百八十一 戦場を裂く魔弾

 永らく停滞していたウグルーシュ帝国とウィズダーム王国の戦は、新たな局面を迎えていた。


 籠城戦に持ち込み、堅固な防衛網を築いていた王国に対し、帝国第3軍はムールズ商会によってもたらされた新兵器、光の魔銃ブリューナクを投入。分厚い城壁をバターのように切り裂き、派手に崩落させたのだ。


 無理矢理戦端をこじ開けた帝国軍はここぞとばかりに市内へなだれ込み、王国軍へ猛然と襲い掛かった。


 不意を突かれ混乱に陥った王国軍は、乱戦に持ち込まれて最大の武器である魔法を封じられた。


 威力と効果範囲が売りである攻撃魔法は、呪文の詠唱と言う前提条件がある。距離を詰められては発動自体が難しい。

 盾としていたゴーレムの生成も次第に追いつかなくなり、ついには術者本人が戦闘の矢面に立たされることとなったのだ。


 近接戦では圧倒的に分がある帝国軍に、魔法兵主体の王国軍は次々と討ち取られていった。


 それでも前線の部隊を犠牲とし、後方から大規模魔法を放つ苦渋の決断を下そうとした王国軍を、さらなる衝撃が襲う。


 地上戦に気を取られて対空が疎かになった隙を狙い、竜騎士隊が上空より飛来。眩い熱線をもって、容赦なく街並みごと王国軍の隊伍を縦横に薙ぎ払い、瞬く間に戦線を瓦解させた。


 防御魔法すらあっさりと貫通する異常な火力におののいた王国軍は、ほうほうのていで後退せざるを得ず。


 こうして強引な手段から端を発した帝国軍の侵攻作戦第一段階は成功を納め、王都攻略への弾みをつける大きな一歩となった。




「閣下、ご報告致します。王国軍が放棄した西地区の制圧は滞りなく完了。各隊の損耗は軽微。次の作戦に向けて準備を進めているとのことです」

「よろしい」


 帝国第3軍の本陣にて、黒髪に髭を蓄えた壮年の司令官、ラズネル中将は前線から送られた伝令の言葉に鷹揚に頷いた。


「また、東の街道を封鎖した別動隊が敵友軍を発見。王国との合流阻止に成功致しました」

「ふ。これで憂いは断った。ゲストにはこのまま指を咥えて見ていてもらおう。ウィズダームが陥落する様をな」


 己の読みが的中したことに気を良くして、ラズネルは軽く鼻を鳴らした。


 彼は周到にも兵を分け、王国があてにしていた増援が通るであろう後方の経路を抑えさせていたのだ。


 別動隊には竜騎士も割り振っており、凡庸な軍では迂闊に手出しできぬようにした。直接交戦せず、睨み合いに持ち込み挟撃を防ぐ算段である。

 少数の兵で足止めを行うにあたり、竜騎士はうってつけの駒だった。


「それにしても、まったくもって恐るべき兵器だ。あれほど手こずった魔法使いどもを、こうも容易く撃退してしまうとは」


 深く椅子に座したまま、手にした白い光沢を放つ長銃をしげしげと眺めるラズネル。


 王国軍の前衛を壊滅に追いやったのとほぼ同時に、装填されていた弾薬を使い果たしたらしく、前線から回収されてきたものだ。


「お褒めに与り光栄です。我が社の商品はお気に召して頂けましたでしょうか」


 ラズベルの感嘆に反応し、本陣の脇で静かに控えていた人物がにこにこと愛想を振りまいて声を上げる。


 長い金髪をきっちりと後ろでまとめ、すらりとした肢体を誇る美女。ムールズ商会の社員、メイラと名乗る商人であった。


「うむ。威力は申し分ない。欲を言えば、一息に王城まで落としてしまいたかったが。途中で弾切れとは拍子抜けだった」

「申し訳ありません。こちらは使い切りの試供品でしたもので。何卒ご理解頂きたく存じます」


 多少の不満を漏らすラズネルに、メイラは深々と頭を垂れる。


「しかしご安心下さい。この度正式な契約が成されたことで、こうして新たな商品をお届けにあがったのですから」


 ブリューナクを納品してすぐに帰還したはずのメイラが再び訪れたのは、追加発注された武器を搬送するためであった。


 試供品が打ち止めとなった頃合いを見計らったように到着したのは間が良すぎるとも思えたが、取引が成立すると確信した上で事前に準備をしていたと考えれば納得がいく。それだけ商品に自信があるということなのだろう。


「今回ご用意したものは、ブリューナクとはまた違う型番の魔法銃。その名もヘルハウンドと申します。火力は劣りますが、その分低価格で多数をご提供できます。そして速射性に優れ、より扱いやすいのが特徴となっております」


 メイラはすらすらと口上を述べながら、床に置いていた木箱から一丁の銃を取り出した。


 ラズネルが手にしているブリューナクより、一回りほど小さい。

 白い銃身とは対照的に、鈍く光る漆黒をまとった外見は重々しさを感じさせる。


「具体的に申し上げれば、弓矢のように鍛錬を積まずとも、ただ引き金を絞るだけで人を死に至らしめる凶弾が発射される、大変お手軽な一品です。もちろん正確に狙撃するには慣れが必要ですが、大軍へ向けて撃つ分にはそこまでの技巧は不要でしょう」


 殺戮のための道具を、まるで日用品であるかのように朗らかに紹介する様は、なまじ美貌を備えているが故にことさら違和感を覚える。


 しかし生粋の軍人であるラズネルは、戦争こそが日常であると思えば何のことは無い、と割り切ることにした。


「此度の戦の優先目標として、賢者の学院なる施設の確保が含まれていることは伺っております。その点を考慮し、無差別破壊をしかねないブリューナクよりも、市街戦に向いたモデルをご用意させて頂いた次第です。是非ともご活用下さいませ」

「訓練の手間なしで導入できるのはありがたい。すぐに配備するとしよう。それで。首尾よく学院を発見した場合、君に任せればよいのだな?」


 武器と共に届けられた密書には、参謀本部がムールズ商会と取引を交わしたことが記されていた。

 無知な兵に資料漁りをさせるより、魔法に精通しているらしき彼女らに一任する方がよほど効率的と言えるだろう。ラズネルに異論はなかった。


「はい。その件、しかとうけたまわっております。弊社が責任をもって対応させて頂きますので、どうぞご心配なく」


 メイラは胸に手を軽く当て、優雅に微笑んで見せる。


「次の戦争のため。その次の戦争のため。さらなる兵器の発展に役立てましょう」


 そう断言する姿は美しくも怖気を誘う、死の商人以外の何者でもなかった。


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