第一章 1話 急展開

「お疲れさまでした~」

「「おつかれさまで~す」」

 東上聖也が軽くお辞儀をしながら挨拶をすると、同僚たちが挨拶を交わしてくれる。

 東大市にある地元の人たちで賑わう居酒屋のバイトが終わって店から出て空を見上げた。

 今は夜。東京は明かりが多いため綺麗ではないが、ちらほら見える星を確認して晴れていることが分かる。

 夜の十時過ぎ。店を出れば先ほどまで全身で感じていた賑わいとは真逆の静けさが、夜遅いことを再認識させてくれる。

 季節は五月。冬の寒さとはひと時の別れをしたとはいえ、夜はまだ寒さが襲ってくる。

「早く帰るか」

 独り言をつぶやきながら自宅への道を歩き始める。

 何となく携帯の画面を確認してみると、特にこれといって通知は来ておらず、ズボンのポケットに仕舞いなおす。

 アプリゲームをやっているわけではないし、SNSをやっているわけでもないので、携帯で暇つぶしをすることがない。

 数年前までは当たり前のように携帯を付けてはアプリゲームをやっていたのに、今ではめっきりやらなくなってしまった。

 SNSも高校生の頃はやっていたのだが、特に見ることも呟くこともなくなったので消してしまったのだ。

 だがそれもまたいいのではないかと最近は思う。

 下を向いてばかりいたため、周囲を見るようになってどうでもいいことでも気づきや発見がある。

 新しい建物ができていたり、お店が変わっていたりとその程度の気づきだが、それでも意外と面白い。

 大学を卒業して二三歳になった今、就職せずにバイトをしている。

 就職しないのかと言われればしたほうがいいことは分かっているが、友人同士で通話をしていると聞かされる愚痴に、だんだん就職する気力を奪われてしまい、今に至る。

 バイト先からは人手が足りないからありがたいと言われるが、たいして嬉しくはない。

 就職はするべきだと自分でもわかっている。長く続かなかったとしても、一度は経験をしておいて損はないだろう。

 辛ければ辞めればいい。自分の人生。自分の生き方にケチをつける資格は誰にもないのだから。

 しかし、特に何かをやりたいわけでもなく、就職に役立つ資格を持っていないので、就職したいと、出来ると思える職がない。

 というのが正直なところ。

 夜の景色を堪能しながら、そんな就活をしない人あるあるなことを考えて車が一台も通らない道路の横、歩道を歩いていると。

 一人の女性がこちらに向かって歩いてくる姿が目に入った。

 ただの歩道なので自分以外の人が歩いていてもなんら可笑しいことはない。

 だが聖也は軽く目を奪われてしまったのだ。

その理由は単純。この辺りではあまり見かけない綺麗な女性だったから。

遠目からでもわかるスタイルの良さと、長い整った金髪。日本の男は金髪に弱いと誰かが言っていた気がするが、そうかもしれないと自分でも思う。

何故ならそれほどまでに近づいてくる女性は綺麗なのだ。

「ん?」

 彼女の姿に見とれていたが、彼女の距離が近づいてくるにつれて違和感に気が付いた。

 普通の人間ならありえない現象。

 そう、光っているのだ。

 いや、近くの街灯。もしくは何かの光に照らされてそう見えてしまっているだけなのかもしれない。

 そう思い、もう少し距離が近づくのを待った。

 一歩一歩と確実に目の前の女性との距離が縮まっていき、距離にして三メートルほどになったが、聖也は一人首を傾げた。

 やはり気のせいではない。

 確かに彼女は昆虫のホタルのように淡く光っている。

 自分の目が可笑しくなってしまったのだろうか。

 いや、普段から携帯は見ないし、テレビを見るときも目が悪くならないように距離は保っている。

 目に異常が起きるようなことは何もしていないはずだ。

 だが確かに、女性は光っている。

 と、女性との距離が一メートル切ったところで、彼女はゆらりとよろめくとその場に膝を着いて座り込んでしまったではないか。

「だ、大丈夫ですか⁉」

 周囲には聖也以外だれもおらず、流石に目の前で体調が悪そうに座り込む光景を見せられてしまえば心配しないわけがない。

 小走りで女性に近づいて同じ目線の高さで話しかける。

 大丈夫と問いかけると、人は咄嗟に大丈夫だと答えるため、その問いかけは良くないと聞いたことがあるが、流石に自分は頭が良くないので咄嗟に違う言葉が出てこなかった。

 女性は顔を俯かせて。

「しくじりました……まさかこんなことになるなんて……まずい……私はまだ、消えるわけには……」

 何やら独り言のようにブツブツと言っていて、こちらに気が付いていないのか見向きもしない。

「あ、あの~」

 服装は肩が露出した白のトップスに足首まであるパンツを身に着けており、長い金髪はまるでおとぎ話に出てきそうなほど綺麗で、見た目からして二十代のように見えるので、流石に耳が遠すぎるということはないだろうがもう一度話しかけようと声を出すと、彼女はこちらに目を向けてきた。

