第211話 黒崎との別れ 完

 現場の治療士からリーズレットに返答が返ってきた。


「お待たせしました! 申し訳ございません! こちらの区画も膨大な数の負傷者が運ばれてきておりまして…… 葉原木さんもこれから重傷者の手術に入るところで――」


 マクエルの愛弟子というだけあって、治療士としてだけでなく、外科医としても優秀な京子。


 基本は治療士として動きながらもどうしても彼女の腕が必要な時は外科医としても動く彼女だったが、タイミングの悪い事に今、正にそういう事態に陥っていたのだ!


 それだけ向こうの治療区画も相当な修羅場になってきていたのであった!


「!!!っ くっ! 当然といえば当然か! けどなんとかして誰か彼女と交代できない!?」


「患者もかなり危険な状態でして…… 今すぐというわけには!」


「―― 頼む…… こちらも事情があるんだ…… ほんの少しの時間でいい…… 彼女に繋いでほしい――」


「頼むよ――」


「!!!? リっ! リーズレット様!? そんな! …… いえ……」


「―― わかりました。 少々お待ち下さい――」


 リーズレットのただならぬ雰囲気が通話越しにも伝わってきたのか、相手の治療士はダメもとで周りの状況を再確認しつつ、直接京子の所にもこの事を伝えに行った!



「葉原木さん!」


「! なんや!? また誰か運ばれてきたんか!? 悪いけどウチこれから処置に入る! なるべく早う済ますけど他の治療士に――」


「いえ、それが――」


 リーズレットから至急の連絡がきた事を伝える治療士。



「なんやと!? リーズが!?」


 向こうもこっちが修羅場やって事位は容易に想像がつく筈…… にも関わらずウチに直接って事はそれだけ只事やない事がおきとるって事か?


「…… すまん! すぐもどるさかい、ちょっとだけここ離れるで!」


 そう言って先程の通信機の所まで走っていく京子。



 そして――



「こちら葉原木! リーズ! 無事やったか! さっきからこっちの方でも終戦の知らせが鳴り響いとるで! 遂にやりおったな! 信じとったで! ホンマおおきにな!」


「で? わざわざ名指しでどうしたん!? そっちも負傷者が出て動けん状態か!? 悪いけどこっちも修羅場でウチもすぐには動けんねん! とりあえず救急艦をそっちへ寄越すから受け入れ先は乗船してる治療士に従って――」

「京子っ!!!!!!」


「! なんや! そない大声で――」


「―― 『ごめん』……」


「!!!!!!っ それって……」


 あのリーズがガチのトーンで謝るやなんて……


 嘘やろ…… それってつまり……



 *    *     *



 閻魔兄妹合流前 天国エリアの一角――



「ウチはここで…… ウチにしかできん戦いをする! 治療士としてな!」


「京子……」


「良い覚悟だ…… それでこそ僕の恋のライバルだよ♪」


「代わりと言ってはなんだけど約束するよ! 全部片づけて! 修二達と一緒に皆で必ず! 帰ってくるって!」


「リーズ…… ああ! 頼んだで!」


「ああ! 必ず♪」



 *    *     *



「時間がない…… 『彼』に変わるよ…… いや、一度切って、そっちも携帯端末からにして映像通信に切り替えるかい?」



 今…… 実際に修二が『そういう状態』になっとってその姿をウチが確認してもうたら……


 多分…… ウチは立ってられへん様になる!


 まだ…… ここでウチが折れるわけにはいかんねん!


 ウチは治療士やから……


 今…… ウチにしか救えん命があるから……


 例えもう……あいつの姿を見る事が出来なくなっても……


 あいつともそう約束しとったし……



 *    *     *



 大戦三日前の夜 京子の部屋にて――



 部屋のソファに二人で酔い覚ましをしながら他愛ない話をしながら休んでいる二人――


 だが暫く話していると黒崎が京子に『ある約束』を持ちかけていたのであった――



「京子…… 俺は…… 俺等は必ず全員で帰ってくる! そういう気構えで三日後の大戦に挑むつもりだ」


「だが…… 『厳しい現実』ってのも必ず存在はする…… まあ、そんなもんもまとめてぶちのめして俺等は全員で帰ってくるつもりだが……」


「だがもし! もしそれでも…… 俺等に何かあったとしても……」


「お前はお前の信じた行動をとれ――」


「この大戦にお前も避難するんでもなく、いち治療士として参戦するって決めたんなら…… 葉原木京子として何ができるか…… お前の…… お前にしか! できない戦いをしてくれ」


「それが『俺等よりも優先すべき事態』であったとしてもだ!」


「それが俺からのお前への頼みだ――」


「きついかもしれないが…… 頼めるか?」


「……ふん。 何を今更や――」


 隣に座る黒崎の肩に、自身の頭を乗せて寄り添う京子――


「ほんまめんどくさい男やな。 あんた――」


「けど…… あんたのそういうところはウチが一番ようわかっとる――」


「ウチも覚悟は決めてんねん…… あんたに言われんでもハナからそうするつもりや」


「せやから…… あんたは思いっきり暴れてきいや」


「ウチも治療士として最善を尽くすから――」


「どんだけ怪我負っても! みんなまとめてウチ等治療士が治したる!」


「だから…… ウチの心配なんかしとらんと…… あんたもあんたの戦いをしっかりな!」


「『災厄』だか何だか知らんけど、そないなもんボコボコにぶっ飛ばしてきいや!」


「…… ああ!」



 *    *     *



 そう、約束したんや……


 せやからウチは……



「…… いや…… このままでええ……」


「…… わかった」


 リーズレットも通信機越しで京子の想いがなんとなく伝わり、彼女の意志を尊重する。


 そのまま黒崎に自身の通信機を渡すリーズレット――


「…… あー、もしもし…… 京子か? 俺だ。 修二だ」


「修二……」


「とりあえず元凶はぶっ潰した。 もう大丈夫だ…… だが――」


「わり…… ちとやらかしちまったわ……」


「!!!!!っ」


 口を抑えて声と涙を堪える京子――


「京子。 俺は――」

「あーーー!!! みなまで言わんと! わーっとる! わーっとる!」

「! 京子?」


 黒崎の『その先』の言葉を大声で無理矢理遮る京子――


「アンタの事やからどうせ無茶しすぎて動けんくなってんやろ?」


「悪いけどウチのいる区画もパンパンでな! ウチもこれから執刀せなあかんねん!」


「! 京子…… お前……」


「ウチにはウチにしかできへん仕事があるさかい……」


「今、ウチにしか助けられん命がある……」


「せやから…… 迎えは寄越したるさかい、どっか別の区画で受け入れてもうてくれ…… んでもって――」


「全部片付いたら…… ちゃ~んとウチがあんたの事ねぎらったるわ!」


「愛情たっぷりのごっつ美味しい手料理なんかこさえたるさかい楽しみにしとき!」


「京子……」


「せやから…… 『ちゃんと帰ってきてや』…… 約束やで――」


「そしたら…… ウチはもっと頑張れるから――」


「あんたと離れてても…… ウチはもっと頑張れるから……」


 もはや堪え切れずぼろぼろと大粒の涙をこぼす京子――


 当然黒崎にもそれは伝わっている――


「京子……」


「―― ああ! 『また後でな』! 京子!」


「うん…… 『また後で』…… ほな、ウチ! もうもどらんと!」


「そんじゃな! 修二!」


「ああ…… じゃあな。 京子――」


 通信を切る二人……


 京子は今、『真実』の言葉を聞くのを拒んだ――


 そうでもして自身を保たないといけないと判断したからだ。


 それは黒崎もわかっていた。


 だからこそ…… 互いに『守れない約束』を交わしたのであった。


 そのまま京子は涙を拭って患者の所へと走っていく――



 そして――



「サンキュ。 リーズ」


 通信機を返す黒崎――


 リーズレットも悲しみ、悔しさ、怒り、自責の念といった様々な感情が入り混じっては今にも爆発しそうな表情をしている……


「…… 正直、殴りたい気持ちで一杯なんだけど……」


「なにこの展開? ほとんど詐欺じゃないかな?」


 リーズレットが憤るのも当然であった。


 極論で言えばリーズレットと大王が黒崎の最後の作戦に乗っかった結果が彼の犠牲に繋がってしまったのだから――


「悪い…… だけどありがとな…… なんだかんだ色々助けられたし、散々引っ掻き回されたりもしたが…… まあ、それも込みで楽しかったぜ」


「それにお前もいなかったら間違いなくこの戦は勝てなかっただろうしな――」


