第130話 二人の絆 ⑳
二週間後……
閻魔の城 ミリア専用衣装部屋――
物凄く大きなその部屋には彼女とシリウス、グライプス、そしてエレインがいた……
「やれやれ…… まさかこんな事になるとはねぇ……」
呆れて溜め息を漏らすシリウス。
「まさか、あのエレインが死神になりたいとか言い出すなんてな……」
「ちょいとまだドタバタしてたから、ここに来るのが遅くなっちまったが……」
「推薦状の事か?」
グライプスが問う。
「ああ。 本来死神になるには死神養成学校に行って卒業しねえといけねえ。 学校である以上、当然入学金と学費もかかる。 だが彼女は子供。 身寄りも頼れねえ。 つまり金がねえ。 そこで裏技だが、死神総司令である俺が推薦状を出せば入学金が、さらに大王夫妻からも推薦状をもらえれば卒業までの学費も全額免除ってなる!」
「まあ、相応の見込みがある事と邪心がないのが必須条件だが……」
「アメリアさんが出すって言ってたらしいがこれ以上あの人に迷惑かけるわけにはいかないからって俺に先週相談してきたんだよ」
「あいつの実力は王子とほぼ互角…… 素質は十分だ。未来の戦力は大歓迎だしな」
「それに…… 死神になって王子の力になりたいって言ってた、あいつの気持ちも汲んでやりたい」
「自分のやりたい事が見つかったんだ…… そしてその覚悟も本物…… 周りの大人は応援しねえわけにはいかねえだろ」
「そうだな…… 自分を助けてくれた王子に借りを返す為、そして『彼の覚悟』に自身も傍で支えたいと思ったのか」
「ああ。王子も腹を括った様だ。 『大王を継ぐ覚悟』が」
* * *
一週間前 王子の部屋――
「決心はついたんですね」
「ええ。 僕は大王になります!」
「まあ、目指すと言った方が正しいですね。 父上と母上にもその旨をお伝えしたら今まで以上に厳しい修行が待っているみたいですし、僕があまりにも不甲斐ない様でしたら大王の座を継がせないと父上に言われましたから、相当頑張らないと」
「何もそんなすぐに決めなくてもよかったんすよ」
「王子はまだ十歳。 じっくり考える時間だってあります。 本当に…… その答えでよろしいんですか?」
王子の覚悟が本物か、念を入れて確認をするシリウス。
「言っておきますが、大王になるっていうのは相当な覚悟が必要になりますよ」
「主だった仕事は死者の魂の判決…… 時には変則的な人生を歩んで判決に困る人間だって来る…… その場合、時には『非情な判決』を強いる事だってあります」
「大王の眼を引き継ぐ事にもなるし、そうなったら今まで以上に見たくもない世の中や人間の醜い部分も見ていかなきゃいけなくなる」
「さらに余程の事がない限りは直接先陣をきる事はないですが極めて大規模、そう…… 例えばかつての大戦時の様な大規模な戦が起こった時等は、大将格として戦場に出る事だってあります」
「これは死神の司令級以上の奴にも言える事ですが、勝利の為に部下を犠牲にしなくちゃならない時だってあります…… これは上に立つ者の宿命みたいなもんです……」
「大王ってのは天界の秩序、死者の魂と部下の命を文字通り背負っていかなきゃならないんですよ……」
「ちと性格悪い質問させてもらっていいですか?」
「もし…… そうですね。 かつての大戦規模の戦がまた起こったと仮定します」
「戦況は劣勢、部下も多数死んでいる…… そして戦を終わらすため、敵の大将を潰す為に俺や大王夫妻、それから……」
「
「そうしないと戦の勝利はおろか、天界そのものが滅んでしまうとします……」
「もし…… そんな選択の時が来た時…… 王子…… あなたは決断できますか?」
「!」
厳しい視線を送るシリウス……
それに対し、真剣な面持ちで王子は答える。
「そうだね……」
「勿論、そういった覚悟が必要なのは承知している……」
「僕が散々悩んできた理由はそれこそ沢山あるけれど、それも理由の一つにはあるからね」
「そして…… その上で! 覚悟はできているよ!」
「ただし! 僕はこう見えても、どうやらかなり欲張りな性格らしい」
「もしそういった時が本当に来て、その選択を迫られたら……」
「僕は敵を潰して戦も終わらす! その上で君達も全員助けるよ!」
「全部! 全部手に入れる! それを絶対に諦めない! 最後の最後まで!」
「その為にも強くなる! 父上よりも! シリウス殿! あなたよりもね!」
「大切なもの全てを守れるだけの力を手に入れる為に!」
「! へっ こいつは大きく出ましたね」
「はは。 まあそこまで極めないと今言った事は不可能でしょうからね」
「これ以上ない程の険しい道のりですが……何百年…… 何千年かかっても! 僕はそこまで強くなりますよ」
「…… この答えじゃ納得できませんかね?」
色々なものを吹っ切った様な笑みを浮かべながらシリウスに答えを返す王子。
「…… いや、いいんじゃないすか」
「現実問題で言っちまえば、正直その答えは甘すぎる…… 理想論もいいとこです……」
「が、個人的には嫌いじゃない答えです。 勿論、王子もわかった上で、それ程までの覚悟を決め込んでいるんでしょう……」