「ずるいことをしているのは自覚しています……しかし、こうするしかないのです」

 視線を向けて来たはいいがまたよくわからないことを言い始め、聖也は思わず周囲を見渡した。

 まさかテレビのドッキリ番組か何かではないのかと思ってしまったのだ。

 もしそうなら題材は、もし一風変わった女性が目の前で倒れこんだら通行人はどんな反応を示すのか。こんな感じだろう。

 しかし特に人の気配はない。

 だが、彼女が先ほどから言っていることが理解できないのだ。

「え~と」

 何を聞こうか考えている間も、彼女はしゃべり続ける。

「あなたをこれから先、大変なことに巻き込んでしまうかもしれませんがご安心を。私がいる限りあなたの危険は私が退けます」

「ん~、なんだって?」

 こんな美人な方でも中二病を発症してしまうことがあるのだろうか。

 いや、中二病は美人だとかブサイクだとかは関係なく、多種多様な人がいるのがこの世の中だ。人にはその人の趣味や考え方がある。

「ごめんなさい」

「あれ?」

 突然彼女が謝罪の言葉を最後に口にしたかと思うと、聖也の意識は途絶えた。


       :


 パチリと、目が覚めた。

 背中に感じる硬さと寒さ、周囲の景色からして、家でないことは確かだ。

「ん~?」

 体を起こしながら周囲を見渡して状況を確認してみる。

 車が一台も通っていない車道横の歩道で、暗くようであることが分かる。

 携帯を取り出して確認してみると、五月十一日の午後十時三三分。

 バイトへの行き帰りでいつも使う道で、バイトが終わってからそう時間は経過していない。

「え~と、確か、金髪の女の人がなんか光ってて、倒れたから近づいて、そしてら分けわかんないこと喋ってて~」

 記憶ははっきりしているようなので、何かの病気とかではないと思うが、こんな場所で気絶は病気な気もするが体に異常は感じないし、頭がぼーとしているわけでもない。

 とりあえず立ち上がってみる。

「よくわからん」

 率直な感想を述べながらも帰ろうとしたとき、車道に黒い物体がそこにはあった。大きさはワンボックスカー二台分といったところか。

「……」

 最初は何か影でそう見えているだけかと思ったが何か違う。

 目を凝らしてみていると、何やら影がもぞもぞと動いたよう見えた途端、赤く丸い目のようなものがこちらを見たような気がした。

「⁉」

 来る。そんな野生のような感が働いた気がした。

 まずいと思った時。今度は人間ほど大きさの影が数十メートル離れたところからこちらに近づいてくるのが目に入った。

 人の運動能力とは思えない速度で影が距離を縮めて来たかと思うと、それは跳躍して車道にいる黒い影に向かって突撃。

 衝突による鈍い音と、何かが貫くような音が聞こえたかと思うと、大きな影が霧散していったではないか。

「……」

 街灯があるとはいえ夜のせいでよくわからないが見たところ、人間ほどの影がワンボックス二台分の大きさをした影を倒したように見える。

 よくわからず目を凝らしていると。

「は~雑魚だな~これでお金がもらえるんだからちょろいよね~」

 という若い女性の声が聞こえてきた。

「でも面倒くさいのは」

「⁉」

 瞬きをするだけで目を離したつもりはなかったが、人影は車道から歩道にいるこちらまでの距離を一瞬にして詰めていた。

「目撃者を同行するのが一番面倒くさい」

 ため息交じりに愚痴をこぼす女性の声がする人影の姿がはっきり分かるようになり、聖也は思わず息をのんだ。

 相手もこちらの容姿を確認することができたのだろう。何やら心の底から面倒くさそうな声を漏らす。

「は~噓でしょ? 何で元同級生に見られるわけ。最悪なんだけど」

「え、もしかして、安西か?」

 声と容姿を見た聖也は思わず名前を口にした。

 化粧をしているとはいえ、流石にすべてを変えることは出来ない。気になるのは黒いスーツのような服に身を包んでいる。

 性格の悪そうな口調に威圧的目。そしてこちらとの面識がある発言。

 間違いない。中学校時代の同級生、安西夏美だ。

 当たり前ではあるが、中学のころとは変わって、セミロングの髪は茶髪に代わり、風格も大人のそれに近い。

