でも、一緒に行動してきた大切な人なんです」

「ふぅん……あんまりよくわからないけど、リリーにとって大切なヒトだったのならごめんね」


 まさかベルティが謝るなんて思ってもいなかったので、さらりと出てきた謝罪にリリーは目を見開いた。


「ベルティさん。約束をしてくれますか?」

「何を?」

「もう人を殺めないと」

「ええ~。だって、アタシ、そうしろって言われてきたんだもん。従わないと切られ――」

「貴方を従える月人はもういません。だから、貴方を傷付ける者はいないんです」

「ああ、なるほど~確かに。月人はみ~んなツーちゃんが処分しちゃったもん」

「え?」


 耳を疑った。聞き返せば、もう一度言ってくれる。


「ツーちゃんが廃棄区画に投げ込んだんだよ。知らなかった?」

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