第八特区の生体兵器

夏木

惨劇

第1話 理由


 一夜で壊滅した都市・レメラスに化け物がいると聞いたのは、一週間前のことだ。


 非科学的なものは否定されるこの時代に流れる噂にしては「化け物」という言葉は相応しくない。せめて根拠になる写真データか、実際に遭遇した人によるインタビューがあるはず。それすらなかったのであれば、この「化け物」は、セロが長らく探しているものなのではないかと考えて、レメラスへとやって来た。


 立ち入り禁止と書かれた看板は雑草に覆われながら錆びている。かつてはトラックが多く行き交っていた都市の入口だった道を塞ぐように張られていた黄色の標識テープは、風化してちぎれてしまい、役目を果たしていない。

 半世紀の時が経過したこともあって、廃墟になったレメラスに近寄る人はいない。今はただ、何かがいてもおかしくない不気味な存在感を放っている。


 それに臆することなく、セロはレメラスの大通りを迷わず進んだ。


 かつて繁栄した時代には他の都市と比べ、科学技術開発に力を注いでいたこともあって、研究所や資料館が多くあった。そこで働く者とその家族のための娯楽施設や学び舎も豊富で、まさに理想都市とまで言われていた。


 だが今は。かつてのレメラスの面影は全くない。


 風化したレメラスの建造物。まるで焼いたかのように黒く焦げ、柱がむき出しになった家屋は、今にも崩れそうだ。地面には既に崩れた建物の破片が転がっている。

 地崩れを起こしたようで、ごっそり三メートルほど崩れた箇所もあった。


 これが人の手が入らないまま時だけが過ぎた都市レメラス。

 そこに立つ白銀の髪とコートを羽織るセロは、日が沈んだこともあって遠くからでも存在が分かるほとに浮いていた。


「ここが酒場だったから、曲がれば資料館が見えてくるはず」


 過去の記憶を呼び起こし、かろうじて残る建物と照合。居場所を把握し、頭の中で地図を組み立てながら都市の中を歩く。

 見つけた資料館だった建物は、ドアも窓もなくなり、穴だらけの屋根から月明かりが差し込んでいた。

 念のために内部に入っては、不確かな存在である「化け物」と呼ばれた何かを探した。


「こっちにはいない、か……ん?」


 風化し亀裂が走り、崩れそうな資料館だった建物の壁。その根元には、生い茂る草。何かが侵入しているような痕跡は見つからない。諦めかけたとき、トン、と金属と何かが当たる音がした。

 すぐさま資料館を飛び出し、左右を見る。すると右手奥の路地の先へと逃げていく人影が見えた。


「待って!」


 追いかけたが、姿は見えているにも関わらず一向に距離は縮まらない。どうやら相手の方が今のレメラスに土地勘があるようで、軽々と瓦礫の上を跳ねていく。

 元々は建物が密集していた都市。人ひとりが通れるほどの細い道を駆け抜けていくため、セロも同じ道を走ったのだが、崩れた建物の瓦礫に足を取られた。


 よろめいたのと同時に腰元の剣が、かろうじて建っていた隣の建物を刺激してしまう。


「しまっ――」


 衝撃でぐらりと傾いた壁が、頭上からセロを襲った。




 ☆☆☆☆☆




 月からの侵略者である月人つきびとと地球人との戦争――在変ざいへん戦争により地形が変わった世界は、第一から第十までの区画に分けられていた。

 各区によって、復興の具合が異なる。第八特区は特に復興が遅れている区である。


 そんな第八特区の中央に位置するレメラスの前に、カーキ色をした一台の車が止まった。そこから降りた男女二人がレメラスに目を向ける。


 風に揺られた髪を耳にかけた女性・リリーは、腰に手をあてて胸を張る一方、隣の男性・アイルは眉間にシワを寄せる。


「本気で行く気なのか? こんな廃墟都市に。もう何百人と入って調べ尽くされてんだろ。今更行ったところで何もありはしねぇよ。無駄足だ、無駄足」


 気乗りしないと、車に寄りかかりながらつぶやくアイル。

 道が崩れ、車に乗ったまま進むのは難しいため、歩いてレメラスに入るしかない。


「行くわよ! レメラスへの立ち入り許可証を得るのに三カ月もかかったんだから! 新しい発見があるかもしれないもの」

「なんの発見だよ、なんの」

月人つきびとが残した人型の生体兵器・に関する痕跡を見つけるの! 今までの研究者には見つけられていないものをね! きっと大きなニュースになるわ」


 目を輝かせ、いざ出発と車を置いて都市入りするリリー。アイルは小さいその背中を前にして立ち止まったままだ。


「アイル! 貴方は私に雇われたんだから、一緒に行くのよ!」

「……へいへい。リリーお嬢様の言いなりに」


 雇い主であるリリーの護衛や荷物持ち、その他世話役を任されたアイルは逆らうことなく、かと言って雇われた身らしからぬ原動で後を追ってレメラスの地を踏んだのだった。


 黒くなった建物を横目に見ながら、二人は散策する。時折、リリーが持参したカメラで周囲の写真を撮ってはいるが、何も新しい発見はない。見渡す限りの廃墟は、どこも教科書や研究発表で見かけたことのある風景でしかなかった。


「何もない、じゃない……!」


 かれこれ歩き続けて三時間ほど経ち、さすがに疲れたのか、リリーは一度足を止める。


「ここには何もねぇってオレは言ったぞ。先行研究者も入ってるし、痕跡があったとしても時間が経ちすぎて消えてんだろ。それでもオメェが行くつったんだろうが。疲れたならもう帰るか?」

「嫌。何も発見出来ないまま帰ったら、お父様たちに何と言われるか……貴方も怒られるかもしれないのよ?」

「別に構わねぇよ。どうせオレはいつも怒られてんだから」

「うぬぬぬ……!」


 拳を握り締めるリリーは、平然と言い切るアイルを睨んだ。

 その視線は彼にとって痛くもかゆくもない。何くわぬ顔を返していたが、途中からその目が自分よりも更に先を見つめていることに気付く。


「オメェ、何見てんだ?」

「ほら、あれです。あそこ……何か白いものが動いたように見えて……」

「おい、待てよ」


 建物の間、細く暗い道の先にいる何かに惹きつけられてリリーの足は進む。

 小柄な彼女であれば、その狭さをそこまで窮屈だとは感じなかった。何かが見えた場所に近づけば、崩れたのであろう瓦礫の山が行く手を遮る。


「ひゃあ!」


 しゃがみ込んで見てみたら、そこには瓦礫から伸びた人の右手と白銀の髪の頭部があった。

 レメラスは無人。全ての命が消えた都市。そんな知識を持っていたリリーにとって、生死を問わず、人がいることが衝撃であり甲高い声を上げて腰を抜かす。

 金切り声はレメラス中に響き渡ったその時、伸びた手の指がピクリと反応を示した。


「きゃぁぁぁ! う、動きましたっ……!」

「どうした!? っ、人……? いや……」


 アイルが慌てて駆け寄り、悲鳴をあげるリリーの前に立つと、刃渡りが少し長いダガーを抜いて身構える。

 わずかに指先が動いた手。何か仕掛けてくるような気配はない。

 不謹慎にもアイルは剣先で指をつついてみたりしたが、指は再び動くことはない。


「本当に動いたのか?」

「動いたわよ。この目で見たもの! 嘘は言ってないんだから」

「フゥン……」


 そんな会話をした直後のことだった。


「たす、けてくれ、る?」


 途切れ途切れのかすれた声だった。でも、しっかりと二人の耳に届き、目を見開く。

 まさか生きているのか。

 アイルの背後から飛び出して、リリーは瓦礫をひとつひとつ退かしていく。


「何やってんだよ! まさかオメェ、コイツを助けだそうとでもしてんのか?」

「生きてるんだよ!? アイルも手伝って!」

「ハァ? 見ず知らずのコイツを助ける理由なんてねぇだろうが」

「あるよ! 人助けに理由なんて要らないんだから! ほら、アイルも手伝って!」


 あまりにも真剣なリリーの言葉に負けて、アイルは大きな舌打ちをしてから瓦礫を退かすのだった。


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