二百五 窮鼠、鬼を噛む
「ただちに密集隊形へ移行! 前列は結界の補強、および維持! 中列右翼を主力とし、左翼で牽制しつつ順次攻撃開始! 後列は各班の援護に回れ!」
確実に少女の進路をふさぐために広げていた防衛線を一カ所にまとめ、ケラーズが矢継ぎ早に命令を飛ばしていくと、魔道兵は淀みない動きを見せて速やかに強固な守りの陣形を築いた。
帝国から奪った魔銃で援護する者と、より威力の高い魔法を放つ者とに別れ、足並みを揃えて少女を攻め立て始める。
魔力の弾丸が乱れ飛び、魔法で作り出した火球や氷柱が続々と少女へ向けて投射されていった。
しかし、ただでさえ銃弾を見切る相手だ。下位の魔法が簡単に当たるはずもない。
少女が何気なく剣を一閃すると、ろうそくの灯が吹き消されるように弾雨がたちまち斬り裂かれた。
同時に、立ちはだかる結界へ激しい振動が幾重にも走り、支えるゴーレムの足が石畳にみしみしとめり込んでいく。
今の一瞬で、一体どれだけの斬撃を放ったのだろうか。
わずかに遅れて、乱雑に振り回した鐘のような耳障りな高音が、戦場へけたたましく鳴り響いていった。
「はてさて。解せませんね」
苛烈な攻勢から一転、唐突に剣を下ろした少女は、こてりと首をかしげて思案顔を見せた。
「これだけ丈夫な障壁ならば、城門の守備でこそ真価を発揮するでしょうに。何故東門で使わなかったのですか」
少女の迫力に怯んで手を止めていた魔道兵が、この隙に攻撃を再開するが、少女は結界に沿ってゆったりと歩きながらかわしていく。
眠りや麻痺の魔法を試すも、状態異常の成功率は相手の意志の強さに左右される側面がある。隙を突いたならともかく、百戦錬磨にして臨戦態勢の猛者に効果を及ぼすのは至難の業だった。
「帝国に防御魔法があると知られれば、間違いなく最前線で盾にされていただろう。故に秘匿して後方支援に回り、反乱の際の切り札にするつもりだったのだ。もっとも、貴様がここまで悪逆非道だとわかっていたなら、温存することはなかったがな!」
律儀に説明してやりながらも、最後には苛立ちが勝って怒鳴りつけるケラーズに、少女は納得いったとばかりに微笑んだ。
「なるほど。そうでしたか」
強い負の感情をぶつけられてもどこ吹く風で、人ごとのように呟く。そこには特に感情は込められておらず、ただ軽薄さがあるだけだった。
気まぐれに質問こそするが、戦以外は全て些事なのだろう。本当に興味があったかも疑わしい。
言ってしまえばただの世間話。戦闘の片手間に会話ができる程度に余裕があるということだ。ともすれば、退屈しのぎのつもりなのかもしれない。
仮にも首都警備隊として腕を磨いてきた魔道兵らにとって、その態度は耐えがたい侮辱だった。
「では。そのような切り札が、どれだけ耐えるものか試してみましょうか」
手を止めるのも突然なら、動き出すのもまた突然。
再度嵐のような斬閃を結界に浴びせ始めた少女は、まさに奔放を体現したような掴みどころのなさだった。
その後しばらく剣圧を受け続けた前列のゴーレムの足に、びしりと一筋の亀裂が入る。気付いた魔道兵が慌てて補修し、結界の強度をさらに上げるべく魔力を注ぎ込んだ。
「無駄だ! 帝国に敗れたのは不意を打たれたせいに過ぎん。万全であれば、我らの結界は鉄壁。容易く崩せると思うな!」
徐々に出始めた綻びを悟られぬよう、ケラーズは被害を見て見ぬふりをして隠し、虚勢混じりに豪語する。
「ふふ。負け犬がよく吠えますね。そう言われると、是が非でも打ち破りたくなります」
すると少女は優美な笑みを返し、より攻撃を苛烈なものとした。
見えざる結界が見えざる刃を弾く度、派手な火花があちこちで飛び散り、絶え間ない金属音が場に満ちる。
「攻め手を止めるな! どれだけ防がれようと構わん! 着実に体力を削るのだ!」
負けじとケラーズは鋭い叱咤を飛ばし、部下の奮起を促した。
