【2】仕草と概念

≈≈≈


「おい、そこの【骨ピ】!おまえヒマだろ?」


 その『魔女』は、洞窟の中を歩いていた【寒い時期の3回目の赤い満月の晩に生まれた息子】こと、『たまご泥棒名人』のゴブリンに呼びかけた。

 『たまご泥棒名人』は、仲間たちからその名誉をたたえておくられた『ヒクイドリの足の骨』を削って作ったピアスを両耳につけていた。

 しかし、今呼ばれた『骨ピ』というのが自分のことかどうかさだかではないので、『たまご泥棒名人』は魔女の方を見ながら自分で自分を指さした。


「そうだよ、おまえだよ。おまえしかいねえだろ」


 魔女はたまたま今日は機嫌きげんが悪いらしい。この魔女は、たまにこうなるのだ。おそらくは魔女が、しゃべる生き物どもの中で最も弱い生き物すなわち人間たちと、あまりにも深く関わりすぎているためではないか、と『たまご泥棒名人』はそう分析している。


「ヒマデハナイ。ソレニ、オレタマゴドロボウメイジン。『オマエ』チガウ」


 『たまご泥棒名人』は魔女にもわかる言葉で返事をした。魔女にはゴブリンの言葉は難しすぎる、との彼なりの配慮はいりょからだ。

 魔女は、『たまご泥棒名人』が魔女と同じ言葉を口にしたのに、驚いたような少し感心したような顔をした。


「……これは失礼。では『たまご泥棒名人』殿。一つ貴方あなたにお願いしたい」


 突然真剣かつ慇懃いんぎんな態度で、魔女が『たまご泥棒名人』に話しかけ始めた。『たまご泥棒名人』はこういう話し方が好きではない。

 言葉というのは本心を隠すための道具ではない、というのが勇者である『たまご泥棒名人』の哲学てつがくである。


「フツウにハナセ、『マジョ』ヨ」

「わかった。……私のことは『サキ』とでも呼ぶがいい。私は貴方のことは【骨ピ】と呼ぶことにする」


 魔女は自分のことも他人のことも、できるだけ『短く』名前を呼びたいようだ。こういうやからは特に【人間】に多い。『時間』という不確かな概念にとらわれた愚かな慣習だ、と『たまご泥棒名人』改め骨ピは思う。相手への敬意の現れでもなく、自分の呼びたい名前をただ相手に押し付けているだけというのもよろしくない。

 しかし、それを『魔女』に説くのは無益むえきであろう。


 己の好きなように生き、己以外の何者にもしばられぬがゆえに『魔女』なのだから……。


「スキニヨベ……」


 フン…と骨ピは緑色の長い鼻を鳴らし、呆れた…という態度を取ったが魔女の方は気にしていない。


「たまごを取ってきてほしいのよ。しかもできるだけ沢山っ」

「タマゴ?」

「そう。たぁ〜くさんっ!」


 魔女は己の手を大きく広げ、『できるだけ多く』ということを骨ピに示してみせた。ゴブリンの体躯たいくは他の人類種族…例えばドワーフよりも小兵こひょうである。時にゴブリンは他種族の者から子どもであるがごとく扱われ、故にこのような仕草ジェスチャーをされることは多い。

 しかし、いちいちそれに目くじら立てるほど骨ピは子供ではなかった。


「タマゴ、ナニツカウ?」


 そんなにたくさんのたまごを、この魔女が一人で喰すとは思えない。

 魔女はその肉体的な特徴からしてゴブリンでも人間でもない。おそらくは【エルフ】だろう。身長は高いが、その四肢は細く頼りない。胴回りも折れそうなほど細い。


「みんなに振る舞うのよ。集会の夜にね」


 魔女は骨ピに対して片目をつぶって見せた。

 たしか、『ウィンク』と呼ばれる好意的仕草ジェスチャーだと骨ピは記憶していた。

 それにこの魔女は毎月人間どもを集めて、ゴブリンが『魔女のうたげ』と呼ぶ集会を開くことも。


(なるほど、その準備が終わっていないのだな。それで気が立って最初、俺にけんのある話しかけ方をしていたのか。目の下にくまを作っているわけだ)


 口には出さずに骨ピは心の中だけで思った。

 他人をもてなすための集会の準備のために別の他人にけわしい態度を取るとは、霊長にして超然たる【エルフ】らしくもない。

 ……もしかしたら、この魔女はエルフに近い見た目をした【人間】なのかも。と骨ピは思った。考えてみれば、褐色かっしょくの肌と紫色の瞳を持つエルフなど、骨ピは聞いたことがない。


「……テツダウ、イイ。デモ、『ナカマ』イル。スグデキナイ」


 骨ピの仲間たちは『たまご泥棒』の遠征に出かけている最中である。

 名人たる骨ピは、一人で遠征におもむき成果を引っさげて遠征からとっくに帰ってきているが、仲間たちはまだ帰っていない。たくさんのたまごを持ち帰るならば、【荷車にぐるま】をく仲間が必要だ。


「大丈夫っ!二人もいれば!」


 ウィローヤナギのように細い体を持つ魔女は言った。……この魔女はなにを言っている?


「いいから早く準備して!報酬ほうしゅうは『赤い石一個』でいい?」


 なんと、この魔女は『たまご』の報酬に『赤い石一個』で支払うらしい。それなら願ったりだ。

 コクン、と骨ピはうなずく。


「そんじゃ準備ができたらココ集合ね!じゃ用意、スタート!」


 そういうと魔女は全速力で自分のねぐらに帰っていった。短い距離を走るなら、洞窟のゴブリン最速を誇る骨ピよりも速いかもしれない。


(なかなかやる。……しかし本当にせわしないやつだな。『急いては事を仕損じる』は人間の言葉ではなかったか?)


 心の中で思った骨ピは、『たまご泥棒』の準備のためにゆっくりと歩いて自宅へ向かった。




To Be Continued.⇒【3】

≈≈≈









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る