「本当に…… 感謝している」


「…… ほんと…… ずるい言い方するね…… 君は――」


 一滴の涙を流すリーズレット――


「黒崎君……」


 そして大王もまた、悲しみと自責の念に駆られた表情をしながら黒崎の前に立つ――


「大王様、いや…… ユリウス…… マジででっかくなりましたね…… アルテミスじゃねえが、アンタは最高の王になるよ…… この俺が保証します――」


「まあ、後の事は頼んます…… ああ、それと――」


「これからもエレインと仲良くな…… 羽目を外したりイジッたりするのもいいが、あんまり彼女を困らせんなよ」


「やり過ぎるとガチで怪我じゃすまなくなるかもだからよ…… あいつほんと容赦ねえから! いやホントに! 今更だけど!」


 少し笑いながら冗談めかして言う黒崎。


「はは! …… ああ! わかってる…… わかってるよ…… 黒崎君――」


「だが…… ここでさよならは言わないでおくよ」


「!」


「根拠もない…… 確証もない…… というかはっきり言って不可能だとも思う……」


「だが…… それでも!」


「いつかまた会えると信じている――」


「その時はまた皆で酒でも飲み交わそう」


「約束だ――」


「! ああ、 そうだな――」


「約束だ。 ユリウス」


「ああ――」


 

 そう言葉を交わし、今度は最高神達の方へと顔を向ける黒崎。



「おやっさん…… アルセルシアにイステリアも…… 世話になったな」


「なんとかアルテミスとレオンも解放できたし…… 後の事はよろしくな」


「シリウス…… お前という漢は……」


「馬鹿が…… 若者が先に旅立つんじゃないよ…… 全く……」


「本当ですよ……」


 涙を堪える三人――


「ま、相手が相手だったからな…… 正直こちらの想定以上の脅威度だったし……」


「世界の平和が取り戻せた末の代償だったら、ここらが落としどころだろう――」


「…… 馬鹿が…… だが――」


「よく…… 頑張ったな…… シリウス」


「お互いにな…… アルセルシア――」



 最期に…… 霧島とカエラ、そして他の戦士達の方へと顔を向ける黒崎。



「ぐの丸! あんまりリリィを困らせんなよ! リリィも元気でな!」


「ふん! 余計なお世話だ…… 馬鹿者が……」

「シリウスさん……」


「セシリアにケインも…… まさかここまで強くなってやがるなんてな! やるじゃねえか! 生意気なのは玉にきずだが…… まあこれからも元気でやってけよな!」


「ぐすっ…… おう!」

「全く…… 生意気は余計ですよ。 ただまあ…… ぶっちゃけ貴方の事は嫌いでしたが――」


「ってオイ!」


「ですが!!! 最後に貴方と共に戦えた事は…… 僕等二人の誇りでもあります――」

「―― ああ、それだけは認めてといてやる!」


「! はっ! 最後までやっぱり生意気だな! まあ、その方がお前等らしいか――」


「あばよ」


「ああ!」

「ええ!」



「それから霧島…… カエラも…… ほんの数か月だけだったが…… お前等と組み、過ごした日々…… 悪くはなかったぜ!」


「つうか…… なんだかんだ楽しかった…… お前等と会えてマジでよかったと思ってる――」


「やっぱチームで動くってのも悪くねえもんだな!」


「黒崎さん……」

「黒崎さん……」


「ちと名残惜しいが…… 二人共…… 元気でな――」


 そう最期に言い残して……


 黒崎を包む光が強く輝き出す!


 そして――


「じゃあな」


 そのままゆっくりと黒崎の身体は光と共に消えていった――



「黒崎さあああああああん!!!!!!!」

「うああああああああああ!!!!!!!」


 霧島とカエラの叫びが辺り一帯にこだまする――


 その場にいる全員の悲しみもその場に刻みこまれながら……




 解決屋 黒崎修二こと元治安部 総司令 シリウス・アダマスト――




 今を生きる者達に様々な想いを残し、託しながら…… ここに散る!




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