第13話: わたし、また何かやっちゃいました?(悪魔の所業)



 会場となる商店街は、普段とは異なり人でごった返していた。



 あ、いや、訂正。



 普段は寂れているというわけではない。普段とは違い、買い物客以外の見物客が大勢来ているので、普段よりも人だかりが見られるというだけの話である。


 昨今は、ちょっとした相手の落ち度を見付けては、鬼の首を取ったかのように上様気取りでいきり立つドヤ顔(老若男女を問わず)が現れるので、こういう訂正が必要なのである。



 ……とはいえ、それは今に始まったことではない。



 おそらく、昔からそういう人はいたのだ。


 だが、SNSが身近な存在となった現代とは違い、昔は局地的な話に留まり、他所へ広がることなんて早々なかった。


 しかし、SNSの発達によって、何気ない発言が半日後には世界中に広まるようになってしまった。



 それが良いのか悪いのかはさておき、だ。



 現代では昔以上に自制心を求められ、発言には気を付けなければならない。イラッと頭にきても、深呼吸でもして受け流す能力が必須となっている。


 腕っぷしを第一に求められた時代があれば、何よりもしぶとさだけを求められる時代もあるし、自制心を第一に求められる時代もある。


 今は、後者の時代であり……望む望まないに関係なく、直接罵倒されたならまだしも、イラッと頭にきても曖昧な笑みで誤魔化して受け流すことを求められているわけである。





『──ええっと、今回参加を表明した中で最年少である、細間麻弥ちゃん……16歳ですね。いちおう聞いておくけど、モデルとかやっていたりするの?』


「モデル? やってないけど、モデルだと出ちゃ駄目なんですか?」


『いちおう、事務所とか色々関わってくるからね。でも、こんなに可愛いのにモデルさんじゃないの? 凄いね、学校とかだとモテて大変じゃないの?』


「大変というよりは、最初から最後まで蚊帳の外みたいな感じだった」


『え? どういうこと?』


「気付いたら周りで青春恋模様が繰り広げられていて、気付いたら周りで決着が付いていて……初対面の女子グループから、『あんたいったい誰が好きなの!?』って怒鳴られた時はマジで頭の中が? マークで埋め尽くされましたね」


『ええ……そういうことってあるの?』


「あるからマジでビックリっすよ。おまえ誰だよ、何の用だよ、話が見えねえよってキレました。そうすると、すっとぼけた性悪女って女子たちが結託して噂を流しまくって……これも、私が可愛いのが悪いんですかね?」




 イラッ、と。




『──ところで、今日は大食いコンテストだって分かっているかな? 近所の大盛りとか特盛りなんてレベルじゃないけど、分かっているよね?』


「大丈夫です、こう見えて大食いらしいから」


『そう? それなら一安心だ……でも、大丈夫? 君ぐらいの年頃ってダイエットだとか何だとかだけど、体重とかはあんまり気にしない方なの?』


「あ、それも大丈夫です。私、どんだけ食べても胸と尻以外には肉が付かない体質っぽいので、今まで太った事がないんですよ。




 イライラッ、と。




『今日は、何を見てこの大会に参加を?』


「友達から大会あるよって教えられて。言われて、私ってば食えるじゃんと思い至って参加しました」


『へ~、なるほど。いやあ、まさかこんな美少女が飛び入り参加してくるとはオジサン夢にも思わなかったよ』


「私もこういった催しに参加するのは初めてなんですけど、確かに他の参加者のみなさん、私より15歳ぐらい上の方ばかりですね」


『いやいや、みんなも若いからね? しかし、16歳の女の子からしたら、みんなオジサンでオバサンにしか見えないのも仕方がないね』


「司会者さん、それ言い出した時こそオジサンになったってことだと思いますよ」


『おや、これは一本取られちゃったね!』


「このまま若さパワーで押し切って賞金手に入れます! その為に朝ごはんと昼ごはん抜いてきましたから!」


『なるほど、気合十分! 細間麻弥ちゃんでした!』




 イライライラッ、と。




 ──ねえ、あの子って芸能人? すっごい綺麗な子ね。


 ──顔ちっちゃ、手足ほっそ、マジで素人なの、アレ? 


