第24話 羽田空港の奇跡 ②

抱きしめた腕から逃れられないように…でも苦しくならないように…俺はメルモを抱きしめた。そして………


背中に回した腕をそのままメルモの肩まで動かし、彼女の唇に自分の顔を近づけた………



『えっ?』

メルモは小さな掌で俺の胸を押し戻した。

『拒否られた?』

声にこそ出さなかったけど、メルモも同じ気持ちだと勝手に思ってた。

とんだ勘違い野郎だと恥ずかしくてメルモの顔がまともに見られない。


そんな気持ちを察したのか、メルモは俺の顔を覗き込むと満面の笑みを浮かべて……

『ヨイショ!』って口にした。

枠でメルモが投げる時の合図の言葉だ。


そしてあのぱっちりした目でイタズラっぽく笑うと『そろそろ行くわね』と手を振った。



搭乗ゲートの中に消えてくメルモを見送って帰路に着く道中、メルモのLINEに今日撮った写真を転送する。

飛行機の中に入ってないのか、すぐに既読がつき〚ありがとう〛って可愛いスタンプが添えられた。


改めて写真に目を通す。

無理言って撮ったツーショットやメルモの笑顔いっぱいの写真。それ以外にも空港の写真とか……

カフェの従業員に頼んで撮ってもらったツーショット写真。俺の前には空っぽのアイスコーヒーのグラス。でもメルモの前にあるクリームソーダはアイスクリームが熔けてグラスの下に水たまりを作っている。


あれほど『クリームソーダ大好きなの』って言ってたのにな。

そういえば思い出した。

メルモはあの時、一口も飲んでなかった。


考えたら人妻のメルモにとって、旦那以外の男とカフェに入るってのは結構抵抗あったのかもしれない。

そんなメルモに自分がした行動を思い出すと恥ずかしくて大声を出しそうになる。

とりあえずメルモが大人の対応してくれて良かった……



それからの俺は、毎日の枠が終わったらその日の話題なんかをLINEでメルモに報告するのが日課になっていた。

戻ったメルモが、浦島太郎にならない様にと考えたんだ。


〚最近は新規さんだけどコメントくれるリスナー増えたよ〛とか〚以前のリスナーも結構投げに来てくれたりして賑やかだよ〛とか。


もちろんイツメンたちの話題は欠かさない。

〚メルモの話しを聞いてからモルが張り切って商社マン中心の婚活パーティに行ってるんだって〛とか〚最近ピノコの彼氏も枠に来てくれるんだ。なぜか『ピノコちゃんへだからね』と言って花火を投げてくれたりするから苦笑いしてるんだよ〛とか〚まぁダンとトビ男に関しては相変わらずだよー〛とか……。


相変わらず既読はつかないけど、まぁWiFiの工事って意外に時間掛かるし、何より海外だからさ。




メルモを見送って2週間たった朝……

毎朝の習慣になってるスマホを開いてメルモからのLINEチェック。

開いた瞬間…送り続けたメッセージに立て続けに既読がつく。

『おっ、やっとWiFi開通したか?』

そう思った瞬間に、送られた長文に俺は目を疑った。



突然のメール失礼致します

如月 恵 儀 かねてより入院加療中でしたが

去る○年○月○日 永眠致しました

ここに謹んで お知らせ申し上げます

葬儀に関しましては 生前の故人の強い希望にしたがい

遺族のみの家族葬で執り行いました

故人が生前に賜りましたご厚誼に厚く御礼申し上げます

本来であればすぐにでも直接ご通知申し上げるべきところ

今の時期になりましたことをご容赦くださいませ



第1部[完]

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