二十 一計
数日後、隠し砦を制圧した遊撃隊の元へ、ベルンツァからの伝令が返って来た。
「……という訳で、この砦は機能不全にしてから撤退することになりました」
書類を読み上げたカティアがそう締めくくると、隊員達から不満と安堵がない交ぜとなった声が上がる。
「かー! せっかく落としたのに壊すのかよ! もったいねえ!」
「掃除も探索も済んで、けっこう快適になったんだがなあ」
「でもよ、ここで踏ん張って3万の兵と戦えとか言われるよりはマシだろ」
「そりゃそうだが……隊長の苦労が報われないよなー」
その言葉に反応し、一斉に紅を見やる隊員達。
「お気になさらず。私は戦えるならば何でも構いません。本隊と合流すれば、前線に出して頂けるとのことですし。今から楽しみですね」
にこりと微笑む紅にしばし見惚れる隊員達だったが、前線という単語に気付き再び慌て始めた。
「うおお、結局3万の軍とやり合うのは変わらねえのか!」
「い、いや落ち着け! 本隊と一緒ならまだ安全だろ……な? な?」
「お、おうよ! なんたってこっちには隊長がいるんだからな! 敵なんか寄って来れねえって!」
「ごちゃごちゃうるさい! 黙りなさい!」
口々に互いを安心させようと気休めの声をかけあう隊員達に、カティアが一喝した。
途端に訪れた静寂に、カティアは一つ咳払いして話を進める。
「砦を引き払い、本隊と合流するのは決定事項。じたばたしないで準備に取り掛かるわよ。まずは斥候班! 増援の現在地は特定できたの?」
ここ数日の内に砦内の掌握と並行して、北側の林道を遡って偵察を出していたのだ。
「はーい。林道を北上した結果、帝国軍の斥候を発見しましたー。その位置から考えて、あと三日くらいで本隊が到着するんじゃないかとー」
アトレットが列の前に出て、敬礼しつつ報告をする。
「三日……破壊工作をするには十分ね」
カティアが頭の中でざっと計算を立てる。
「残っていた馬車にありったけの食糧を積み込み、残りは燃やして廃棄。その後食糧庫や各施設も破壊して、増援が到着する前に我々は離脱。この流れでよろしいでしょうか、隊長」
「はてさて」
カティアの淀みない案を聞き終えた紅は、曖昧に返し何やら考え込んだ。
「どうせ壊すのならば、燃やしてしまっても構わないのでしょう?」
「ええ、そうですね。ただ石造りの砦ですから、全体を燃やすのは苦労するかと思われますが……」
「火力、ということに関しては心当たりがあります」
「あ」
紅の言葉に刺激されたように、アトレットが何やら思い付いたように声を上げた。
「アトレット。何か?」
「いやー、紅様の考えがわかっちゃいまして。えへへ」
アトレットが目で訴えると、紅は我が意を得たりと頷いて先を促した。
鼻を指で擦りながら、アトレットが得意げに紅の代わりに策を披露すると、カティアを含め隊員達が納得の表情で沸き立った。
「なるほどなあ! さすが隊長、えぐいこと思い付くぜ!」
「それならわざわざ施設を壊して回らずに済むな」
「そうと決まれば早速荷造り始めるぞ!」
「それじゃあ材料回収班! アトレット様についてこい野郎どもー!」
「おう! ってなんで二等兵のくせに偉そうなんだよ!」
「隊長のお気に入りだからって、調子に乗るんじゃねえぞこんガキャー!」
「きゃー! 暴力はんたーい!」
にわかに活気付き、わいわいとそれぞれの役目を決めて動き出す隊員達。
その様子を前に、紅は終始にこにこと楽し気にしていた。
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