 ──素人らしいよ、調べてみたけどヒットしないし。


 ──よく見たら、胸でっかくね? 


 ──デカい、シャツがブカブカだから気付き難いけど、デカい。


 ──なんか、ゲストで来ているグラドルよりも綺麗じゃない? 


 ──え? あっちがゲストなの? 俺はそっちだと思ってた。


 ──俺も俺も、マジであの子美人ですっげえわ。


 ──見ろよ、テレビスタッフの人達、めっちゃ気を使っているぞ。


 ──そりゃあそうだろ、売り出すつもりのグラドルより綺麗なんだから。


 ──あの子の写真集出たら絶対買うんだけどなあ……。


 ──アレで16歳って将来有望過ぎっしょ。




 苛々、苛々、苛々……イライライライラっ……と!!! 




 いったい誰が苛立っているのか……それを語るには忍びない話なので、あえて伏せるが……とにかく。



 今回の、大食いコンテストについて簡潔にまとめると、だ。



 どうやら、今回のコンテストにはテレビも関わっているらしく、出場する者たちは大食い界隈ではけっこう有名な人が参加しているとのこと。


 その点についてはギャル姉妹(茶子の方)も詳しく見ていなかったらしく、軽く謝られたが……とりあえず、せっかくなのでと参加する事を決めた。


 何故なら、彼女はもう朝も昼も抜いている。ここでコンテストに出るのを止めれば、空きっ腹を抱えたまま話が終わってしまう。



 コンテストに出れば、勝敗に関係なく飯は食える。



 しかも、普通に店で頼めば数万円近くは支払う必要が出て来る美味い物を、タダで食えるのだ。嫌いなモノが出されるならともかく、そうでないなら出ないという選択肢が彼女にはなかった。



 だって、とにかくお腹減っているし。



 とはいえ、テレビが入っているので色々と事前の準備が必要らしく、それでいて、けっこう大掛かりな感じらしいので、待たされること……幾しばらく。


 そうして、ようやくコンテストが始まったかと思えば、出場選手の自己紹介とインタビューが始まり、そこでもお預けを食らう羽目になったが……で、だ。


 ……試合が始まる前にも関わらず、会場は少しばかり緊張感が生じ始めていた。客側は(ほとんど)気付いていないが、テレビスタッフたちは気付いており、内心冷や冷やしていた。



 その理由は、なんと言っても彼女の存在のせいだろう。



 どうしてかって、彼女の存在がテレビ側にとっても想定外過ぎたからだ。


 元々、今回の大食いコンテストにて一般参加(つまり、素人枠)を募ったのは、ひとえにプロとの違いを明確にするためだ。


 そりゃあ、10品20品と食べれば一目で大食いだと分かるが、昨今はヤラセだ何だと色々言われてしまうことがある。



 なので、素人を出す。



 一般的な方はコレだけしか食べれなくて、プロの大食いはこれぐらいの量をパパッと食べちゃいますよ、と。


 気の使い過ぎかと言われたらそれまでだが、一般人の食べる量なんて多くて大盛りが2,3品とかそれぐらい。


 金額にしてせいぜい一人当たり2,3000円ぐらいだし、食べる速度が明らかに遅くなったら退場(つまり、ドクターストップ)と指示を出しているので、せいぜい数カット映せば素人も満足するだろう。