 クラスでよくいる女子グループのリーダー格で、我がまま女王様のような上から目線のきつい態度は他の同級生の女子たちから苦手意識を持たれていたのを覚えている。

 聖也自身も正直嫌いな人種だ。

そんな彼女がいったい何をしているのか。

 相変わらずの性格の悪さか、こちらの問いかけを無視して愚痴り続ける。

「まあいっか。どうせ記憶消すんだし」

「聞いてんのか?」

「誰に向かって話しかけてんの?」

 面倒くさそうな目を向けてくる。

「相変わらず性格悪いな」

「そっちは性格変わったね。前はもっともじもじしてたくせに」

「……」

 見下すように言ってくる夏美に少しムッとしてしまう。

 ほとんど話したこともないというのにまるで分かったような口を聞いてくる。

「悪いけど寝てもらうから」

「は? 何言って」

 突然よくわからないことを言って一歩近づいてくる夏美に思わず一歩後ずさる。

「だるいから逃げんな」

「いや逃げるだろ普通」

 一歩また一歩と互いに近づいては後ずさる。

 夏美が苛立って懐から黒い物体を出したかと思うと、先端からバチバチと電流が威嚇するように光って音を立てる。

 それを見た聖也は一瞬身構えるも、苦笑する。

「スタンガンか? でもスタンガンでどうにか出来ると思ってんのか?」

 よくアニメやドラマなどでスタンガンを使って人を気絶させるシーンがあるが、本来スタンガンで人を気絶させることは不可能で、相手の戦意喪失をさせるためにしか使えない。

 スタンガンが人を気絶させられないことをほとんどの人は知らず、ドラマなどの知識から勘違いしていることが多いので有効ではある。

 だが、聖也は気になって調べたことがあるのでスタンガンがたいしたものではないことを知っているのだ。

 こちらの言葉の意図を察したのか、夏美は可笑しそうに鼻で笑う。

「もしかして気絶できないと思ってんの? 昔からバカなのは変わらないね」

「あ?」

 思わず苛立った声を漏らしてしまう聖也だが、臆する様子がない夏美が言葉を続ける。

「改造してるに決まってるでしょ」

「は? 違法だろ」

「バレなきゃ犯罪じゃない」

 威嚇がてらのスタンガンを鳴らしながら近づいてくる。

 もし本当にスタンガンが改造されているのだとすれば、素直にこれは逃げるしかないだろうか。

「⁉」

 夏美との距離を保つためにまた一歩と後ろに下がったとたん、夏美は視線をこちらから外したかと思うと、どこからか突然影が夏美に向かって突撃し吹き飛ばされる。

「なに邪魔すんの⁉」

 飛ばされた夏美は漫画のようにスタイリッシュな身のこなしで受け身を取ると、突撃してきた影に向かって怒鳴って見せる。

「……」

 そんな夏美とは別に聖也は目の前に現れた影に唖然とする。

 服装は夏美と同じ黒いスーツのような装いをしていて、今はポニーテールにしているが特徴的な黒く長い髪に自分よりも少し低い背丈は見覚えがあった。

「咲?」

「大丈夫?」

 斎藤咲。自分の恋人その人だったのだ。

「なに? 知合いなわけ?」

 夏美が腰に手を当て、それから察しがいったのか面白いものを見るような表情に変わる。

「まさか付き合ってるの? うそでしょ? 趣味悪」

「夏美には関係ないけど、偉そうに人の彼氏をバカにするのはやめてくれない?」

「べつにどうでもいいけど。で? あたしの仕事の邪魔するのはなに? 自分の彼氏だからって情けを掛けんの?」

「私が連れてくわ」

 咲の言葉に夏美が鼻で笑う。

「私情であたしの仕事を奪うつもり? そんなくだらない理由なら誰だっていいでしょ」

「誰だっていいなら私がやっても問題ないわよね?」

「じゃあさっさとして、暇じゃないのは分かってるでしょ?」

「……」

 先ほどから二人の話に全くついていけない聖也はただただ黙っていると、咲がこちらに顔を向けてくる。

「ごめんね。後でちゃんと話すから」

「え? 何を⁉」

 何のことだか頭が追いつかないでいると、突然、バチバチという電気の音と共に首元に衝撃が走ると、意識が暗闇に吸い込まれた。


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