最終話: ママチャリ(時速50km)で走るπ
──3度目の正直。
そう、彼女がようやく動画配信に対してやる気を見せたのは、夏休みも終わりが見え始めていた8月後半であった。
おまえちょっとサボりすぎだろと言われてしまえばそれまでだが、これには色々と理由があった。
まず、ギャル姉妹からめっちゃ遊びに誘われた。もちろん、彼女からも誘った。
高校1年生の夏は一度きり。
そう言われた彼女は、『それもそうだが、遊びに行かねば女が廃る!』といきり立ち、あっちこっちに出歩いたわけである。
映画に行ったり、ショッピングに行ったり、集まって勉強したり、海に行ったり、若者特有のチート回復がなかったら、疲れて動けなくなっているぐらいには出歩き回った。
当然ながら、いかがわしい事はしていない。
彼女も、ギャル姉妹も、だ。
そう、ギャル姉妹も、だ。
見た目からして意外と思われるかもだろうが、ギャル姉妹は口調や態度こそチャラい感じだが、根っ子は非常にまじめである。
課題は毎日決められた量を朝の内に済ませ、門限も決めているのか、トラブルが無い限りはそれまでに帰宅しようとする。
夜になれば繁華街には絶対近寄らないし、交友関係においても、そういった悪い噂がある相手には絶対に近寄らない。
あくまでもギャルなのは見た目だけであり、中身は真面目な委員長タイプ……それが、ギャル姉妹なのである。
なので、計3人で出歩いても、そういう事件に巻き込まれることも、そういう道に進んでしまうような事態にはならなかった。
……で、だ。
そういう感じで夏休み前半を遊び回ったからだろう。
どうにも拭い去れなかった忌避感も日を追うごとに薄れ、夏休みも半ばの頃にはもう、『アレはカラスの糞に当たったようなもの』と、思うようになっていた。
そうなれば、基本的には猪突猛進なところがある彼女の決断は速かった。
──よし、やろう。
そう決めた、その日に、彼女は次の動画撮影のために候補地を探し始め……その日の夜には、3回目の撮影計画の予定を立てていた。
これまた、もちろんの事だが……彼女はこれまでの失敗に対して、ちゃんと対策を立てたうえでの、3回目の計画であった。
1度目は熊襲来により中止。
なので、熊などの野生動物との接触を避けるために、生息分布図を見て、あまり人の手が入っていない場所は避ける。
2度目は、撮影装置の不具合(笑)により失敗。
大介の助言に従い、ちゃんと安心と安全が担保された量販店で購入したメモリーカード。これで、一安心。
あとはまあ、いざという時の為に非常食やら何やらをリュックに詰めて……そうして、3回目の計画に選んだのは。
「ど~も、みなさ~ん! お久しぶりですね、熊との遭遇でヤル気を失っていましたが、復活して帰ってきました!」
山でもなく、海でもない。
「なんとワタクシ……自転車に乗って日本一周しようと思います!!」
そう、結局のところ、頼れるのは自分だけ。
運やら何やらに頼るから駄目だと悟った彼女は、自らの足……この時の為に購入した
……。
……。
…………時間(というより、場面)は少し、前に戻る。
おそらく、これを見ている者たちの大半が、同じことを思っただろう。
何をどう考えたら、そんな結論になる、と。
またまたまた当たり前の話だが、彼女の両親は計画に反対した。
そりゃあ、そうだろう。
これが成人しているならばともかく、未成年……それも、16歳の娘ともなれば、話が根本から変わってくる。
はっきり言えば、彼女は美人だ。
それは、彼女を生んで育てた両親の目から見ても、『トンビが鷹を生んだ』とか、『鶏が黄金の卵を産んだ』と称賛してしまうぐらいに、彼女は美人だ。
長男の大介も美形だが、彼女はモノが違う。
仕草や癖が完全に両親のソレを受け継いでいるので血の繋がりを疑った事は一度としてないが、それでも、自分たちの娘とは思えないぐらいに美形と思った事は一度や二度ではない。
おかげで、目立つ。顔だけではない、そのスタイルの良さは、両親の目から見ても不思議に思うぐらいだ。
……そんな、何処へ行っても目立つ美貌の16歳が、1人で日本一周をして、無事でいられるだろうか?
