第12話 新卒採用の裏

 その日の仕事を終え、宿舎に戻ったシェフィは通信魔道具を起動させた。


 帝国で最も広大な領地を持つだけのことはあり、バルタザール家の領地は広く、まともに手紙を送っていてはそれだけで機を逃してしまう。


 そこで、シェフィの元に希少な通信魔道具が配備されたのだ。


 魔道具の水晶の奥から、国王、イヴァン13世の声が聞こえてくる。


「シェフィよ……あれから二週間経った。バルタザールにはうまく潜入できたか?」


「はい。無事に街の役人に取り立てられ、行政官に昇進しました」


「!?」


 シェフィの報告に、イヴァン13世は動揺を隠せずにいた。


 元々、酒場なり冒険者ギルドでうまいこと情報を集めてくれればよかったのだ。


 それなのに、ただ情報を集めるどころか、この短期間にバルタザール家の中枢にも潜り込んだというのか。


(騎士学校の成績で選んだつもりだったが、よもやこんな才能が眠っていようとは……)


 見送った当初は頭の悪そうな顔立ちをしているように見えたが、今ではどこか知的な印象さえ受けてしまう。


 と、水晶越しに覗いたシェフィの顔色がおかしいことに気がついた。


「……時に、顔色が優れないようだが……」


「すみません。私の昇進祝いにと、たくさんごちそうになったもので……うっ……」


「……………………」


 こいつ、向こうに馴染むのが早すぎやしないか。


「あ、すみません。明日は早いので、手短にお願いします」


 シェフィが友達に頼むような気軽さで頭を下げる。


 国王に対する態度としてはありえないくらい不遜ではあるが、向こうは敵陣に潜入する代えの効かない存在だ。


 怒りを堪え、イヴァン13世が尋ねる。


「……何かあるのか?」


「カチュアが……ライゼル様おつきのメイドがよい服を見繕ってくれるとのことで、明日は早起きしなければいけないのです」


 ライゼル、様?


 違和感を感じつつ、続きを促す。


「ライゼルの側近とうまく接近したようだな。……して、どうだ。お前から見て……」


「はい。よく気がつく方です。日頃から私たちの様子に気を配っているのでしょう。よそ者の私をよく気にかけてくださりますし、私の服が少ないのを見て、買い物に付き合ってくれると申し出てくださいました」


「メイドの話はどうでもいい。ライゼルのことを聞かせろ」


「あっ、申し訳ありません! ライゼル様のことは……正直なところ、よくわかりません」


「……なに?」


「どうも避けられているようで、一向にお顔を拝見できないのです」


「むぅ……」


 ただでさえ開拓地で人口が少なく、ましてやシェフィは役人に起用されたのだ。


 そのシェフィと顔を合わせたことがないとなれば、たしかに避けられていると見るのが妥当だ。


「噂や伝聞でならいろいろお話は聞けるんですけどね。領民に重税を課しているとか、商人を脅してお金を出させたとか……」


「……………………」


 イヴァン13世の中で点と点が結びついていく。


 役人に登用されたスパイ。おいそれと会えない当主。極悪非道な悪徳貴族。


 まさか、これは……


「泳がされているな……」


「!? どういうことですか!?」


「考えてもみろ。普通、国の役人にはコネやツテがなければなれぬもの……。だというのに、他国から来た者が何のコネもなく取り立てられるなど、おかしいとは思わぬか? ましてやろくに身元を調べられず役人になろうなど、どう考えてもおかしいだろう」


「それは……」


 シェフィが言い淀む。


 見ず知らずの人間を役人に登用するなど、たしかに不自然な人事だ。


 上からよほどの圧力がかかったと見て間違いないだろう。


 考えられるとすれば、ただ一つ。


「やつら、わかった上で招き入れたのよ。獅子身中の虫を……」


「……! では、この状況……。すべてライゼル様の手の上で踊らされていると……?」


「うむ。……おおかた、お前を通してこちらに都合のいい情報を流そうという魂胆なのだろう。だからこそ、極力お前との接触を避け、伝聞情報しか伝わらないようにした」


 イヴァン13世の推察に、シェフィが息を呑んだ。


 これが事実だとしたら、なんと食えない男か。


「で、では、私がライゼル様に会えないのは……」


「万に一つがあってはならないからな……。仮に、そのスパイにライゼル暗殺の密命が下っては、対処が難しくなる……。なにより、狙い澄ませたようにお前だけに会わないとなれば、こちらの狙いに気づいているとみて間違いないだろう」


「な、なるほど……」


 シェフィが納得した様子で頷く。


「そして、間者とわかってて中に招き入れたのなら、別の見方もできる」


「……別の見方?」


「意思表示よ。……『我らと争う気はない』というな……。こちらと争う意志がなく、探られて困る腹がない。……ゆえに間者は泳がせてやっているのだ、とな」


「ではっ……! それを伝えるためにわざと私を引き入れたというのですか!?」


 シェフィが驚愕するのも無理はない。


 もし仮に、こんなことを本気で実行するのだとしたら、なんと大胆不敵、剛腕緻密な戦略なのだろう。


「そして、こちらにいくら情報を渡しても怖くないということは、裏を返せば自信の現れでもある。……『たとえすべての情報を渡したとしても、戦で負けることはない』そんな自信が見えてくるようだ」


「なっ……」


 なんという胆力……。これほどの傑物が今まで牙を出さずに身を潜めていたというのか……。


 近隣諸国から謀神と恐れられたイヴァン13世でなければ、この答えにはたどり着けなかっただろう。


「これほどの策を平然とやってのける男、というわけだ……ライゼルは……」


 そして、噂通り極悪非道で、目的のためなら手段を選ばない男だとしたら、当然向こうも・・・・暗殺や騙し討ちくらいはやってのけるだろう。


「ただの愚かな三代目かと思ったが……。よりにもよってはかりごとで儂に挑むか……。フフ……なかなかどうして楽しませてくれる……」


 若き策略家に思いを馳せ、イヴァン13世の口元が僅かに緩むのだった。

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