偽占い師は追い出されたい!
きぬもめん
プロローグ
まず、雷が落ちた様な衝撃があった。その後本当に雷が直撃したのだと知ったのは、衝撃に倒れて寝込んでから三日目の朝のこと。十六のころの話だ。この力の原因が何かは分からない。けど、思い当たることと言えばそれぐらいしかない。人の思っていることが分かる様になったのは、その三日目の朝からだったから。
その日の朝の恐ろしさを、私はまだ覚えている。
「奥様、最近何か無くしものをされましたか?」
「そうなのよリベットちゃん! 私もう困っちゃって」
「なるほど、結婚記念日のブローチ。それが見つからなくて困っている、と」
「まあ! 占いってそこまで分かっちゃうの?」
「ええ、この程度であれば。簡単な事です」
そう言いながら私は手のひらサイズの水晶玉を両手で包み込むように撫でる。もちろんこの動作に意味はない。けれど「占い」という仕事の形態上、ある程度の意味深な動きは必要だ。
目の前の婦人のくりくりとした目が水晶に集中するのを見ながら、私は意識を集中する。
【本当にどこに置いたのかしら。大事にしまい込んでいたのだから落としたわけではないんでしょうけど。でも机も小物入れにもどこにも……そう言えば机の引き出し、あれ最近滑りが悪いのよね】
目の前の彼女は何も話していない。相変わらずじっと水晶を見ているだけ。今聞こえてきたのはいわゆる「思考」というやつだ。頭の中で考えているだけの、決して他人に聞こえないはずの言葉。
だが不思議なことに、私にはそれが聞こえる。つまり、他人の考えていることが分かるのだ。
「なるほど、なるほど、見えてきましたよ」
「えっ⁈」
「普段あなたが使っている机、その上から二段目の引き出し……。そこを一度引き出しごと抜いて奥を探してみてください」
「え、でも引き出しの中は探してみたんだけど」
「最近滑りが悪いでしょう。奥になにやら引っかかっているのかも……」
そこまで言えば彼女は私が何を言いたいのか分かったのだろう。お代に、と少し多すぎるくらいの干し果物が入った袋を渡すと、足早に家へと帰って行った。質素だが清潔なエプロンが風に翻るのを見送りながら、私は貰ったばかりの干し果物を口に入れる。
日差しでよく温まった、りんごの甘酸っぱい味を堪能しながら私は小さく息を吐いた。久々にこの土地に来たが、実に平和だ。
「お腹、すいたなぁ」
私の呟きは誰に聞かれることもなく、空に吸い込まれて消えていく。
さて、次はどこに行こうか。次の目的地を考えながら、私は身支度を整える。といっても大したものは持っていないし、それに急ぐわけでもない。元々、特に目的もない旅なのだ。
のどかな農地にはひらひらと蝶が飛び、掘り返された柔らかい土と新芽の匂いが心地いい。絵に描いたような平和な風景は、私の思考をのんびりと引き延ばしていく。
そよ風が自分の栗色の髪を薄水色の空へとなびかせるのを見ながら、思わず欠伸を零した。占い道具一式を鞄にしまう手は、日差しの暖かさの前に止まっている。のどかだ。平和だ。暖かくて気持ちいい、春の日。とりあえず仕事道具の水晶玉だけ肩掛け鞄に入れてから、私は今日の目的を決めた。
そうだ。今日はとりあえず日向ぼっこして、それから考えよう。
そう考えながら私は立ち上がりかけていた木陰に再び腰を下した。最近勢いのあるマーボル王国だが、騒がしいのも中央までの話。辺境の領地はどこまでも静かで穏やかで、特にこんな晴れた日は最高の休息日和になるのだ。
「あいつか⁈ ここらで噂になっている占い師は!」
「え、ええ。栗毛の髪、歳、背格好、間違いないかと!」
そう、こんな騒がしい声も聞こえず、バタバタと近づいてくる馬車の音もなく、本当にのどかで、休むのにぴったりな――――。
「……ん?」
何だか急に騒がしくなったな、と私は腰を上げる。だがそこから離れようとするよりも早く、近づいてきた男は急にスピードを上げて私に影を落としたかと思うと、突然私を袋でも担ぐ様にひょいと持ち上げたのだ。
「よし! 確保!」
「……はい? え、ちょっと⁈」
「急げ! 早く馬車を城へ!」
「は? 城⁈」
抵抗するとか、荷物のような扱いに文句を言うだとか、そんな当たり前の反応は驚きのあまり吹き飛ぶ。だが、それが良くなかったのだろう。言葉を失っている間に、マントを深く被った男たちは実に手際よく私を馬車の中へと押し込んだ。
途中、私の異変に気付いてくれたさっきのご婦人が驚いた様子でこちらに駆け寄ってきてくれたが、彼女の足よりも男たちの手際が勝り、婦人へ助けを求める前に容赦なく、私を乗せた馬車の扉は閉められてしまう。
「ぎゃっ⁈ ―――っ、痛ったぁ……!」
「出発だ。一番近道を通れよ! この際多少揺れても構わん!」
「わーってるよ! 国の一大事だからな!」
私を積み込んだ瞬間に、鋭い鞭の音がして馬車はガタガタと走り出す。余程焦っているのか随分荒い馬使いだ。幸いにも口枷や目隠しはされなかったが、乱暴に押し込まれた際に打った顎がジンジンと痛むのが不愉快だ。急いでいるにしてもやり方があるだろう、やり方が。
【子供相手にこんなやり方……いや、だが陛下も必死なんだ】
【騒いでくれるなよ……】
しかしそんな文句も聞こえてきた言葉に引っ込む。
とんでもないことになった。男たちの思考を読んで、私は顔を青ざめさせる。聞き間違いでなければ、彼らは確かに「陛下」と考えていたはずだ。陛下と言うことは国王陛下、国王陛下と言うことはつまり、このマーボル王国の一番偉い人で。
ますます分からなくなってきた。一国の王がこんな辺境をうろついているただの占い師に何の用があるというのか。
男たちの雰囲気は重く、ただ事ではないらしいことだけは分かる。しかし「何かあったのか」と聞いてみても、男たちは「着けば分かる」というばかり。何の断りもなく馬車に乗せた時と同じように、ロクな説明すらしてくれなかった。
沈黙が落ちる馬車の中、私ができるのは辺境から王国都市へ爆速で流れていく景色を半ば呆然と眺めることだけ。ガタガタと揺れる車輪の振動に時折顎を打ちながら、私はぼんやりと自分の身に一体何が起きているのかを考える。
けれど何度考えても頭の中には「悲壮感溢れる人さらいにあった」という、見たままの単語しか浮かんでこなかった。
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