第18話 叔父

「叔父上から?」


 カチュアに渡された手紙を広げ、中身に目を通す。


 どうやら、借金返済のために奔走しているライゼルを応援するべく、手すきの兵を貸してくれる上、バラギット自ら開拓地にやってくる、とのことだった。


「さすが叔父上だ。タダで人手を貸してくれるなんて、気前がいい」


 砂漠の多いバルタザール領でも、叔父のバラギットが治める土地は数少ない農業に適した土地で、バルタザール家の食糧庫として知られていた。


 それだけに統治も安定しており、金のない宗家に何度も資金を融通してくれていた。


 ライゼルとしてもバラギットのことを頼りにしていたのだが、近頃は疎遠になっており、関係も希薄になりつつあった。


 しかし、それも過去の話。この手紙の通りだとすれば、バラギットはこちらに兵を寄越し、開拓を手伝ってくれるのだという。


「こうしちゃいられないぞ」


 すっかり酔いが醒めた様子で、ライゼルが席を立った。


「どちらへ行かれるのですか?」


「せっかく来てくれるんだ。盛大に叔父上をもてなすんだよ」


 バラギットが来るのがよほど嬉しいのか、子供のような笑みを浮かべるライゼル。


 思わずつられて顔が綻びそうになるのをぐっと堪え、カチュアがライゼルの前に立ちふさがった。


「お待ちください」


「なんだよ。まだ何かあるのか?」


「走ると危ないですから、歩いて行きましょう」


 酒でふらつくライゼルの手を取って、カチュアは屋敷まで連れて行くのだった。





「すみません! お待たせしました」


シェフィが席に戻ると、ライゼルの姿は忽然と消えていた。


「……あれ?」


 ライゼルの話を聞いて居ても立っても居られず、イヴァン13世に少し確認をとるだけのつもりだったが、待たせすぎてしまったかもしれない。


「うう……失敗したぁ……」


 がっくりとうな垂れるシェフィ。


 ちなみに、ライゼルが会計を終えていないことを、この時のシェフィは知るよしもないのだった。





 領地の大部分を砂漠が占めるバルタザール領では、領地の広さのわりに穀物の生産量が少なく、足りない分の食糧は輸入により賄ってきた。


 しかし、例外的にバルタザール領の南東部には肥沃な大地が広がっており、水資源にも恵まれていることから、領内でも有数の穀倉地となっていた。


 その穀倉地を領地に持つライゼルの叔父、バラギットがちらりと窓の外を見やる。


「今ごろライゼルのところに手紙が届いた頃かな……」


 ライゼルの元には「開拓を手伝うための兵を送る」という旨の手紙を出した。


 もちろんそんなことはないのだが、脅しの道具に使う兵を、何の断りも入れずに送り込むのでは、向こうに警戒されてしまう。


 あの楽観的なライゼルのことだ。簡単に騙されることだろう。


「にしても、驚いたよ。あのライゼルが開拓を始めるなんて……。まあ、すぐに音を上げるだろうけど」


 ライゼルを評するバラギット脇で、控えていた老人が静かに髭を撫でた。


「バラギット様も人が悪い……。ライゼル様の元に盗賊を送り込み、開拓を妨害していたのは、どこの誰でしたかな?」


「おいおい、そりゃ解釈違いだ。……俺はただ、死にかけの宗家を介錯してやろうとしただけさ」


 バルタザール家の抱える膨大な借金は帝国金貨でおよそ150万にのぼり、これは税収のおよそ30年分の金額に相当する。


 いくらライゼルが利子の引き下げに成功させ、そのうえ開拓を成功させたとて、到底払える額ではない。


 ……それこそ、一生を費やして借金の返済にあてなければならないことだろう。


 若くして残りの人生を費やして負債の返済をしなくてはならないというのなら、いっそのこと自分に家督を渡して領地経営を任せた方が、まだライゼルのためになるというもの。


 そのためには、開拓に失敗して自分に泣きついてきてもらった方が話が早く、盗賊を扇動して妨害させたわけだが……


「ただまあ、ここまで凌げるとは思ってなかったけどな」


 バラギットの目算では、盗賊を扇動したタイミングで領地経営がままならなくなり、早々に音を上げるものと思っていた。


 少なくとも、領地でワガママ放題で育ってきたライゼルであれば、遅かれ早かれ借金の返済も領地経営も手放すものと思っていた。


 しかし、現実は違った。真面目に内政に取り組むどころか、扇動された盗賊たちを下し、順調に発展させているというではないか。


 ワガママ放題で甘やかされた坊ちゃんかと思ったが、領地を治められるだけの能力があるとでもいうのか……


 バラギットがライゼルの評価を改める中、老人が遠慮がちに口を開いた。


「いえ、それが……どうも盗賊たちを傘下に加えて開拓を進めているようで……」


「……なんだと?」


 それではなにか。自分は策を弄しているつもりが、せっせとライゼルの開拓を手伝っていたとでもいうのか。


「……笑えねぇ冗談だ」


 老人を置いて、バラギットが席を立った。


「どちらへ行かれるので?」


「兵を集める。……どのみち向こうに行くつもりだったんだ。脅すなり、力づくで制圧するなり、いくらでもやりようはあるさ」


 いくらライゼルに内政の才能があったとて、こちらはバルタザールで最も豊かな土地を治めている。


 地力で優っているのなら、文字通り力づくで言うことを聞かせればいいのだから。





 バラギットが開拓地まで訪問すると知り、ライゼルはその準備に奔走していた。


 昔は毎年のように顔を合わせたが、ここ数年は顔を見ていない。


 手紙の通りだとすれば、ライゼルが頑張って開拓していると聞いて、応援に駆けつけてくれるらしいが、そういうことならば、こちらとしてもそれ相応の歓迎をしなくてはならないだろう。


「……せっかく遠路はるばる来てくれるんだ。叔父上に喜んでもらうぞ!」


 そう意気込み荷物をひっくり返すライゼルに、カチュアが尋ねた。


「何をされているのですか?」


「持ってきた荷物の中にとっておきのジャムがあってな。あれを開けよう。……叔父上もきっと喜ぶぞ」


 子供のようにウキウキするライゼルを見て、カチュアの口元が綻んだ。


「まったく……ぼっちゃまが食べたいだけではないですか?」


「……………………そんなことはないぞ」


 ……絶対ウソだ。


 そう確信しながらも、主に恥を描かさぬべく、胸の奥にそっと仕舞っておくのだった。


「あったぞ」


 ライゼルが荷物の送から赤いビンを取り出す。


 中を開けて香りだけでも味わおうとしたところで、ライゼルが固まった。


「……あれ?」


ジャムの表面に、白いホコリのようなものがついている。


 いや、ホコリというより、これは……


「カビてますね……」


 カチュアの言葉にライゼルが打ちひしがれる。


 せっかく楽しみにとっておいたというのに……


「…………表面のカビだけ取れば食べられないかな?」


「お腹壊しますよ」


 カチュアに諫められるも、すっぱりと捨てることもできず、結局再びカバンの奥底に戻すのだった。

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