第51話 夏祭り1日目



「服装ヨシ! 髪型ヨシ! うん! 完璧! よし! さとっち! 行ってこい!!」


「はい!! 行ってきます! 黄瀬さん!!」




 夏祭り初日。




 午前中に黄瀬さんと夏服を一緒に買いに行き、そのまま自宅に帰還し祭りに行く準備をしていた。


 今着ているのは半袖のゆったりとしたサイズ感のカラーシャツをVネックのTシャツにレイコードしたコーデ。らしい。


 ズボンは裾に向かって細くなるデニムパンツをチョイスしており、足がシュッと見える。


 とのこと。


 髪も自分でセットして黄瀬さんに合格点をいただいている。


 これなら周りにバカにはされない……はず。



「んじゃ、私はここで待ってるから。私の終電までにはきちんと帰ってくるように」


「え? 何でこのまま帰らないの?」


「なんでって……抑制だけど?」


「なんの抑制だよ」


「あれだよ。ねねっちとはなちーを連れ込まない&連れ込まれないための抑制だよ」


「いや、家に連れ込んだりしないから」



 そもそもそんなこと出来るわけがないし。度胸も持ち合わせていない。



「さとっちはね。でも、もしかしたら二人は違うかもしれない……もしかしたら『ねぇ、今日泊まって行かない?』見たいな流れになるかも」



 いや、そっちの方があり得ないだろう。



「で、そうなったら絶対断れないでしょ」


「…………」


「ヲイ目を逸らすな。沈黙すな。頼むから朝帰りはやめてよ? まじで洒落にならないレベルで拗れるから。だから一人で絶対に帰ってくること! わかった!?」


「は、はい!」



 という、黄瀬さんに叱咤されながら見送られて寧々との夏祭りに挑むことに。


 

 集合場所に着いても寧々はまだいなかった。どうやら先に着いたらしい。しばしなっている少し遅れるとメッセージが入った。


 了解と返事をした後、適当にスマホを弄りながら時間を潰す。



「十兵衛」



 寧々の声に反応するように前を向くとそこには息を切らしながら華やかな浴衣に身を包んだ黒宮寧々が居た。


 髪を結び、黒を基調としたその浴衣を着た寧々は可愛いと言うより


「ごめん……ちょっと浴衣の準備に時間かかちゃっー」


「……綺麗だな。すごく」


「は?」



 あ



「あっ、ま、やっ、そのっ……思わず、溢れた本音というか……」



 や、やらかした……絶対にやらかした!!


 前に私服を褒めたら怒っていた気がするし……出だしからやってしまったのでは?



「どうも……あんたもその……か、かっこいいと思うわよ」



 あ、れ? なんか知らんけどセーフっぽい?


 少しぎこちない会話になってしまったが、寧々の反応を見て大丈夫だと確信し、ほっと胸を撫で下ろす。

 


「なによ……あんな反応、想定してなかったんだけど」



 なぜか、頬を赤くして目を逸らされた。



「寧々さん? 今何か?」


「……言ってない」


「あ、はい……」



 しばらく、二人で神社に向かって歩く。長い階段を登って鳥居を潜るとそこには屋台の列が並んでいた。



「おお……」



 太鼓の音、祭り提灯、ソースの匂い。人々の声、そして何よりこの空気感。何というか全てが新鮮だった。



「寧々、すごいぞ……めっちゃ祭りっぱい!!」


「そりゃ祭りなんだし当然でしょ……けど、そのはしゃぎ様をみると連れてきた甲斐があったわね。で? どこから回る?」


「まずは定番の焼きそばとかたこ焼きから攻めようかな」


「ふーん? 牛串や焼き鳥、唐揚げとかもあるわよ」


「マジ? 屋台なんでも揃ってんな……」



 まずは山盛り焼きそばを買い、そして一口。



「うん。なんかいつもより美味しい!……気がする」


 具体的にどう美味しいのかはわからないけど、なんとなく美味しく感じる!!


 気がする。


「祭りっていう特別感がいつもより美味しく感じるんじゃない?」


「一理どころか百理あるな……」



 唐揚げ、たこ焼き、牛串、焼き鳥と一通り食べてお腹もある程度満たされる。



「結構食べ歩いたわね……次が最後かしら?」


「あ、じゃあさ!! りんごあめ!! 一度食べてみたかったんだよ」


「リンゴ飴……確か向こうに屋台があったはず」


 りんご飴の屋台にたどり着き、迷わず購入。


 おお、これが待望のリンゴ飴。


 では、いざ! 実食だ!!



