最終話 聖母たちのララバイ
促されて長い廊下を歩きながら、この2年間の色んな事を思い出していた。
翌日、かかりつけの循環器内科に足を運び、走ったけど何ともなかった事を話して、再検査して貰った。
医師は『そんなはずは無い』とか『奇跡だ』とか騒いでいたけど……
念の為、セカンド・オピニオンも受けたけど、結果は、最初の医者の誤診じゃないかで片付いた。
その夜俺は、配信人生で初めて【犬枠】というのを開いた。アイコンの横にマスクをした犬のマーク。
それはこの枠では一切アイテムを投げる事が出来ないし、コメントも打つ事が出来ないって枠になる。誰がいるかは分かるけど、ただ黙って配信者の話を聞くだけの枠だ。
集まったイツメンに、俺は静かにメルモの死を告げた。
もちろん、心配する様な自死ではなく病死だった事、そして言っても中々信じて貰えないだろうから、嘘みたいな奇跡については伏せて、病気を押して配信に参加してくれていたとだけ伝えた。
でも真っ白なコメント欄の向こうで、みんなのすすり泣きが聞こえた気がした。
メルモからの保険金に関しては、來耶とすったもんだした挙句、甘えさせて貰うことになった。
それが決まった日、俺は会社に退職願いを提出した。病が治ったならと引き止めてくれたけど、俺にはやりたい事があったんだ。
元々、会社に近いって理由だけで住んでいた所を離れ、家賃の安い隣県へ引っ越した。
それと同時に、近くにある専門学校に入学したんだ。
メルモからの金は極力学費に回すため、なるべく生活費は配信で賄うって事で、みんなにも甘えさせて貰ったけど……
正直、勉強から離れて久しい俺には、かなり大変だったけど、それでも頑張って来れたのは、彼女の支えがあったからだ。
時には厳しく時には優しい…
俺の大切な人だ。
彼女の為に頑張ったって言っても、いいかもしれない。
半年前、難しい試験を終え、何とか内定を手にすることができた。
その日、俺はみんなにあと半年足らずで、配信界から引退する事を告げた。
最初こそ泣いてたみんなも、内定した仕事が副業の出来ない…いわゆる公僕と聞いて最後はお祝いの花火が飛び交った。
長い廊下の窓ガラスから見える、青空に向かって心の中で話しかけてみる。
この2年間の間に、モルは念願の商社マンと結婚したし、ピノコは卒業してOLしながら、最近では彼氏と一緒に暮らす計画をしているらしい……あ、トビ男とダンは相変わらずだ。
襟を正し、俺は祭壇の前で1番愛して、1番守りたい人を待っている。
父親に導かれ、俺の前に向き合った彼女の首には、ウエディングドレスには少し似合わないロケットの付いたシルバーのペンダント。
ステンドグラスから差し込む光が、ロケットに反射した瞬間……
『ママと呼んでもいいわよ』って声が聞こえた気がした。
『ママなんて呼ばねーよ』
『これからはお義母さんって呼ぶからな』
心の中でそう呟いた。
[完]
メルモのお薬 恭梨 光 @mikecyantaichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます