第7話 極めて合理的かつストレートな恐喝

 基本的に、人員の補充はコネで行なわれる。


 というのも、文官に必要な素養として、最低限読み書きができること、簡単な計算ができること等、最低限の教養が条件となる。


 この時代、庶民では読み書きのできない者も少なくなく、まして計算までできる者となればさらに少なくなる。


 読み書きのできない者を一から育てる余裕はないため、即戦力となる者が欲しいのだが、そうなると文官になれる者は限られてくる。


 読み書きを勉強できるだけの豊かな環境で育った者や、読み書きを勉強しなくては生きていけない環境に居た者。


 前者は貴族や騎士、教会や豪農の子供で、後者は商人にあたる。


 ここまで条件が絞られてくればわざわざ募集をかけるよりも、知り合いのツテやコネを使って探した方が効率がよく、何よりお互い貸しを作れる。


 こちらとしては身元のハッキリした者で最低限の知識を持った者を迎えられ、向こうとしても貴族の元に出仕できる上、文官の中で新たな人脈を築くことができる。


 まさしくWin-Winの関係だ。


 そのため、オーフェンやその他文官を通じて、都市運営の末端を担う役人候補を募っていた。


 こうして領地経営に必要な役人を集める傍ら、フレイが購入した豚が届いたとの報せが入った。


「来たか、豚が」


 開拓を始めたばかりで娯楽が少ない今、こうした動物の解体は住民たちの間でちょっとした見世物になっている。


 大の男がナタを持って集結し、豚肉をどう調理するか、話に花を咲かせている。


(ポンドンもこっちに着いていれば、一緒に見られたのになぁ……)


 そんなことを考えるライゼルの元に、カチュアがやってきた。


「ロンダ―商会のポンドン様がお見えになりました」



 ◇



 ライゼルに召集され開拓地にやってきたポンドンは、周囲の物々しい様子に警戒を強めていた。


(なんだ……!? なぜナタを持った獣人が辺りをうろついている……)


 バルタザール家やロンダ―商会が属する帝国では、獣人は被差別民である。


 ゆえに、これだけの数の獣人が鎖に繋がれず刃物を手に街を闊歩しているというのは、あまりに異様な光景だった。


 獣人たちにこれほどの武装をさせるなど、ただ事ではない。


 だとすると、考えられることは一つ。


(まさか、脅しているのか!? 隙あらば武装した獣人でこちらを拘束し、無理やり要求を通すつもりなのか!?)


 そこまで考えてポンドンは頭を振った。


 前回でライゼルの手口は学んだ。


 同じテツは踏まない。


 今回は家族は旅行という名目で安全な場所に避難させた上、冒険者ギルドで雇った護衛も連れている。


 万全の備えをした上で、今回の商談に臨んでいるのだ。


 第一、ナタを持った獣人が歩いてるからって、まだ脅していると決まったわけではない。


 そうだ。いくらライゼルとはいえ、そこまで非常識なことはしないだろう。


 そう考えるポンドンの近くで、獣人たちの話し声が聞こえてきた。


「ナタなんて持って集まって……何のお祭り騒ぎだ、これは?」


「脂ののったイキのいい豚が入ったってんで、皆アガってるのさ」


(……間違いない。こいつら、私を脅している。それも、交渉が決裂すれば私を食べる気だ)


 ふくよかな身体を押さえ、ポンドンは静かに震えた。


 腕利きの護衛を集めたとはいえ、これだけの数の武装した獣人を相手にすれば、タダでは済まないだろう。


 ポンドンの顔が青ざめていく中、挨拶もそこそこにライゼルは交渉に入った。


「今回、港の建設に資金が必要となったのでポンドン殿を頼らせてもらった。ついては帝国金貨10万枚相当の融資を行なっていただきたい。利率は年利1%の単利でお願いしたいが、それではそちらも儲けが少ないだろう。……代わりと言ってはなんだが、港の近くの一等地に倉庫を用意する。そこを優先的に使う権利を渡そうと思うのだが……」


 ライゼルの話が頭に入ってこない。


 今はただ、ここから生きて帰ることだけを考えなければ……


 考え込むフリをして時間を稼ぐポンドン。


 そんな中、交渉の席に獣人たちが顔を出した。


「大将、もう解体しちまってもいいですよね?」


「みんなバラしたくてウズウズしてますよ」


「へへっ、俺のナタが血を吸いたいって泣いてるんでさぁ」


「まあ待て。まだ商談が終わっていないんだ」


 この口ぶり……


 おそらく従わなければ殺すと言っているのだろう。


「そうそう、ポンドン殿も今日はここに泊まっていくのだろう? 今宵は当家の歓待を受けるといい。皆(豚を食べるのを)楽しみにしている」


(……殺される。行ったら、殺される……)


 これ以上ここにいるのは危険だ。一刻も早く、この場から離れなくては……


「せせせ、せっかくのお話ではあるが、今回の件は商館に戻った上で検討させていただく!」


「そうか……」


 ライゼルの声が沈む。


「では!」


「待たれよ」


 急ぎ足でその場を発とうとするポンドンを、ライゼルが呼び止めた。


「忘れ物だ」


 滝の汗を流すポンドンに、ライゼルが契約書を差し出した。


 気がつけば、ライゼル配下の獣人たちが出口を塞ぎ、刃物を片手に舌なめずりしている。


 ……あくまで金を出すまで帰さない、ということか。


 こちらも護衛を連れてはいるが、相手は獣人。身体能力はあちらの方が上だ。


 加えて、先ほどの口ぶりから察するに、外にも大勢の獣人が控えているのだろう。


 ……どう考えても、ここで事を荒立てるのは得策ではない。


「……………………わかった。ライゼル殿のお話、飲ませてもらおう」



 ◇



 交渉が成立すると、ライゼルは住民総出で歓待の準備を進めていた。


 酒やつまみが用意され、砂漠では入手の難しい新鮮な果物まで振舞われている。


「なにもそこまでしていただかなくても……」


「何を言う。ポンドン殿は俺の友人だからな。これくらい当然だ」


「これは……私には過分なお言葉です」


「これから豚を解体する。……見に行くか?」



 ◇



 ライゼルに連れられ、ポンドンは広場の入り口にやってきていた。


 ここまでは普通の接待だ。


 食事も、話の内容も普通で、ポンドンが警戒していたようなことは何一つ起こってはいない。


「……………………」


 もしかすると、すべて誤解だったのかもしれない。


 本当のライゼルは冷酷非道は悪徳貴族などではなく、ここで慕われているように、気前のいい、善良な男なのかもしれない。


「……ポンドン殿、見に行かれないので?」


「ああ、いえ、すぐに……!」


 ライゼルに促され、広場の奥へ進む。


 そこでは、牙の生えた豚が解体されるのを……


「…………豚?」


 ポンドンが首を傾げた。


 これは、どこからどう見ても……


「猪、だな……」


 ライゼルがつぶやく。


「えっ、これ豚じゃないんですか!?」


「どうやら騙されたみたいだな……」


 驚く獣人たちに、ライゼルが豚と猪の違いを説明する。


 とはいえ、猪も食べられないわけではない。


 今宵は解体した猪が振舞われることになるのだろうが、それでも獣人たちの怒りは収まらなかった。


「野郎……次見つけた時はタダじゃおかねぇ……。大将、っちまっていいですよね!?」


「好きにしろ」


 ライゼルの許可が下りると、血に飢えた獣人たちが口々に雄叫びを上げる。


「しゃああああああ!!! クソ商人ブチ殺すぞぉぉぉ!!!!!」


「血祭りじゃぁぁぁぁあ!」


「……………………」


 ……やっぱり、噂通り極悪非道な男なのかもしれない。




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