第17話 黒幕と冤罪
アニエスに盗賊狩りを一任したおかげで、交易路の安定化の目途が立った。
おかげでライゼルも書類仕事やら商人との交渉に没頭できるようになり、順調に政務が進められた。
(やっぱり、冒険者を紹介してもらったのは間違いじゃなかったな……)
ライゼルがしみじみと噛みしめていると、不意に扉がノックされた。
「失礼します」
「アニエスか。どうした」
「南東の盗賊団を制圧、傘下に加えましたので、ご報告を」
新たに仕えることになったアニエスは順調に盗賊の数を減らせているらしい。
敵対する盗賊が減るのは喜ばしいことだ。喜ばしいことなのだが、一つ気になることがある。
「……一応確認なんだが、盗賊団を傘下に加えたのか? 殲滅したとか奴隷にして売り払ったとかではなくて?」
「はい。敵対する者にも手を差し伸べ、更生の機会を与えるのがライゼル様の流儀と、フレイ殿から伺ったもので」
「そ、そうか……」
そのような流儀は初耳なのだが、労働力が増えるのは損な話ではないため、わざわざ水を差すこともない。
本当は奴隷として売り払いたいが、いまは素直に配下に加えるとしよう。
「それと、盗賊の一人が気になることを口走っていました」
「気になること?」
「『話が違う』と」
「? どういうことだ?」
口ぶりから察するに、盗賊は何者かに唆されてバルタザール領を荒らしていたということになる。
ではいったい、誰が、何のためにそんなことをした。
「……………………」
これまで順調に思えた開拓計画に、一筋の暗雲が立ち込めるのだった。
◇
アニエスの報告を聞いたライゼルは、シェフィを伴って酒場を訪れていた。
せっかく借金を返済するべく領地の開発をしているというのに、それを悪意をもって妨害する者がいるとあっては、気が滅入ってしまう。
そういう時は酒でも飲んで記憶を飛ばすに限るというものだ。
本日三杯目のワインに口をつけ、ぷはぁと息をつく。
「ライさん、飲みすぎですよ」
「まだまだ……俺は全然酔ってな……」
立ち上がろうとして、バランスを崩しその場にこけそうになる。
「もう……今日はどうしちゃったんですか。いつものライさんらしくないですよ」
「……………………」
いつものライゼルとはなんだ、と思わなくはないが、たしかにここまで飲むのはそうそうない。
酒のせいか、心配そうなシェフィの眼差しのせいか。口を滑らせてもいいような気分になった。
「アニエスから報告があったんだ。盗賊たちは何者かに唆されてうちの領地を荒らしていたらしい、と……。まったく……せっかく人が頑張って払いたくもない借金を返そうとしてるってのに、酷いことをするやつもいたもんだよ」
ライゼルを尻目に、シェフィの顔が真っ青になっていく。
(唆された……? まさか、陛下が……? いえ、でもそれなら潜入してるわたしに連絡があっても……)
潜入してるシェフィに秘密で工作をしてる可能性もあるが、まったく報せないとも考えにくい。
とはいえ、シェフィとしてもイヴァン13世であればこれくらいのことはやってもおかしくないと――むしろ、平然とやっていそうではあるとさえ思ってしまっているのも事実であった。
「シェフィ?」
「えっ、あっ、はい! なんでしょうか!」
「大丈夫か? 顔色が悪いが……」
「だ、大丈夫です! 盗賊を唆してる人に心当たりがあるとかでは全然まったくないですから! それより、ちょっと失礼しますね……」
「ん? ああ……」
ライを置いて、シェフィが席を立つ。
店内の物陰に隠れると、通信魔道具を起動させるのだった。
◇
バルタザール領に送り込んだスパイ――シェフィから通信が入ると、イヴァン13世は通信魔道具を起動させた。
『夜分遅く失礼します、陛下』
「…………シェフィか。どうした」
『……もしかして、陛下、今ご機嫌が悪いですか?」
「……………………」
ぶっちゃけ、悪い。夕食を食べようという矢先に邪魔をされたのだ。悪態の一つでもつきたくなる。
……が、ここは我慢だ。
シェフィは他国に潜入する代えの効かない人材だ。
ここで機嫌を損ねて彼女に寝返られた日には、モノマフ王国は政治的に不利に立たされるだろう。
ならばここは、大人の対応をとり、彼女の機嫌を損ねないようにしなくてはならないだろう。
「…………気にするな。ちょうど食事を摂っていたところだ」
『あ、お忙しいようでしたら、また後でかけなおしますよ』
「構わん。続けろ」
『ですが……』