 それに、以前からテレビ離れが囁かれているのもあって、ここらでテレビに親しみを持つ者が増えてほしい……そんな下心も密かに抱えてもいた。



 とまあ、そんな感じで、だ。



 様々な思惑や計算や協力の果てに、今回の素人枠を募ったわけだが……まさか、そこにSクラスの美少女が出て来るだなんて誰も想定していなかった。



 正直、どうしたものかとテレビ側は悩んだ。



 というのも、ただの大食い番組では視聴率を取れないからとテコ入れのために、グラドル(いちおう、出場する)を連れてきたのだが。


 よりにもよって、そのグラドルより良い意味で目立つ娘が素人枠から出て来たのだ。


 しかも、そのグラドルよりも明らかに若く、スタイルの良さは服でも隠せず、顔に至っては語るまでもなく、若さ特有の無鉄砲さまで兼ね備えているときた。



 そう、テレビ関係者は気付いていたし、予感してしまった。


 素人枠で入って来た彼女の方が、明らかにテレビ映えする。


 そういう女性を見慣れてきた者たちですら、一目で分かる。



 モノが違う、と。


 オーラが違う、と。



 素人枠なのに、素人枠として見られていなくて……下手すれば、グラドルの方が素人として見られかねないという事に。


 実際、始まるのを今か今かと見物している人たちの大半が、『グラドルを二人も連れて来ている』と思っているのを、テレビ側は密かに確認している。



 というか、連れてきたグラドルの方が、明らかに意識している。まあ、それも仕方がない話だ。



 なにせ、このグラドル自身も売り上げが低迷している……いわゆる、崖っぷちに立たされた落ち目タレントというやつだ。


 グラドルにとっても、己の力量は分かっている。だから、少しでも顔を売って次に繋げたい……そんな思惑があった。



 しかし、現実は非情。あまりに、非情。



 よりにもよって、己と同ジャンルでありながら全てにおいて格上の女が素人枠で登場してきたのだ。


 若さは当然のこと、πの大きさまでもが完敗。


 わざわざ見なくても、分かる。何故なら、己にも付いているから……服の上からであっても、一目でグラドルは敗北を悟った。



 嫌でも、悟ってしまった。あ、負けた……と。



 グラドルもプロだから隠してはいるが……よりにもよってな状況に、少しばかり態度が固くなっていた。


 そして、それにテレビ側も気付いていたが……今さら取り止めなんて出来ないから、誰もが知らぬ気付かぬ存ぜぬなフリをするしかなかった。



 これが本当にグラドルならば、いくらでもやりようは有るが……今回の相手は、素人だ。



 しかも、ただの素人ではない。アレだけの美少女ともなれば、交友関係は相当に広いだろう。


 そんな子に下手な対応をすれば、SNSを通じてどのように話が広まるか分かったものではない。それでは、本末転倒もいいところだ。



 止むを得ない……そう判断したテレビ側は、グラドルにこっそり話を通した。



 いったいなにをって、それは……コンテスト中における、グラドルの行動に関してである。


 テレビ側は当初、グラドルに関しては主に味レポみたいな感じで進め、グラドルとしての意地という形で少し奮闘してくれるだけでいい……という指示を出していた。


 しかし、上位互換が出てきた以上はもう、そのやり方は通用しない。おそらく、被るからだ。



 と、なれば、テレビ側が取れる指示は……ただ一つ



 グラドルの最大の武器である、身体……すなわち、水着を着てコンテストに出ろというものだった。


 もちろん、いきなり水着姿というのも流れが変だ。


 あくまでも大食いコンテストなのだから、初めから色物を出すと趣旨が変わってしまう。


 あくまでも、大食いの熱気と夏の熱気に堪らずサービスシーン……それなら、お互いの顔を潰すことなくなんとか……そう、考えた。


 幸いにも、今回の大食いコンテストで出されるのは、『カレーうどん』だ。


 どうして『カレーうどん』なのかって、場所を提供してくれた商店街の名物……という程でもないが、商店街が出来た時あたりからある飲食店の人気メニューだからである。


 まあ、なんでもいい。服を脱いで水着になるために都合が良ければ、なんでも。



『──それでは、長らくお待たせいたしました。只今より、大食いコンテストを始めます……よ~い……スタート!!!』



 マイクを片手に、事前に打ち合わせを済ませた司会者が号令を掛けると同時に……人知れず、大食いとは別の、もう一つの戦いが始まったのであった。






 ……。



 ……。



 …………だが、しかし。



 そんな、涙ぐましいテレビ側の密やかな努力も……欠片も気付いていない彼女の前では、全てが塵となって終わってしまった。



