第10話 治療薬

「一体、何の毒なんだろうなぁ…」


 今日も殿下の学友として、殿下と共に王宮で勉強を終えた私は、王宮図書館へと足を踏み入れていた。


 殿下は殿下で自分の好きな本を探しにいったので、私は自分の目的を果たすために目的の本を探す。毒という言葉が入った書物を適当に何冊か手に取ると、近くのテーブルに持っていきパラパラとめくる。しかし、そう簡単にヒントになりそうなものはなく、書棚に並ぶ膨大な数の本を見て思わずため息をついた。…ああ、私のめくるめくBL小説ライフはかなり先になりそうだ。


 なぜ私が大好きなBL小説を我慢してこうして毒に関する書物をあさっているのか。それは、原作でのシルヴァとうさまの死因に原因がある。原作ではシルヴァとうさまはロレシオ殿下を庇って毒矢を受け、その毒が原因で亡くなるのだ。つまり、仮に王位継承争いを止められず内戦が起きた場合、シルヴァとうさまを救うためには解毒を行うことが不可欠である。しかし、残念なことに原作では毒の正体が何だったのかを詳しく明かされていない。分かっているのは騎士団が常備している解毒薬では解毒できない特殊な毒であることくらいだ。


「アデル、そなた恋愛小説以外も読めたのだな」

「失礼ですね、殿下。これでも私はそんじょそこらの子どもより頭がいいんですよ」

「それ、自分で言うか普通…」

 

 私の言葉に半分呆れ顔になりながら、殿下は私の読んでいる本が気になったのか、私の手元を覗き込んだ。


「…ずいぶんと気味の悪い書物を読んでいるな」


まぁ、私みたいな可愛い幼女がこんな物騒な本を読んでいたら普通は驚くよね。殿下の反応は正しいと思う。


「それは毒の本だろう?なぜ、そのようなものを其方が読んでいる。…まさか、殺したい者がいるのか?」


 殿下の言葉に私はとんでもないと首を思いっきり横に振る。


「違います!むしろ、その逆です!逆!」

「逆…?」


殿下は意味がわからないと首を傾げる。


「助けたい人がいるんです」

「助けたい人?」


 助けたいのだ。殿下を庇って死ぬかもしれないシルヴァとうさまを。そして、ベルとうさまとシルヴァとうさまが笑って過ごせる未来に運命を変えたいのだ。


「はい。その人、もしかしたら毒で殺されちゃうかもしれないから、だからいざという時に解毒剤を作っておいてあげたくて」


 すると、殿下はいたく冷静にそして真顔で言った。


「…アデル、解毒剤の前に犯人を捕まえた方が早い。一体、誰の話をしている。私が調べてやる」


いや、確かにその方が早いんだけど、そうじゃない!そもそも犯行を実際に企てない限り捕まえるの無理だし、そもそも未来の話だから!


「いえ、確信があるとかではないんです!…ただ夢を見ただけで」


実際は夢ではなく前世の記憶だが、前世なんて誰も信じないだろうし、ここは夢にしておこう。


「夢?」

「はい。その人が群衆の中で人を庇って毒矢を受ける夢…」


私の言葉に殿下は少し逡巡したあと、私に視線を戻して言った。


「…お前の助けたい人ってシルヴァか?」

「え!…なんで分かったんですか?」


私、シルヴァとうさまだって一言も言ってないのに!


「いや、庇うってことは誰かを守るためだろうし、お前の周りでそれを仕事にしてるのはシルヴァだけだろ」


言われてみれば確かにそうか。殿下と違って私の周囲の人間なんて限られているしね。でも、すぐにそれを導いちゃうあたり殿下の勘って鋭いんだな。


「…つまり、お前はシルヴァが毒で死ぬ夢を見て、必死にシルヴァのために解毒剤を作ろうとしてたわけだ」

「…はい」

「なるほどな。それなら、犯人を事前に捕まえるのは難しいわけだ。実際に起きると決まっているわけじゃないからな」


そう言う殿下の表情はしごく冷静だ。正夢を真に受けて行動してるとか普通なら馬鹿にしてもおかしくないと思うんだけど。


「あの…」

「なんだ?」

「おかしいとか言わないんですか?」

「なぜだ?」


 不思議そうな表情でそう聞き返す殿下に、私は言葉を続けた。


「だって、夢を真に受けて動いてるって普通に考えたら滑稽じゃないですか」


 私がそう言うと殿下はなんだそういうことかといった様子で口を開いた。


「父親を守りたいと思うことのどこが滑稽なのだ?正夢という言葉があるくらいには夢は馬鹿にならないからな。ほら、神話とかでもよく出て来るだろう?夢のお告げっていう話」

「はい」


 確かにこの国の神話でも、夢に未来の出来事が現れて、あまりにも悲惨な内容だったが故にそれを避けるために行動したら、その未来を変えられて、神のお告げだったって喜ぶシーンは出てくるけど。


「実際にシルヴァは私の護衛として、私を守ってくれているから常に命の危険と隣合わせだ。いつ夢と同じ出来事が起こってもおかしくはない。むしろ、解毒の仕方を学んでおくのは悪くないと思う」

 

 私もシルヴァには長生きしてほしいからなと微笑む殿下に、私の心はじんわりと温かくなった。シルヴァとうさまの上司がロレシオ殿下で本当によかったと思う。


「よし、そうとなれば私も解毒の仕方について学ぼう。…だが、これは難しすぎて読めないな。…アデル、お前これ全部読めるのか?」


 私が今読んでいるのは毒草について詳しく書かれた研究書だ。挿絵はあるが完全に大人向けの文章で、普通の子どもが読むには少し難しすぎる。私もわからない単語がいくつかあり、全ての内容は理解できていなかった。


「流石にすべての単語は分かりませんが、こちらの辞書を使いながら読めばなんとなくは」

 

 前世でいう英文をひたすら読んでいるような気分だ。重要な部分はこっちの世界での国語辞書を地道に引きながら、文を読み解き、他の部分については得意のキャラ読みでなんとなくイメージを掴みとっている。とりあえず毒の正体の目星がつけられればいいので、ニュアンスで何となくわかれば問題ない。


「すごいな。…だが、それでは時間がかかるだろう?ここは詳しい者に聞きにいかないか?」

「詳しい人ですか?」


 もしや、この王宮に毒について詳しい人物がいるのだろうか。


「ああ。薬室に毒ばかり研究してる変わり者がいるんだ。ちょっと慣れるまでには時間がかかるが、毒について教えてもらうならあいつが一番だと思う」


 おお!餅は餅屋って言うし、専門家の知識を利用できるならそれに越したことはない。


「行きたいです!」

「よし、ならば行こうか」


 殿下の言葉に私は慌ててテーブルに広げていた本を片付けた。


 前世で誰かが「持つべきものは人脈の広い友達」って言ってたけど全くその通りだなぁ。殿下と友達になっておいて本当によかった。未来を変えるのに凄く力になってくれそうな気がする。


 私を殿下の学友に推してくれたベルとうさまに感謝しなければとそんなことを思いながら、私は殿下と共に毒好きの変わり者がいるという薬室へと向かうのだった。

 

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