第23話 炎舞



 かつて資料館だった建物まで走っていくと、そこには幼い子供たちが身を寄せ合って震えていた。

 それもそのはず。子供たちの前には炎を操るザジーがいる。彼はまったく興味のないような冷めた目をしつつ、火をまとった手で手遊びしていた。火の粉が飛び、熱気が子供まで届くと、小さな悲鳴を上げた。

 子供たちの中でも最も年長の子が先頭で今にも泣きそうな年下の子をなだめているが、その体は傷だらけであり、中には焼けたような跡もある。満身創痍ながら、年長者らしく振舞おうとしているようだ。


 だが、ザジーへの恐怖で身動きできなくなっている。その場面に出くわしたセロは込み上げてくる感情そのままに、光の剣を作り出して大地を蹴った。


「お前っ!」

「あ……」


 圧を感じ、ザジーは迫りくるセロに気付き、表情を変えずに攻撃をかわす。

 右から振り下ろせば、ザジーは弧を描きながら後方へ大きく飛んで距離をとった。


「指揮官……見つかっちゃったんだ」

「見つかるような行動してるからでしょ。その火は目印だ」

「これ……言われたことをしているだけだし……」

「ツヴァイの言いなり? 言われないと動けない人形の君に、好きなことはないの?」

「好きな、こと?」


 ゆっくりとした話し方で、ザジーは首をかしげる。

 今は敵であっても、過去は仲間だった。争いを好まないセロはどうにか交渉してやめさせようと言葉を投げかける。


「そう、好きなこと。確かに俺たちは戦うために作られた存在だけど、月人はいない。もう戦わなくてもいいんだよ。だから、自分の好きなことをするといい」

「好きな……」

「そう、好きなこと。美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、本を読んだり。劇を見るのだっていいし、花を育てるのだっていい。時間はたくさんあるんだ。なんでもできるよ」

「ん……」


 首を九十度まげるザジー。敵でもあるが、元は同じ場所で生まれ育った仲間。多くの人を殺して、大切にしていた都市を焼き尽くしたので憎しみもあるけれど、助けたいという気持ちで寄り添い続ける。


「どう? 好きなことあるでしょ?」

「……好きなことは、燃やすこと?」

「いやいやいやいや。あるでしょ、他にも」

「ううん。燃やすこと。それしか知らない」


 ザジーは体をひねりながら大きく手を振った。すると炎の弾がいくつも作られ、それぞれがセロに向かって飛んでいく。

 ひとつひとつは大したことのない威力だ。セロは光の剣で切り落とした。


「仕事はしなくちゃ。ツヴァイが言ってた。仕事終わったら、楽しいことが待ってるって。だから――炎舞えんぶ。全弾、はじけろ」

「ちょ、っちょっと!」


 ザジーはセロの戦いスタイルを真似る。炎で剣を作り、それをセロに向かって飛ばす。同時に子供たちの方へも飛ばす。


「きゃあああああ!」


 迫りくる炎に怯え、子供たちは声が枯れるほどの悲鳴を上げた。


光剣こうけん展開てんかい!」


 セロはすぐさま剣を作り出して、盾のように何本も重ね合わせて、自分に向かってきたものも、子供たちに向かったものもしのいで見せる。意識を向けるべきはそれだけではない。ザジー自身が炎をまとった手でセロに迫って来る。