「目を見れば王子が本気だって事はわかります」
「だったら俺は何も言いませんよ」
「まあ、そう簡単には追い越させませんし、俺も大王様達も敵に遅れをとってくたばってやるつもりはありませんがね」
「シリウス殿……」
「王子…… 王子がその覚悟に至ったのは
「! …… そうだね……」
「彼女の様な理不尽な目に遭う人を減らすには天界そのものをもっと治安を! 平和を確たるものにする必要がある!」
「それをする為に自分の意見を貫き通すのが一番しやすいポジションなのは大王だからね」
「いつか誰もが安心して暮らせる天界を…… それを実現させて……」
「そしてそれを彼女に見せてやりたい…… いや、一緒に見たいんだ」
「そしてこう思いたい」
「天界もまだまだ捨てたもんじゃないなってね」
「それが、今の僕が絶対に叶えると誓った野望ってとこかな」
「へっ 面白い! 最高じゃないすか!」
「王子…… ドタバタしてて確認するのが遅れましたが……」
「どうやら俺が前に言った『王子に足りなかったもの』…… ちゃんと手に入れる事ができたみたいですね」
「! あっ……」
* * *
「はいはい! 二人共その続きは後にとっとけ! それと王子!」
「先程の質問の答えですが、王子がこの勝負を受けるメリット……」
「それは恐らく、この試合で『今の王子に決定的に足りないもの』が手に入るかもしれないからですよ……」
「! 僕に足りないもの!?」
「ええ。 王子が悩んでいるもの…… その大部分の答えが出せるかもしれませんよ」
* * *
「…… やっぱりシリウス殿には、まだまだ敵わないなあ」
「でも! いつかあなたを絶対に超えてみせますよ!」
「ですので! これからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします! シリウス殿!」
「こちらこそ…… 王子の野望…… このシリウスも、とことん付き合わさせていただきますよ!」
* * *
閻魔の城 ミリア専用衣装部屋――
「ふっ 子供と思って侮っていたか……
「ああ。 こりゃマジで俺らもうかうかしてらんねえぞ! ぐの丸!」
「ふふ、そうだな!」
「どうやら、あの馬鹿息子も一皮むけたか…… これもお前達のおかげだな」
「感謝する。 シリウス、神獣殿」
大王が部屋へと入ってきた。
「大王様!」
「昼休憩か?」
「ええ。 それで皆がここにいると聞いて顔を出したのだが……」
「私もお前が認めているのなら問題ないと思い推薦状を出すつもりだったのだが、ミリアが自分が彼女を見定めるといってきかなくてな」
「で? 『これ』は一体どういう状況だ?」
「え、えーっとですね…… それが……」
「良い! 良いわよ! エレインちゃん♡ さあ! エレインちゃん! さっき教えたあの台詞を!」
そこには気持ち悪い位に興奮してエレインを着せ替え人形にしているミリアの姿があった。
「いい加減にして下さい! なんで私がこんな格好でこんな真似!」
何とあのエレインがメイド姿をさせられている!
「あらいいの? 閻魔一族からの推薦状欲しいんじゃないの? 死神はいつ、いかなる時も様々な任務に耐えられる様に忍耐強くなくてはならないわ! 私達が推薦するんだからこの程度の事は軽くこなしてもらわないと♡」
そう言って、ニマニマしながら、これみよがしに推薦状をブラブラと手で振るミリア。
「絶対関係ないでしょ! こんなの!」
「わからないわよ〜 犯罪組織に潜入調査とかして何かの間違いでこんな変装とかするかもしれないでしょ♡」
「くっ!」
このクソババァ〜〜〜〜! 大王夫人だか何だか知らないけど、人で下手に出てれば良い気になりやがって!
ああ! このツンの表情も堪らないわ! エレインちゃん♡
「ああ! もう!」
顔を真っ赤にしながらも、観念して指定の台詞を吐く事を決意したエレイン!
「お…… おかえりなさいませ…… ご…… ご主人様……」
「!!! ぐはああああああああ!!!」
思わず大量の鼻血をブシャァっと噴射して辺り一帯を血の海にするミリア。
そして彼女はエレインの両肩をガシッと掴む!
「優勝よ♡!!」
「何が!?」
「止めなくていいんすか? あなたの奥さんですよね? アレ」
「天下の大王夫人様が職権乱用もいいとこなんですけど……」
「ああなっては誰にも止められない。 諦めろ」
「満足したら解放してくれるだろう」
「エレインもう爆発寸前ですけどね」
「さあ! エレインちゃん! 次は最後のあの台詞よ!」
急いで鼻栓を詰めては続きを楽しもうとするミリア。
もはや変態以外の何者でもない形相であった。
「ほっ! 本当にこれで推薦状出してくれるんでしょうね!」
羞恥のあまり、若干泣きそうになっているエレイン。
「勿論! 女に二言は無いわ!」
「〜〜〜!」
「ふう…… 父上、母上、ここですか? 入学手続き済ませてきましたよ…… って、エレイン!? なっ! 何だい!? その格好は!?」
何? その格好!?