率直に、危険だと両親は思った。
親の贔屓目ではない。
客観的に見て、娘の容姿は良い意味でも悪い意味でも、異性同性問わず、そういった注目を集めてしまう娘だと思っている。
なのに、それを抑える術がない。
何故なら、格好でどうにかなるレベルではないからだ。
それこそ、不審者レベルで変装するか、体形が変わるぐらいに偽装しないと無理だ。
こればかりは、どうしようもない。
遺伝子がどのように掛け合わさってそうなったのかは不明だが、全てが奇跡的に良い方向に重なった結果なのだから……そう、思っていた。
けれども、だ。
同時に、全てにおいて優れているかと言えば、そうではないとも両親は考えていた。
その一つが、今回の『日本一周』なるものを生み出した……彼女の、後先考えない凄まじい無鉄砲さである。
確かに、若い頃は誰しもが大なり小なり無鉄砲だ。
当時は気付けなくても、ある程度年月を重ねれば、『あの時はなんて無茶な事を……』といった感じで、だいたいの人はそれを自覚する。
若い頃に無鉄砲だったと気付けるのは、相応に痛い目にあってから。
言い換えれば、若いうちは大半が実際に痛い目に合わないと理解出来ないし、理解している子は始めからそんな事しない。
だから、軽くで良いから、一度でも痛い目に遭えば、若さ特有の無鉄砲はある程度鳴りを潜める……はず、なのだが。
不幸と言って良いのか判断に迷うところだが、彼女はその無鉄砲を軽くカバーしきってしまうぐらいに様々な事に有能過ぎた。
頭は良いが、馬鹿なのだ。
勉強が出来る、馬鹿なのだ。
若さがもたらすモノとは少し違うように見えるが、とにかく、彼女は無鉄砲が引き起こしたトラブルを自力で解決してしまう。
そう、いくらでも自力でリカバリーしてしまう。後に話を聞いた時、何がどうなってそうなったのかと、何度頭を抱えたことか。
だからこそ、両親は心配した。
子供というのは、幼少の時から多少なり怪我をすることで痛みを理解し、危険を理解し、その子なりに危ない事からは距離を取ろうとする。
だが、彼女には……娘には、それが無い事が両親にとっては気掛かりであった。
と、同時に、両親は……頭ごなしに娘のやる事を否定し、行動を抑え付けることだけは止めようと思った。
それは、娘の自主性を考慮して……なんて甘い話ではない。
単純に、娘なら秘密裏にもっと信じ難い事(たとえば、秘密結社作っていました、とか)をやりそうな気がすると思ったからだ。
──どう思う? とりあえず、1,2時間ごとに連絡必須?
