第5話
「だから言ったやろ……?」
「……今は話しかけないで……」
大佐の馬はそれはそれは風を切るように走りつづけ、景色を楽しむ余裕ができぬうちに王城へ到着した。
ようやく馬から降ろされた時には足腰が立たず、大佐に笑われながら客室へと運ばれた。
そして、クロに散々嫌味を言われている所だ。
「ほんまに僕の話聞かんからこんなことになるんやで?あの馬はこの周辺国の中でもトップクラスの軍馬なんよ?普通の人間が扱える馬じゃないねん」
「そういうのは先に言って」
「はぁぁぁぁ!?言おうとしましたけどぉ!?」
「クロうるさい……」
「いんや!!今日という今日は黙っとれん!!大体リズはなぁ──……!!」
「クロ……ごめん……」
ベッドの上でうつ伏せになりながら浮遊しているクロの服を掴み呟いた。
その一言が効いたのかお小言は止まり、私の頭を優しく撫でる感触がした。
「ほんに、ずるいなァ……」
なんて呟いているが、もういい加減黙っててほしい。
❖❖❖
ようやく動けるようになったのは日が暮れ、辺りが暗くなったころだった。
動けるようになったと言っても全身痛いし、慣れない恰好で跨っていたから足の付け根は変な感じだし散々だ。
私が動けないから陛下に合うのは明日になったと聞いた。
クロはせっかく城に来たんだからと、どっかに行ってしまうし……
「……おなかすいたな……」
そう言えば朝から何も食べていないことに気が付いた。
部屋のドアを開けて辺りを見渡したが人の気配がいない。
勝手に出歩くのは悪いとは思ったが、何かお腹に入れたい衝動には勝てなかった。
令嬢の頃に一度だけ城へ来たことがあったが、お父様の目がありこんなにちゃんと城を見て歩いたことがなかったから新鮮な感じがする。
「……──食堂はどこかしら」
「こちらですよ?」
ハッと後ろを振り返るとクスクス笑う見目麗しい人がいた。
私はこの人を知っている。令嬢の時に礼儀だからと形式的な挨拶を交わした相手──ウィルフレッド殿下だ。
気付いてしまったその瞬間、全身の血の気が一気に引いた。
「も、申し訳ありません。私は怪しい者ではなく──……」
「リズ嬢ですよね?」
「え?」
「話は聞いてますよ。ああ、食事がまだなのですね。今使用人に持ってこさせますから部屋に戻っていてください」
すぐに使用人を呼びつけると、軽食を持ってくるよう指示を出してくれた。
更には、律儀に部屋まで送り届けてくれた。
「では、またお会いしましょう」
そう言って颯爽と立ち去って行った。
何が何だか頭が追いつかない内に食事が運ばれてきた。
サンドイッチにフルーツの盛り合わせという本当に軽食だったが、おなかは充分に満たされた。
そのままポスッと再びベッドに寝転がり瞼を閉じた。
「……──ズ、リズ……!!」
「……うるさい。もう少し寝かせて……」
「あかん!!リズ!!起きぃ!!王様と会うんやろ!?」
その言葉を聞いて脳が覚醒し飛び起きた。
外を見ると既に日が昇って小鳥が元気よく鳴いているのが聞こえている。
「やば……なんで早く起こしてくれなかったの?」
「何度も起こしましたぁ~!!いい加減その寝起きの悪さどうにかした方がええよ?」
クロに文句を言いつつ素早く身支度を整えようとしていると「失礼します」と数人のメイドが入って来た。
戸惑う私を無視し手早く身ぐるみ剥がされ、久しぶりのドレスに着替えさせられた。
全ての身支度が整うと、メイド達は軽く頭を下げ部屋を出て行ってしまった。
残された私は今だに放心状態でその場に立ちすくんでいたが、すぐに迎えが来た。
「ほお、中々似合うじゃないか?」
「……それはどうも」
「相変わらず素っ気ないな」
部屋の入り口に立っていたのは腕を組みながらこちら見てるシルビア大佐だった。
この人が陛下の元までエスコートしてくれるらしい。
「さあ、参りましょうかお姫様?」
「……その口は無駄口を言う為についているのですか?」
「ははっ、本当に面白い人だ」
笑いながら腕を差し出してきたので、嫌々その腕に手を絡ませた。
町の人達はこの人の事を「冷酷な戦場の悪魔」「笑わない大佐」なんて言っているが、なんの根拠があってそんな事を言っているのか不思議でたまらない。
まあ、人の噂というものはどうしても尾びれが付く。尾びれが付きすぎた結果町の人達のような勘違いが生まれたのだろう。
『……こいつやっぱり気に食わんな。リズ、殺してもええか?』
大佐に連れられて廊下を歩いていると、耳元でクロが物騒なことを言い出した。
『……駄目よ。いくら死神でも私情で簡単に人を殺さないで』
小声で宥めるように伝えた。
「なんか言ったか?」
「いえ、大佐の気のせいですよ」
クロは不服そうにしながらも私の隣を浮遊しながらちゃんと付いてきてくれている。
左には死神。右には悪魔。そんな二人を引き連れる私は魔王かなにかか?なんて思うと溜息が出た。
「さあ、着いたぞ。陛下はすでにお待ちだ」
立ち止まった目の前には大きく立派な扉があり、その扉がゆっくりと開かれた……
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