何が起きている!?
控えめに言って死ぬ程可愛い!!
油断してると気を失いそうだ!
つか、写メ撮りたい!
閻魔一族も修行の一環として死神養成学校へ入学するのがしきたりなので、良い頃合いと思って両親である大王夫妻から王子は先程、必要書類を提出させに行かされていたのであった。
そして提出完了の報告の為、夫妻を探してこの部屋に辿り着いた王子。
そしてそんな彼に一番、今の自分の姿を見せたくないと焦るエレイン。
「! きゃああああああ!! おおおおおおおおう! おっ 王子!? どどとどうしてあんたがここに!?」
「いや、ここ僕の家でもあるし…… それより……」
「みっ! 見るんじゃないわよ!」
思わず王子に対して目潰しをしてしまうエレイン。
「!!! ぎゃあああああ! めっ! 目が〜!! 目が〜!」
「いきなり何するんだい!」
「うるさい! 死ね!」
「理不尽すぎる!!」
「グッドタイミング! あなた! ちょっとこっちに来なさい!」
「なっ なんですか一体?」
チャンスとばかりに息子を近くに呼び出すミリア。
「さあ! エレインちゃん♡ 本当は私に言ってもらう予定だったけどこっちの方がいいわね! さあ! うちの息子に向かってあの台詞を!」
「!!! はあああああっ!? なんでそうなるのよ!」
赤面顔で渋るエレインにまたもや推薦状をブラブラさせるミリア。
「!!! くうううううっ!!」
というか、冷静に考えてみれば……
というか、冷静になってみれば……
* * *
「何があろうと…… 君は僕が守るよ」
「!!!」
「…… うん」
「私も…… 私もあなたを守るわ」
* * *
なんかとんでもない事を言ってなかった!? 僕!?
なんかとんでもない事を口走ってなかった!? 私!?
いやいやいや! そう意味じゃないから!
いやいやいや! そういう意味じゃないわよ! わかってるんでしょうね! こいつ!
ああ! どんな
平常心! 平常心! 彼女もそこまで深く考えていないだろう!
こいつは私の事そんな目で見てないだろうし、大丈夫よね!
もはやここまでくると、一種の才能とも呼べる程の、呆れる位に互いのそういう気持ちは理解できていない鈍感キッズ達。
はっ! そっ! そうだ! 推薦状!
ああ! もう!
王子に対して面と向かうエレイン。
「おっ! お風呂にする…… ごっ…… ご飯にする? …… それともわっ! わわ、私にする?」
「!!!!!♡ ぐはああああああああっ!」
「!!!!!!」
鼻栓を勢いよく飛ばし、またもや鼻血を大量噴射するミリア。
そして王子……
破壊力がありすぎたのと、この手の免疫がまだ少ないのか、立ったまま意識を失う始末であった。
「くっ…… 控えめに言って最高すぎる……? あら? 何かしら? 目眩が?」
突然、というか当然よろめき始めるミリア。
「くっ! まだ…… もっと…… ここで意識を失うわけには!」
寧ろよく粘った方ではあったというべきか、とうとう鼻血の出し過ぎで意識を失い、倒れてしまったミリア。
「出血多量ですね」
「そうだな」
「そして王子…… 立ったまま気を失っていますね」
「ったく、あのヘタレ息子が! 情けない!」
「なっ! なによ! 気を失う程、気持ち悪かったっていうの!? だっ! 誰の為にこんな事やってると思ってるのよ! 悪かったわね! 可愛くなくて!」
王子の胸倉を掴んで彼の身体をわさわさと揺らすエレイン。
「総司令〜 いますか〜 って! ミリア様!? どうしたんですか!? 顔が血塗れですよ! まさか賊が侵入!?」
ここでシリウスにメールで呼び出されていたハニエルが登場。
「おっ ハニエル! きたか! そんなんじゃねえから安心しろ。 それより
「さらに悪いついでに誰か呼んできてここ掃除してくれる? 申し訳ない」
鼻血でびしゃびしゃになっている床を指してハニエルにそう頼むシリウス。
「?? はっ はあ……」
「もっ! もういいでしょ!」
隙をついて気絶しているミリアが持っている推薦状を奪うエレイン!
「よかった! 汚れてない!」
「もっ もらっていくわよ! いいですよね!」
それはもう必死な形相で大王に懇願するエレイン!
「あ、ああ! 大丈夫だ。 私のサインもあるし、それを出してくれれば全額免除になるから!」
流石に可愛いそうだしな…… しかし面白かったな!
「それより早く行った方がいいぞ。
「!! しっ 失礼します! シリウス! 行くわよ!」
「へいへい。 王子〜 いつまで固まってんすか? ったく、しょうがねえなぁ……」
「シリウス! 早く!」
「わかったっつーの! つかお前その格好で行くの?」
「!!! そっ そうだった! 待ってて! 着替えてくる!」
「ったく、
こうして中々にカオスな展開が繰り広げられてはいたが、エレインは無事に入学手続きを完了する事ができたのであった。
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