第34話 鉢合わせ


 カキィン。


「おお、ナイスホームラン」



 ゾンビシューティングを楽しんだ後はバッティングセンターに来ていた。

 先に黒宮が時速110キロの球をバカスカ飛ばしていた。


 施設パンフレットによると80キロ〜90キロが初心者推奨、90キロ〜100キロは中級者推奨、100キロ以上になると上級者推奨。らしい。


 そう考えると110キロを打てる黒宮は結構すごいのではないのだろうか?


「黒宮上手いな。もしかして通ってる?」


「んー? まぁ、昔からね。同性の嫉妬に嫌気がさした時や金田に腹が立ったらここでストレス発散してたから」


「どうコメントしたらいいのかわからないんだけど……」



 困惑しながら見ていると全球打ち終え、額にじんわりと汗をかいた黒宮が真剣な面持ちで俺を見つめる。



「……ねぇ、今日一日楽しかった?」



 それは祈るような、少し不安そうな問いかけだった。バットを持つ手が少し震えているのは気のせいではないだろう。



「……楽しかった」



 俺はそうはっきりと黒宮の顔を見て言った。激辛カレーもゾンビシューティングも楽しかった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるとはまさにこのことで、一人で家でダラダラするのも悪くないが、誰かと一緒に遊び惚けるのも十分魅力的なんだって心の底からそう思った。



 そう思わせてくれたのはきっと……黒宮なんだ。



「……そ」



 黒宮は素っ気ない返事をしてプイっとそっぽを向く。だけど、俺は見逃さなかった。その表情に安堵が溢れていたことを。



「激辛料理を食べたりゾンビシューティング、そしてこのバッティングセンターで運動不足とストレス解消をする……まぁ私一人で楽しむ趣味ってやつかしら」


「黄瀬さん達とは行かないの?」


「それはないわね。華とやよいと遊ぶ時もあるけど、スイーツやショッピングとかだし。そんな中、激辛料理やゾンビシューティングとか提案した日には死よ。死」


「そんな大袈裟な」


「はぁ……あのねぇ、陽キャにとって空気が読めない=死なのよ」


「お、おう」



 なるほど、普段の黒宮は二人に合わせているということか、陽キャは陽キャなりの苦労があるんだなぁ。


 

「……どうして今日、俺と?」


「あんたなら変な気遣い要らないし。……それにちゃんと受け入れてくれて、一緒に楽しんでくれるって思ったから」


「……そ、そか」


「なに照れてんのよ……」


「い、いや別に……ただ、黒宮とこんなに仲良くなるとは思わなかったなって……まぁ、それは黒宮だけじゃなくて黄瀬さんや華もなんだけど」


「……華、ねぇ」



 あれ? なんかムッとした表情をされておられるんですけど……?



「黒宮? どうかした?」


「…………別にぃ。私だって……」


「?」


「佐藤。最後に勝負しない? 負けたら勝った方の言う事を聞くっていう条件付きで」


「いや、俺、バッティングセンターなんて初めてだし黒宮が圧倒的に有利じゃ」


「は、うるさい黙っていいからやるのよ」


「は、はぃ」



 なぜかいきなり始まったバッティングセンターでの勝負。ルールはどちらの方が早い投球を打てるかどうかという内容だ。



「ふっ!!」



 黒宮は120キロの球をものともせず、バットに鋭く当てた。



「ほら、次はあんたの番よ」



 黒宮はまるで勝利を確信したような得意げな顔をしながらバットとヘルメットを俺に渡して来た。


 まぁ、周りに誰も居ないので、今ならいいか。



「……は? ちょっとなにしてんの? 速度150キロってここの最高速度じゃない」


「ああ、どうせなら一番早い球打ってみたくって」


「はぁ? あんたね……初心者が150キロなんて打てるわけないじゃない」


「いや、打つ。絶対に打つ」


 バットを構えて、集中し、ボールを待つ。


「いやいや、なんでそんなやる気になってるのかわからないけど、どうせ当たんないんだからヤケクソはー」



 カキィィィィンン!!



「……は? ホームラン?」



 俺が打った球は大きく飛び上がり、ホームランの的に当たった。



「ちょ、ちょっと!! 一体なんなのよあれは!? なんであんな豪速球をホームラン打てるの!? え? 経験者?」 



 全球打ち終えた俺に黒宮は取り乱しながら問い詰めてくる。

 


「え? いや……中学の時少しかじった程度で経験者ではないかな……まぁ目がいいのと黒宮の振り方とか見てたから参考にしてやったら打てた」



 後はまぁ……ボーリングの時と違ってやる気も出してたし。



「え? なにあんた……バスケといいそんなすごい奴だったの?」



 まぁ、伊達に神童と呼ばれてませんでしたから……


「そんな事より負けたら勝った方の言う事を聞くってことでいいよな?」


「……ぐ、わかってるわよ……まさか、負けるなんて」



 見るからに落ち込む黒宮さん。そんなに俺に負けたのがショックだったのか……


 しかし、悪いけどボーリングと違い今回だけは負けを譲るわけにはいかなかったんだ。


 だって俺は……黒宮にお願いがあるから。


 こんな機会じゃないとお願いできないし、そもそも断られるかもしれない。だけど今この流れならきっと。



「じゃあ、今日から寧々って呼んでいい?」 


「……は? え?」


「あ、あとそれと俺のことは十兵衛と呼ぶこと。こっちの方が友達っぽいし」



 白咲さんを華と呼ぶなら同じくらい仲がいい黒宮のことも寧々と呼んでもいい筈だ。



「……あんたまさか、私のこと名前で呼びたかったからあんなにやる気満々だったの?」


「………………ま、まぁその通りです」



 あれ? 俺が勝者のはずなのになんでこんな辱めを受けているんだろう?



「ほ、ほー? まぁ負けた私に拒否権はないんだし? 全然寧々って呼んでくれていいけど」



 あ、あれ? なぜかはわからないけど、黒宮の機嫌がめちゃくちゃよくなってる!?



「十兵衛、ほら行くわよ十兵衛。運動したら私お腹すいたわーラーメン食べに行くわよ十兵衛」



 いや、めちゃくちゃ名前連呼されるじゃないですか……


「この近くにすごいボリュームでコスパ最高のラーメン屋があるのよ。でも客が男ばっかりで入れなかったのよ」


 ……ん? なんかその特徴……知っているような気が……? そんなことを思いながら黒宮とゲーセンを出た。



 そのままラーメン屋に一直進……とはいかず。



「ねぇ、どっちの方がいい?」



 ラーメン屋に行く最中、ついでにと黒宮が服を見たいといい出したのでショッピングに。



「……じゃあ、こっち」


「ふーん、こういう服が好み?」


「いや、色合いが落ち着いてるから」 


「………………」



 寧々に無言で肩を殴られた。いたい……

 そしてむすっとしながらさらに奥へ服を探しに行った。俺は寧々から預かったバックを持ってこの場に待機することに。

 

 貴重品も入っているだろうに、俺に預けてもいいのだろうか? いや、それだけ信頼してもらっているということかな。



「だーれだっ」


「……え?」


 いきなり視界が暗転した。背中には柔らかい感触、これは誰かに後ろから手で目隠しされている?


 でもこの声……


「……華?」


「正解!! 君の親友の華ちゃんですよ〜」



 えへへーと大天使のような笑顔で白咲華が俺の目の前で立っていた。



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