──それで、好きにやらせるべきだと思う
──でも、女の子独りで……
──断言するけど、駄目って行ったら勝手に行くと思う
──悲しいけど、否定出来ないわね
──麻弥の事だから、大事には至らないとは思うけど
──でも、万が一なにかあった時が……
──そうだな、いざという時に駆けつけられないのは……
──う~ん、そこらへんは、姉さんを信じようよ
──しかし、なあ
──心配なのは分かるけど、姉さんそういう馬鹿じゃないから
──それも……そうだな
──そうね、麻弥はそこらへん線引きしっかりしているものね
──それに、途中で疲れて引き返すかもしれないよ
──ああ、そうだな
言葉は一切交わさない、彼女を除いた家族間のアイコンタクト。
ある意味、彼らも常人離れした事をしているが、そうなったのはあまりに猪突猛進な彼女(麻弥)のせいだから……で、最終的に。
「……許可しよう」
「──しゃい!」
「ただし!」
「──っ!?」
幾つかの注意事項(定期連絡など)を絶対に守ることを条件に、両親は娘の猪突猛進な計画に許可を出した。
「それと」
「???」
「あくまでも、大介が後押ししてくれたということを覚えておくように。その信頼を損ねるような事だけはするな……いいね?」
「──はい!」
加えて、お前が馬鹿な事をしたら弟も傷付けることになるんやでと、精神的な鎖を掛けて、ちょっとでも無鉄砲さを抑えようと両親は考えた。
「ありがとう、大介! お姉ちゃん、頑張って一周してくるからね!」
「ちょ、分かった! 分かったから、い、息苦し──」
だが、しかし。
「良い子良い子! 大介はめちゃんこ良い子!!!」
「むー!? むー!?」
よほど嬉しかったのか、家族の目から見ても『デカいな』と断言するサイズの胸元に、弟の頭を抱えて。
「大介はそのまま良い子でいてね! くっそ生意気な感じにならず、程々にね!」
「むぅー!? むぅー!?」
ぐりん、ぐりん、ぐりん、と。
谷間に挟んだボールをπでもみくちゃにするかの如く、弟の頭をぐにゃぐにゃとπで押し潰し捏ね回し、凄い事をしているのを見て。
──母さん、娘には少し情操教育をするべきじゃないかな?
──あれでも、昔に比べたら良くなった方よ
両親はこっそりとアイコンタクトで会話をしながら……ひっそりと、溜め息を零すのであった。
……そんなこんなで、だ。
それから着々と準備を進め、翌日の夕方には必要になると思われるモノを全て準備し終えた彼女は……二日目の朝には、自宅を出発した。
おまえ、いくらなんでも急過ぎるだろう……そう、思われる者は多いだろうが、これにはちゃんと理由がある。
それは、夏休みの残り日数の問題だ。
いくら無鉄砲で常識はずれな事を仕出かす彼女とて、己が学生である事は分かっているし、そこらへんを含めて信じて背中を押してくれたという事も分かっている。
前世の知識があるからこそ、分かるのだ。
今生の両親が如何に寛容的で、考え抜いた結果の放任であるかということを。心配を押し殺して笑顔で送る、親としての強さを垣間見たからこそ……彼女は、それらを破る気はなかった。
……と、いうか、だ。
常識的に考えて、残り10日間も無いのに自転車で日本一周って正気の沙汰ではない。
単純に、時間が足りないのだ。
車や新幹線、船や飛行機などで長距離を短時間で移動出来るようになり、地球の裏側の情報をリアルタイム(ラグはあっても)で得られるようになった。
そのせいで、感覚がマヒしている人は多いが……実際のところ、日本という国は、大半の人達が思うよりもずっと広大なのだ。
それでいて、自転車で行く以上は、高速道路のような直線コースは使えない。
西に東に、北に南に、回り道を繰り返して進むのは当たり前。車ならなんてことはない高低差も、自転車だと心臓破りの坂……なんて状況も普通にあり得る。
加えて、体力を始めとした体調の問題もある。
人間の身体というのは、壊れない限りパフォーマンスを発揮できる機械ではない。
燃料を注いで、500km走った後に、5分で燃料注いで、はいまた500kmなんてことは出来ない。疲労が回復するまで、相応に日数を必要とする。
対して、以前より身体づくりなどをして計画を立て、入念に準備していたのであればともかく、彼女が日本一周を考えたのは先日のことだ。
