第9話 大人たちの決意
「アデル、ぐっすりだったな…」
グラスに注がれた葡萄酒をくるりと回しながら、シルヴァはそう呟いた。
「よほど気を張ってたんでしょうね。昨日と今日と随分と濃い一日でしたし。環境も大分変りましたから」
付け合わせのクラッカーにレバーペーストを塗りながら、ベルナールはシルヴァの言葉に同意した。
「そう、だよな…。アデルからしてみれば突然父親が死に、新しい父親が2人もできたんだもんな。表には出していなくても、心にはかなり負担がかかっていはずだ」
「そうですね…。せめて声に出して辛さを訴えてくれればいいのですが、あの子は甘やかす隙を与えてくれませんからね」
この二日間のアデルを様子を思い返し、二人は険しい顔を浮かべた。
「あいつが娘の成長が早すぎて悲しいといっていたが、あれは成長とかのレベルじゃないよな?」
「そうですね。…見た目は子どもなのに大人と接しているような…そんな感覚に襲われます」
「…やはりそうか。殿下も似たようなものだから、子どもってこんなもんなのかと錯覚しかけたが…」
ロレシオ殿下も6歳とは思えない聡明さと落ち着きを持っている方だ。だから、シルヴァも最初はアデルも殿下と同じ少し成長が早い子供なのかと思っていた。しかし、接しているうちに何かが違うと感じた。
「殿下も大人びてはいますが、あくまで子どもが少し達観した程度。あの子のは思考がそもそも大人の感覚で、大人と変わらない知識量を持っています」
「つまり、見た目は子どもだが中身は大人と変わらないということか…」
「ええ、現にアデルは私たちと風呂に入るのを嫌がっていたでしょう?」
ベルナールの言葉にシルヴァは先ほどの出来事を思い出す。
「ああ。そうだな。あまり我がままを言わない聞き分けのいい子だと思っていたから、あの時は正直驚いた」
「実はあれが初めてではないのですよ。今朝も服を着替えさせようとしたら全力で嫌がられましたからね」
シルヴァは葡萄酒を飲む手を止めると目を丸くした。
「…そうだったのか」
「それだけ精神年齢が高いということです。性の分別がついており、なおかつ異性に肌を見せる恥じらいを知っている。あの子の父親も一緒にお風呂に入るのを嫌がると言っていたでしょう?恐らく、大分幼い頃からそういう感覚を持っていたのだと思います」
「…お風呂が嫌いなのではなく、俺たちの前で裸になることを嫌がっていたのか」
揺れる葡萄酒の水面を見つめながらそう告げたベルナールの言葉に、シルヴァははっとしたようにベルナールを見た。
「まさか風呂場にバスローブが用意してあったのはそのせいか、ベル」
「ええ。私たちが服を身にまとっていれば多少緊張が違うかと思いまして。精神年齢の高い彼女に血のつながりもない昨日まで他人だった男の裸を見せるのは酷ですから」
「そういうことだったのか。不思議には思っていたんだ。子どもを風呂に入れるのが初めてだったからそういうものなのかと思っていたが、違ったんだな」
シルヴァの言葉にベルナールは肩を竦めて言った。
「まさか。普通の子どもであればそんな必要はありませんよ。あれはアデルのために用意したものです」
そうだったのかと独り言ちるシルヴァを横目にベルナールは少なくなった自分のグラスに葡萄酒を継ぎ足す。ついでにシルヴァのグラスにも葡萄酒を継ぎ足すと、シルヴァは我に返って礼を言った。
「…しかし、難しいものだな。もう少し大きくなれば一人で風呂に入ることも許してあげられるが…」
流石に危険と分かっていて許すわけにはいかないと呟いたシルヴァにベルナールも深く頷いた。
「そこです。今のあの子は精神と肉体が非常にアンバランスなんです。なんでも一人でできる知識はある。けれども、体格が追い付いていない。そして、本人はそれを自覚していない。だから危険なんです」
「確かに危険だな。無茶をしかねない」
今日一緒に過ごした限り、アデルには自分の考えをはっきりと主張し、行動にできる力が備わっていると感じた。周囲に配慮ができる子だからあまり目立った行動はしていなかったが、おそらく周囲に迷惑がかからない状況であればどんどん突き進んでいってしまうタイプな気がするとシルヴァは感じていた。
「アデルが一人で行っても問題のない部分は極力尊重してやらせてあげましょう。ですが、少しでも危険があることは譲ってはなりません。知識があるぶん、普通の子どもより危険な無茶をします。下手をすれば命を落としかねません」
ベルナールの真剣な瞳にシルヴァはゆっくりと頷く。
「ああ、わかった。肝に銘じておくよ」
「ええ。そうしてください」
シルバの言葉に微笑んだベルナールは、シルヴァにお手製の新作のおつまみを差し出す。シルヴァはそれを口に含むと美味いなと感動したようにそのつまみを見た。気に入ったのか再びそのつまみに手を伸ばすシルヴァの様子を、ベルナールは微笑ましそうに見つめた。
しばらくして、シルヴァは自分の中で考えがまとまったのか、少しすっきりした表情で告げた。
「まぁ、どんな子でも俺たちの大事な娘には変わらないよな。あの子を幸せにする。それがあいつのために俺がしてやれる最後の弔いだ」
「そうですね。私も彼の分まであの子を幸せにしてみせましょう。天国にいる彼が安心できるように」
二人はグラスを宙に掲げると静かに合わせた。グラスの中の赤い液体がゆらゆらと揺れる。二人は穏やかに微笑み合うとゆっくりとグラスを煽るのだった。
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