異世界でダベるだけ

テレビ野_灯里

その1 酒どころオステリア

弥助やすけ、お疲れ様。」


 日も落ちて活気付く異世界の酒場の中でも、脇差を腰に据えて、特注の和装を着るアフリカ人の弥助は一目見てわかった。


「お疲れ様でゴザル。」

「すんませーん!バーを一杯ください!」


 はーい、と可愛らしい掛け声で、別卓のテーブルを拭く看板娘が注文を受けてくれる。

 バーはこの世界のビールみたいなもんだ。味はまあ、俺のいた世界の日本には遠く及ばないが。


「あれ?ジュンさんはまだ来てないの?」

「はい、また王宮の戦略会議だかの助力をしてるみたいでゴザルよ。」

「ジュンさんも大変だね、軍師って異世界でも引く手数多なんだなあ。手に職があると羨ましいよ。」

「拙者と貴殿は寄り合いの仕事で日銭を稼ぐので精一杯でゴザルからね。」

「ギルドを寄り合いって言うのやめろ。」


 ※


「弥助がこっち来てからどれくらい経ったっけ?」

「半年ほどでゴザルな。その節はあい世話になりました。」


 半年前か。

 ギルドで受けたモンスター討伐の依頼を片付けようと、街外れの廃村でうつ伏せにぶっ倒れてたところを見つけた。

 ボロボロの着物に、日本刀。初めはとうとう日本人に会えたと思って、急いで駆け寄り声をかけたのだが、顔見ると明らかにアフリカ系の人間。

 図体がデカいので街まで運ぶのに苦労したが、目を覚ましたあとは、この世界のことについて色々と教えてやるついでに、弥助の身の上話を聞くことにした。


 弥助は、1500年代、あの織田信長に仕えていた侍だった。


「いや、本能寺が燃えた時も焦ったでゴザルが、目を覚したら目の前に見たこともない珍妙なブヨブヨに囲まれていた時には夢か現か幻か、殿の戯れを疑ったところでゴザッタ。」

「ノッブもこっちに来れてると良いんだけどな・・・」

「殿をノッブって呼ぶのやめてくれません?」友達?



 ※


「お、ジュンさん、こっちこっち。」

「おお、二人とも遅くなってしまって申し訳ない。なかなか剣と魔法の世界では勝手が違いましてね。」


 この長身で端正な顔立ちのおじ様は、荀彧じゅんいく。中国が三国時代と呼ばれていた200年前後に、魏を支えた軍師だ。

 俺は三国志には詳しくないが、荀彧は度々ゲームで見かけていたので名前くらいは知っていた。三国無双とか。結構高名な軍師だったはずだ。

「やっぱりジュンさんでも異世界の軍事は難しいんですね。」

「やはり魔法というのは大きいですね。使える幅も広いので、敵軍がどう出るかによってどこにどの種類の魔法を打ち込むかなど、答えがないようなものです。」

「それにしては楽しそうに見えるけど。」

「バレましたか。」


 ※


「次はどこの国と小競り合いになるんで?」

「東のトサ地方の領土争いですね。そこから北の魔族領地征伐のための領土拡大が目論みのようです。」


 この世界の名前は、「グリゼリア」。多分「地球」みたいなもんだ。

 俺が想像していた人間対魔族の単純な図式の異世界ではなかった。

 俺よりも数年先にこの世界に来ていたジュンさんによると、人間側は5つの大国と、その大国の属国が50程度各地に散らばり、対する魔族は2つの大国に、属国が30程度あり、人と魔族が対立しているだけならまだしも、5大国は大きく二つの勢力に分かれ人間同士の間でも小競り合い。ついでに魔族の2大国も関係は良好ではないらしく、いさかいが絶えないそうだ。

 おまけに人にも魔族にも属さない亜人の国がいくつもある。亜人、いわゆるエルフやドワーフといった人間に近いものから、地球でいうタコみたいな変わった亜人もいるらしい。


「元いた世界並みに勢力争いが激しいんだよなあ・・・」

「おや、貴方の暮らす時代も、乱世に近かったのですか?」

「いやいや、ジュンさんや弥助の時代と違って、内戦がある国は一部だけだったけど、200くらいの国があって、それぞれの思惑で世界を滅ぼせる化学兵器を盾に、睨み合いをしている感じだったよ。」

「あの広い世界を丸々滅ぼせるなんて、拙者には想像もつかないでゴザル。」

「魔法なんかよりも余程強大な力に思えますね。一国を滅ぼす魔法なんて、こちらにきてから聞いたことないですよ。」

「そう言われると魔法より強い気がしてきたな・・・」


 ※


「この世界では結局、戦力としては魔法が強いんだよね?」

「ええ、基本はやはり魔法による戦闘ですが、補助魔法で後方支援しながらの白兵戦もありますよ。」

「魔法としては何魔法が強いの?」

「そうですね、何はともあれ、火の魔法が一番手っ取り早いですね。私の時代でも火計は常套手段でしたから。城だけでなく、兵糧や船、とりあえず燃やせばいいんです、燃やせば。」

「怖いよ。」

「拙者の時代も同じでゴザル。焼き討ち好きでゴザッタから、殿。」

「焼き討ちが好きな上司嫌だよ。」


 ※


「ところで弥助は、今日はなんのクエスト受けてたんだ?」

「あ、ちょっと聞いてほしいんでゴザルよ!」

「なにかトラブルでもあったんですか?」


 ジュンさんが、老酒と呼ばれる酒をクイッと飲みほす。どうやら紹興酒しょうこうしゅに似た味わいで美味しいらしいのだが、俺には少しアルコールが強くて飲めなかった。


「そうなんでゴザル。ちょっとハズレにゴブリンが生息し始めたので、それの駆除をしに行ったんでゴザルよ。」

「それが結構危なかったとか?」

「いや、30匹くらいいたんでゴザルが、一匹残らず刀のサビにしてやりました。」

「ゴブリンに同情するな・・・南無。」

「じゃあ、クエストそのものは上手くいったんですね。」

「ええ、それで倒したゴブリンの首全部ギルドに持っていったらめっちゃ怒られました。」なんでですかね?

「あたりめーだよ。」


 ※


「へえ、日本でも我々と同じことをしていたんですね。」

「え、ジュンさんの時代でも武将の首獲ってたんですか?」

「ええ、秦の時代に首級を上げると昇級するという制度があったので、その名残でやっているところはありましたよ。」

「ま、まじですか・・・」

「逆に2000年とかの日本ではなにで首級を証明してたんでゴザルか?」

「証明する必要がねーんだよ。」そもそも


 ※


「そういえば、信長といえば、浅井長政の頭蓋骨で酒を飲んだってエピソードがあるけど、あれってほんとなの?」

「え、なんですかそのエピソード・・・」


 ジュンさんが割と引いている。

 このエピソードは信長の傍若無人な性格の代表的な逸話として語り草となっている。この話を聞けくと織田信長は、自分を裏切った浅井の頭蓋骨で酒を飲むことで、勝利の美酒と、浅井の尊厳を破壊している、いわゆる魔王的な印象を持つことになる。


「え。なんですかそのエピソード。」


 弥助も引いている。


「じゃあ、やっぱり嘘なのか。」

「でも、浅井の頭蓋骨に金箔塗って披露はしてたてゴザルよ。」

「あんま変わんなくねーか?」それ

「殿としては、義兄弟でもあった浅井長政に対して、周囲には畏怖を与えつつも、箔をつけることで弔うという意味もあったんじゃないかと思うのでゴザル。」

「そ、そんな深いわけがあったのか・・・?」

「まあ、拙者の勝手な妄想でゴザルよ。」

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