「………………あ、なんか普通に食べずらい飴だこれ」



 ただの飴でコーティングされたリンゴ……これ以上でもそれ以下でもない。



「なんか、あれだな……見た目全振りだったんだな。りんご飴って」


「身も蓋もないこと言わないの」


「………………」


「なによ、こっち見て」


「寧々、りんご飴半分こしない?」


「あんたぶん殴るわよ」




 その後は、ヨーヨ釣りや射的など一通り遊び尽くした。



「あの射的屋インチキしてるんじゃないの!? 全段命中して倒れないとか有り得ないでしょ……」


「倒れやすい部分とか狙わなくちゃいけなかったんじゃない?」


「は? 全段外し男に言われたくないんですけど」


 


 そんないつもの通りの俺と寧々の会話しながら祭りを楽しむ。


 その瞬間、パァン!! と空から音がした。



「あ、花火か」 



 見上げると花火は打ち上げられていない。

 反対側で空を見上げている人たちが歓声をあげている。

 微かに火薬と煙がする。音もこんなに離れているはずなのに体に響く。いつも家で聞いている花火の音と全然違う。


 後ろを振り向いて、花火を見ようとしたその時



「ねぇ、花火なんか見てないで。私を見なさいよ」



 目の前に居る黒宮寧々が手を腰に当てながら立っていた。


 その表情は少し拗ねているように見える。



 え、いきなりなんでそんなこと……



「なんか、花火を見た瞬間。そっちに夢中になりそうだったから忠告したの。あんたは浴衣姿の私に夢中になってれば良いのよ」



 その表情は至って真面目で。本気で言っていた。



「……何だそれ」



 何だか、子供のみたいで少し笑ってしまった。だけどなんだか


「寧々らしいな」



 そう強く感じる。


「なにそれ……ばかにしてる? っ!」



 寧々の顔が一瞬、苦痛に歪む。その瞬間、一つの可能性が思い浮かんだ。



「……寧々、ちょっと座ろうか」



 急いで、適当なベンチを座って貰い、下駄を脱いでみると案の定鼻緒擦れを起こしていた。


 状態は思った以上にひどく、歩くのもつらそうだ。履き慣れないものでたくさん歩いたんだ。当然の結果だろう。


 それなのに色々周るために歩かせてしまった俺の落ち度だ。



「……よし、帰ろう」


「……そうね」



 これ以上ひどくなるのはいけない。寧々も同じように判断したのか俺に賛同した。



「さて、家まで背負うよ」


「え、べ、別に良いわよ。これくらい……私の家ここから距離あるし」


「でも、その状態では駅まで行くだけでもしんどいだろ?」



 それにこうなったのは俺にせいでもあるし。



「そこは別に私が我慢すれば……あ、ちょっと!」



 有無を言わさず、寧々の下駄を回収した。



「これで、背負われるしかなくなったな」


「……わかったわよ」


 

 観念した様子で俺に体を預ける寧々。しっかりと両足を掴んで立ち上がり、歩き出す。



 花火を背にして歩いていると



「……悪かったわね。せっかくの祭りにこんなことになって」



 寧々の声は心なしか沈んでいるような気がした。

 落ち込んでいるのだろうか? 申し訳なく感じてるのだろうか?


 またはその両方か。



「大丈夫だよ……俺、今この瞬間もちゃんと楽しいから」


「……やっぱり、あんたはずるいわね」




 そう言った寧々の声はどこか優しかった。





 おまけ



「ここが私の家よ」


「おお……結構でかいな」



 多少、時間はかかったが無事に寧々を送り届ける出来た。

 

 さて、特に長いする必要もないし、さっさと帰るか。



「じゃ、帰るよ。寧々、今日はありがと。おやすみ」


「……ねぇ」



 歩き出した瞬間、シャツを掴まれた。



「ん?」


「……あんた。今から帰ったら遅くなるし。うち泊まってく?」


「え……」


「今日、クソ親父は居なくて一人だし……うちでゆっくりしていったら? 疲れてるでしょ」


「いやでも……若い男女一つ屋根の下夜を共にするのは」


「いや、私たち何回も共にしてるじゃない」



 そういえばそうだった……!!


「………………」



 じっと俺の返答を待つかのように見つめてくる寧々さん。


 正直、今から家に帰るのは体力的にも精神的にもしんどい……ここは寧々のご厚意に甘えても……


 あれ? 何か忘れているような……



『んじゃ、私はここで待ってるから。私の終電までにはきちんと帰ってくるように』



 あ、黄瀬さん!! 


 やばいやばい! 危ないところだった! そうだよ! 黄瀬さんが家で待ってるんだった!! 時間!! 今何時!? げっ!? ここから帰るのを計算したらやばいんじゃ……!!



「いや! 大丈夫! ごめん電車の時間があるから! 俺行くよ!!」


「え、ちょ……」


「俺帰る!! 今日は本当にありがとう!!」



 うおお!! 全力疾走だ! 



「……ばーか」 

 


 少しずつ離れていく寧々がことらを見てそう言ったような気がした。




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