『──す、すごいぞ、飛び入り参加の華の16歳! 大食い女王や大食いキングに食べる速度こそ遅れているが、次から次に丼を空にしていく!』



 まず、テレビ側が見誤ったのは、彼女の食べる量であった。


 わざわざテレビが関わっているコンテストに出て来るぐらいなのだ、それなりに自信があるのは分かっていた。


 けれども、所詮は素人……大食いに慣れているプロたちには叶わないと思い、早々に離脱するだろうと思っていた。



 だが……彼女は全く食べる速度に衰えを見せなかった。



 さすがに素人なので効率的な食べ方こそ分かっていないが、それでも素人とは思えないぐらいに速い。


 食べ方も綺麗であり、見た目も綺麗。他の素人たちとは格が違う。


 必然的に、見物客たちの視線は大食いタレントと彼女との間を行き来するようになり……グラドルへと向けられる視線はどんどん減っていっていた。




 ──麻弥ちゃん頑張れ~デケェケツの安定感を見せろ~。


 ──頑張れ~そんで賞金加えて戻ってこ~い。




 おまけに、彼女の連れ(友人)である女たちもまた、方向性こそ違うがグラドルに引けを取らない美貌を有している。


 おかげで、丼が片手の数を超えた時にはもう、誰もグラドルに目を向けていなかった。



 ……だからこそ、テレビ側は……今だと思った。



 注目が集まっていないからこそ、意外性が出るというもの。


 チラリと、テレビ側、司会者、グラドルの間で視線が行き交い、さあ行くぞ、タイミングを見計らって……指が衣服の裾を掴んだ、その時であった。



「──あっついんじゃい!! 駄目だ、もう我慢ならんよコレは!!」


 ──うぉぉぉぉ!!?!?!?!? 



 にわかに湧き立つ歓声、あっちゃ~と額に手を当てて色々と諦めてしまっているギャル姉妹……そう、本当に、そう。


 よりにもよって、本当に、よりにもよってなタイミングで……ババッと、件の彼女がシャツを脱ぎ捨ててしまったのだ。


 ちなみに、なんで彼女が水着を着てきたのかと言えば、大食いで身体が熱くなった時、シャツを脱いで体温を下げられるようにするため。


 有り体に言えば、熱中症対策である。それを実際に実行に移すあたり、彼女は相当なアレなのだが、そこはいい。



 普通に考えれば、放送事故だ。


 思わず、関係者一同が青ざめる事態だ。



 だが、そうはならなかった。


 何故なら、彼女のシャツの下は水着ビキニだったからだ。ギリギリ……本当にギリギリだが、セーフ扱い出来る範囲だ。


 しかも、彼女のシャツから飛び出した特大サイズのπは、グラドルのよりも大きい。形も良く、張りも良く、小麦色が逆に健康的で、インパクトが抜群。



 そう、インパクトが抜群。周囲の注目は、完全に彼女へと集まってしまった。



 もはや、コレ以降に脱いだところで二番煎じなのは拭えない。いや、それどころか、それ以下に思われる可能性が高い。


 だって……見慣れているプロの目から見ても、『あ、これは……』と思ったぐらいだから……察して、そっと袖から指を離したグラドルの判断は、冷静であった。



 ……。



 ……。



 …………そうして、結局は。



 さすがに大食いのプロには勝てず、順当にギブアップ宣言をしたが、ぽっこり妊婦のように膨れた腹を摩る姿が逆にウケた彼女と。


 最後は1皿差という接戦の果てに勝利を得た大食いキングと、ギリギリ届かなかった大食いクイーンの二人にばかり注目が集まり。


 顔売りのために出ていたグラドルは、その他一般の人達と同じようにすっかり存在感を失くして……コンテストを終えるのであった。






 ……ちなみに、終了後。



「あの、細間麻弥ちゃん……芸能界、興味ない?」

「全く無いんで、これ以降スカウト掛けるんなら警察呼びますよ」

「ありゃあ、塩対応……君なら、そのままスムーズに『○○の表紙』を飾れるんだよ?」

「芸能関係は一切触れるな近寄るな、前世からの教えなんで!」

「う~ん、こりゃあ無理だな」



 その、グラドルが夢見た『○○の表紙』という千載一遇のチャンスをあっさり振り払って帰路に付く、彼女の後ろ姿を見て。



(……辞めよう。上には上がいる、私には過ぎた夢だったんだ)



 ボッキリと、モデルとしての己を支えていたナニカがへし折れた音を聞いた……元グラビアアイドルは。


 三日後、所属していた事務所へ退所する意向を伝え……ひっそりと、世間の誰にも知られることなく……田舎へと帰っていったのであった。




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