桜乃国の毒姫は陛下と二人の時間を楽しみたい!~毒に関する事件は遠慮させていただきます~

歌月碧威

第1話 桜乃国のために死んでくれるか?

「――椿、桜乃国のために死んでくれるか?」

「ええっ?」

 それはあまりにも突然の出来事だった。

 私・桜乃国の第三王女である椿は、目の前にいるお父様からの衝撃的な発言に間の抜けた声が漏れてしまう。


 それもそうだろう。

 ついさきほどまで薬草棟で王宮薬師として仕事をしていたら、国王であるお父様に呼び出された。それで執務室までやって来たら第一声がさっきのだったから。

 

 せめて、事情もセットで教えて欲しい。

 この世に生を受けて18年。親に言われて一番衝撃を受けた台詞だった。


(死んでくれるか? って、本気なんだよね……?)


 晴天の昼下がり。

 だけど、ここは外の天気とは違ってどんよりとした空気が流れている。


「理由を伺っても?」

「ノーザン国との間に縁談があるんだ」

「私にですか? 一応王族ですけど、普段は王宮薬師ですよ」

 私はこの国の第三王女なんだけど、いつも王宮にはいない。

 主に王宮薬師達が働く薬草棟で仕事をしているし、そこに住んでいる。

 王族とは名ばかり。だから、縁談は美姫と名高い姉や妹達にいっぱいあるけど、私には全くない。

 しかも、嫁ぎ先がノーザンだし。ますます私が嫁ぐ理由がわからない。


 ノーザンっていうのは西の大陸にある大国で、西の大陸のことを西洋と呼ぶ人々もいる。

 桜乃国は東の海に浮かぶ島国で東洋と呼ばれていた。


 両国の仲は良い悪いという問題ではない。そもそも国交がない。

 元々は両国では貿易があったんだけど、なんでも300年前に両国で戦があり、その戦は両国は痛み分けで終結してからは国交がなくなった。

 戦をすれば全勝していた戦闘民族のノーザンが唯一痛み分けをした国。それが桜乃国。

 ノーザンの一部の者達はいまだにそれを忘れてなくて桜乃国に対してあまり良い感情を持っていないそうだ。


(一部の人達が桜乃国を良く思っていないから、嫁ぐのが危険だからってことなのかしら?)


「縁談は同盟目のためですか?」

「そうだ。ノーザンは西の大陸では大国だからな。我が国は島国。西側の国に怪しい動きがあった場合、あちらの方が早く情報が集まるし動けるだろう」

「ノーザンに嫁ぐのは承知いたしました。でも、なぜ死ぬ可能性が?」

「この婚姻を良く思ってない者がいる。たとえば、ブロンセ公爵だ。他にも反対勢力がいる。中には暗殺すらいとわないという強硬派もいると間者に聞いた」

 なるほど、そういう事か。

 それならば、お姉様や妹達よりも私が適任だろう。


「あくまで可能性が高いだけ。もしかしたら、何事も起こらないかもしれない。だが、万が一のこともある。だから、国のために死んで欲しいと告げたんだ」

「相手は?」

「不明だ。両国の国交が断絶していることで利益がある者達がいるとだけ。私は王である前に父親だ。娘達をむざむざ殺させたくはない。だから、一番生き延びられる可能性が高いお前ならば――」

 お父様は目に涙浮かべ口元震わせて半泣き。


(暗殺の可能性があるかもしれないという情報がある国に、政略結婚とはいえ娘を嫁がせるんだもんなぁ。確かに泣きたくもなるわね)


「最初、疑問に思っていました。どうして私なのかって」

 私はぽつりと言った。


 桜乃国には美姫として名高い妹、それから楽器の才に優れた姉がいる。

 二人には選べないほどの縁談が山ほどあるけど、私には全くない。

 それは私がとある異名を持っているから――


「私なら生き延びられる」

「あぁ。我が国。いや、この大陸全土でも『毒姫』として名高いお前なら生存の可能性は高い」

 お父様は真っ直ぐ私の方を見ながら言った。

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