 当たったとしても、傷は治せる。しかし、少しの間動けなくなってしまう。その間に子供たちを傷つけられてしまうかもしれない。

 だから、伸びてきたザジーの左手首を掴んで引っ張る。体勢を崩したところで、上から体を押し付けた。


「うっ……」


 地面に体を打ち付けてうめき声をあげるザジー。しかしすぐさま空いている反対の手に炎を灯らせ、セロの足に炎を移させた。


「っ!」


 足から伝わる熱。どんどん上へと炎が昇ってくる。すぐにザジーから離れて、足下の炎を消すように手ではたいた。


「全く……火遊びは大概にしてよね。お兄さん、あんまり戦いたくないんだから」


 何とか消火でき、全身が燃えるようなことは避けられた。細く長く息を吐き、光の剣を更に生み出しながら言ったセロの表情は、どこか楽しげに笑っているようにも見えた。


「説得力がない。けど……そういうのは好きだよ」


 ザジーもつられ、先ほどまでは崩れなかった顔が、不慣れな笑みを浮かべ、炎の弾を多数宙に浮かせる。


「はあああっ!」

「ふんっ……!」


 二人が言葉通り、火花を散らした。



 ☆☆☆☆☆



 子供たちは資料館の前に集まっていた一方で、リリーとダーレンは同じレメラスでも別の場所にいた。

 真っ黒な地上とは正反対の真っ白な建物の中である。

 天井も壁も眩しい白に染まっている、まるで研究所のようだ。上部にはライトがついていることから、どこかに電源があり、今も稼働している場所にも見える。

 しかし、このような場所に見覚えはないリリーは、恐る恐る通路を進んでいた。


「うう……どこに繋がっているんでしょう……」

「んなん知るわきゃねぇ。このご時世にここまで作られている場所は記録されてねぇぞ」

「そうですよね。文献にも載っていませんでしたし」


 リリーの後ろにはダーレンもいた。

 彼もまた、同じようにフォレスタルバからここへ連れてこられたのである。

 二人そろって歩いているが、出口は見当たらない。電気が通っている以上、どこかに電源があるはずだが、それも見当たらない。


「通路しかねぇし、部屋が見当たらねぇな。何処に繋がっているんだ?」

「何処でしょうか。あ、あそこ! 扉がありますよ!」


 ひたすら真っ直ぐだった通路を進んでいたところ、突き当たりに扉が見えた。

 扉の横にはプレートがついている。それをリリーはジッと見つめる。隣にダーレンもやって来て見てみるものの、読み取れなかった。

 それはリリーたちが普段使っている言語ではなかったのだ。


「お嬢さんは読めるのか?」

「ええ……これ、月人が使っていた言語です。書かれているのは、『制御室』。ダーレンさん、ここって月人の研究所とかなんじゃ――あ、ちょっと!」


 最後まで聞かずに、ダーレンは扉を開けた。

 部屋に入ってすくに目につくのは、正面に広がる画面の数々。それぞれかどこかの部屋を監視しているようで、無人の部屋が映像として映されている。

 その手前には、コントロールパネルがあった。


「何の部屋を見ていたのでしょうか?」


 ダーレンに続いて部屋に入ったリリーが、画面を見ながら言う。

 映される映像は、今まで通ってきた通路と同じような真っ白の場所から、ベッドがある部屋、そして、青白く光る水槽が映っていた。


「研究所とするなら、月人はこれで何かを研究していたとすると……うーん? あ、ちょっと、ダーレンさん?」


 考えたことを全て口にしていたリリーを余所に、ダーレンはコントロールパネルをいじり始めた。

 すると、映像が切り替わり、水槽の他に金属の大きな板が中央に置かれた部屋が映る。そしてその板の周囲には、赤黒い染みがあった。


「不気味です……」


 嫌悪を顔に出しつつも、画面を見続けるリリー。

 さらに映像が切り替わる。

 先ほどと同じ部屋のようだが、角度が変わった。

 板がある部屋の壁際、半開きになった重厚な扉の先は黒くなっていて見えないが、その手前に骨のようなものが無惨な姿で存在している。


「ひっ!」


 リリーは悲鳴をあげて目をそらした。


「人骨、だろうな。頭もあるから」

「そんな……」


 マジマジと見つめては冷静に言うダーレン。彼に背中を向けて怯えていたリリーは、ふと目の前にある本棚に惹かれて手を伸ばす。


 埃を被っていた本棚には、多くの本が並んでいた。その中でひとつ、蒼い背の本を手に取り開いてみる。

 埃をはたき、本来の美しい蒼色の表紙には月人の言語で『開発記録』と書かれていた。

 表紙からパラパラとめくって目を通す。どうやら表紙に書かれていた通り、開発に関して記録されている。


 普段と異なる言語のために、すらすらと解読できるわけではないものの、そこに書かれていたものは目を疑う内容だった。


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