「重要事項があればいつでも連絡を寄越せと言ったのは儂だ。いいから続けろ」
イヴァン13世に促され、シェフィが佇まいを正した。
『それでは手短に済ませますね。……バルタザール領で何者かが盗賊を扇動しているらしいのです』
「ほう……面白い……」
盗賊を扇動しているということは、当たり前の話だが、盗賊を跋扈させることで利を得ている――あるいは得ようとしていることがわかる。
だが、盗賊から直接金品を吸い上げるでもないかぎり、利益を出すのは難しいだろう。
そうなると、あくまで盗賊に交易路を襲撃させるのは手段にすぎず、目的はライゼルの開拓計画の妨害をすることのように見える。
しかし、それがどう利益に直結する。
なぜ盗賊などという回りくどい方法をとる必要がある。
いずれにせよ、黒幕は表立って動ける立場になく、ライゼルの失敗、あるいは失脚を狙っている者がいるということだろう。
と、そこまで考えて、疑うようなシェフィの眼差しに気がついた。
「……なんだ、その目は」
『いえ、まったく疑っていませんから。裏で陛下が糸を引いてるだなんて、まったく、これっぽっちも疑っていませんから!』
(疑っているのか……)
配下から信用がないのも考え物だが、とはいえ、自身が謀略に長けた国王であれば、疑われてしまうのも無理はない。
イヴァン13世とて、逆の立場であれば疑っていただろう。
「……言っておくが、今回は儂は何もやっておらんぞ」
『本当ですか? 本当ですね!? 信じますよ? 信じていいんですよね!?』
(そこは素直に信じろ。仮にもお前の主だぞ)
わかっていたこととはいえ、あまりの信用のなさに目の前がクラクラしてくる。
「……本当だ。第一、このような手でライゼルを失脚させて、儂に何の得がある」
『そうですよね。いくら陛下でも、そこまで酷いことはしませんよね』
「……………………」
『…………陛下?』
「……まあ、このような手を使う時点で、おおよそ想像はついておる。表立って敵対できないということは、逆に言えば表向きは味方か中立の人物の手引きということになるが……」
『陛下が黒幕じゃないとわかってホッとしました。……それじゃあ切りますね』
「あっ、おい!」
イヴァン13世の話を打ち切って、シェフィが通話を切るのだった。
◇
通話を切ると、シェフィはホッと息をついた。
イヴァン13世が裏で糸を引いていないのならば、モノマフ王国とバルタザール家の戦争は避けることができる。
この地で諜報活動をするにあたって、様々な人の世話になってきたのだ。
カチュアからは衣服の買い物やバルタザール領で生きていくにあたって生活の知恵を教えてもらい、オーフェンからはドジな自分をカバーするべくいつもフォローを入れてもらった。
そして何より、ライのおかげで町に着いて初めて温かい食事にありつけ、コネもツテもない自分に職の手配までしてくれた。
彼がいなければ今回の任務は達成できなかっただろうし、今の立場を得ることもなかっただろう。
仮にイヴァン13世が裏で糸を引いていれば、最悪の場合バルタザール家と戦争に発展していた可能性もあり、そうなると自分は世話になった彼らと戦わなくてはならないわけで……
「っ……!」
不意にシェフィの胸に痛みがよぎる。
今回は結果的に開戦を避けることができた。
しかし、いざ戦争になった時に、自分はカチュアと、オーフェンと……ライと戦うことができるだろうか。
「……………………」
答えが出ないまま、シェフィは席に戻るのだった。
◇
シェフィが席を外している間、ライゼルは財布の中身を確認していた。
立場上――それ以上に、男としてのプライドとして、ライゼルが会計を持つことになるだろう。
それ自体は構わないのだが、問題は支払いだ。
つい先日、盗賊の野営地を略奪したことで、個人的に使えるポケットマネーは増えたとはいえ、所持金の多くは屋敷に置いてきてしまっている。
最悪の場合、ライゼルの名前を出してツケにすることもできるが、まだシェフィに対し正体を明かす勇気はない。
残る所持金で支払いができるかどうか……
「ぼっちゃま、ここにいらしたのですね」
顔を上げると、見知った顔がライゼルを迎えた。
「カチュアか。いいところに来た。ここの支払いを任せたいんだが……」
「その前に、こちらを……バラギット様から手紙が届いております」
「叔父上から?」
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