宿の予約なんて取っていないし、補給できるルートは調べていないし、なんならテントと寝袋使って公園で寝れば良いかとかいう甘い考えですらある。
準備はしたが、正直なところ、行き当たりばったり上等な内容でしかなく……そんな内容で突っ走ろうというのは、馬鹿以外の何物でもなかった。
「──それでは、よ~い、スタート!」
そして、時間(つまり、場面)は今に戻り……自転車に取り付けたカメラで自撮り出来るようにした彼女は、意気揚々と出発した。
……さて、改めて言葉にするが、常識的に考えて、彼女が夏休み中に日本を一周するのは不可能である。
実のところは、だ。
家族たちの誰もが『途中で諦めて引き返すだろう』と思っていたし、2,3日で根を上げて戻ってくるかも……とすら、思っていた。
『──只今、○○県の県境! 山が綺麗で、天気も良く、絶好の日本一周日和です!』
だが、しかし。
『──すげえ長い道……私じゃなきゃ、心折れちゃうね?』
事実は小説も奇なりとは、誰の言葉だったか。
『──傾斜キツ過ぎない? これ、歩いたほうがマシ』
約束通り、無事であることを知らせるために定期的に送られてくる写真なり動画だが。
『──何気なく入った蕎麦屋、隠れた名所だったらしくメタくそに蕎麦が美味い、ザルで7杯も食べちゃったよ……』
それらを笑いながら見ていた家族だが……ふと、彼らは思った。
──あれ? 移動速度……速過ぎね? っと。
そう、最初の内は気付かなかったが、途中で気付く。
送られてくる画像やら動画やらに出ている看板やら地名やら店名だが……問題なのは、その位置だ。
つまりは、出発した時刻から計算して、だ。
どのようなルートを通っているのかは不明だが、時速50km~60km近い速度を出していないと、説明が付かない話である。
さて、そこで気になるのが……人間はそれだけの速度を出せるのか、ということだ。
結論から言えば、出せる。
しかし、それが出せるのは競輪選手を始めとした、自転車を使用するアスリートぐらいなものだ。
とはいえ、そんな選手たちとて、常にそれだけの速度を出せるわけではないし、出す為には様々な前提条件をクリアしている必要がある。
軽くて特化した専用の自転車、空気抵抗を減らす為のウェア、それらに見合うフィジカルコンディション……ママチャリで時速50kmも出せたら、それだけで世界クラスだろう。
それを彼女は、やってのけている。
少なくとも、送られてくる画像や動画が真実であるならば。ほとんど休憩無しで、時速50kmを維持し続けているということになる。
──そんな事、ありえるのだろうか?
ほとんど同時に、彼らは思った。
──でも、麻弥だからなあ。
直後、ほとんど同時に彼らは結論を出した。
そう、何だかんだ言いつつも、麻弥を育てた両親、麻弥にからかわれつつも面倒を何度も見てもらっていた大介は、同じことを思った。
確かに、娘で姉である麻弥は、そういう『ありえない事』をちょくちょく行う、信じ難い面を多々見せる娘であり姉でもある。
けれども、だ。
何だかんだ考えつつも、細間麻弥の家族である彼らは、その度に同じ結論を出す。
──まあ、あの子のやる事だ……一線は越えないし、悪いようにはならんだろう、と。
実際、何だかんだ色々な人たちから言われたり思われたりしつつも、あの子は何一つ気にした様子も無く、ここまで曲がらずに大きくなった。
たぶん、あの子はそういう子なのだろう。
どんな苦難もあの調子でワハハっと蹴り飛ばして前へ進んで行く、そういうナニカを持って生まれた子なのだろう。
でも、悪い子ではない。それだけは、確かなのだ。
そう、誰かに言われずとも同じことを考えた細間家は……互いに視線を交わした後、申し合わせたかのように一斉に苦笑を──。
『──なんか侍さんたちの集会に遭遇したんだけど、これって時代劇の撮影かな?』
──した瞬間、血走った眼で物騒な事をしている侍たちの画像と、首を取れだの勝負勝負だの雄叫びが入り混じる動画を見て。
(前言撤回、もう少し落ち着いて欲しいかな)
直後に、娘や姉に対して抱いていた評価を、即座に撤回したのであった。
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