呼応した魔道兵が攻撃ペースを上げるも、結界を斬りつける余波だけでほとんどの魔法が吹き散らされていく。なんと理不尽な剣なのか。
「大陸の魔法とはこの程度なのですか? 和国の物の怪ですら、もう少しましな術を扱いますよ」
明らかに失望した様子の少女は、すでに遠距離攻撃に注意を払っていなかった。
ケラーズは悔し気に歯ぎしりして見せたが、内心では策が形になりつつあることにほくそ笑む。
事前に少女の圧倒的な武力を目の当たりにし、正攻法では勝ち目がないと悟った彼は、一計を案じていた。
まず前列で少女の進行を食い止め、遠距離攻撃で牽制する。
頃合いを見て正面の部隊が押し負けたように見せかけつつ誘い込み、両翼を前進させて包囲し、結界で閉じ込める。そして逃げ場を奪ったところへ火力を集中させるという筋書きだ。
この作戦を実行するには、少女が宣言通りにまっすぐ突き進んで来ることが前提となるが、ケラーズはその点を心配していなかった。
なにしろあれほどの俊足を誇るのだ。その気になればこちらなど無視して迂回すればいいだけの話である。あえてそうしないのは、自ら語った通りに自分達と真っ向勝負を望んでいるからだろう。
少女はその言葉の端々から、戦に対する並ならぬ美学を持っていると感じさせた。だからこそ、少女は正面から攻めることにこだわるはず、とケラーズは読んだのだ。
そして第二の条件として、少女の油断を誘うことが挙げられる。
今や少女は魔法を脅威とみなさず、結界の破壊のみに集中し始めた。
作戦を次の段階に進める好機と見るべきだ。
「障壁破損度、想定を超えました! このままでは押し切られます!」
折よく、前列からの報告がケラーズへ届く。
見れば、結界が悲鳴を上げる度にゴーレム達の足元がずず、ずず、とわずかに後退しているではないか。
数十体の鉄製ゴーレムが支えているにも関わらず、である。
細身ながら、なんと恐るべき膂力なのか。
「意地でも耐えろ! 我らの後ろには民がいることを忘れるな! 絶対に突破されることは許されん!」
本来なら演技で済ます予定だったセリフを、ケラーズは本音で叫んでいた。同時に、伝令隊に合図して各班へと走らせる。
ここが正念場だ。
命令が行き渡り、前進を始めた両翼に合わせて、後列から爆発的な魔力の高まりが感じられた。
包囲を進める上で少女の気を逸らすべく、上位魔法を解禁して攻撃パターンを変えるための予兆だった。このために後列には魔銃を持たせ、魔力を温存させていたのだ。
これまで使っていた下位魔法は、手元で生み出した火炎弾や氷の槍をそのまま発射する原始的なものだった。威力こそ高いが、弓矢の運用とそう大差はない。
しかし今準備しているのは、それらとは一線を画す無差別破壊に特化した上位魔法だ。結界越しでなければ周囲の兵をも巻き込む、極めて殺傷性の高い真の切り札と言うべき決戦兵器である。
いかに足が速くとも、包囲が狭まった場所でいつまでも避け続けられるものではあるまい。
……と言うのが魔道兵ら共通の認識であり、切なる願いでもあった。
部隊の期待を一身に背負った後列の兵らが、いよいよ戦局を変えるべく動き出した。
数人がかりで編み上げた魔力が足元に輝く魔方陣を描き出し、手元ではなく少女のそばへと座標を定めて膨大な魔力を送り込む。そうして解放された魔力が空間を歪めながら、次第に魔法として形を成し始めた。
手始めに発動したのは、一陣のつむじ風。
少女は見向きもせず、他の魔法同様に一閃して斬り散らした。
が、すぐに元通りとなって鋭い切り風を孕み、たちまち周囲の瓦礫を吸い上げるほどの荒れ狂う大旋風へと変貌を遂げる。
「おや、これは」
雰囲気が変わったと見るや、楽し気な声を上げて大きく飛び退く少女。そして着地しようとしたまさにその時。
何の前触れもなく路地を揺るがす大爆発が起こり、激しい業火が華奢な身体を容赦なく飲み込んだ。
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