S県のおかしな出来事を集めてみた

背骨ミノル

第1話 人の中の鳥居

 その奇妙な噂が流れたのは、運転中耳の保養にと付けていたFMラジオからだった。夏が差し迫っていたこともあり、その番組で募集するテーマは、「人生の中で出会った不思議なこと、奇妙なこと」という内容のものだった。

 番組を聴いているリスナーから投稿が届き、それをラジオパーソナリティが番組内で発表していく、という流れになっている。

 私は当時、しがない記者をやっており、雑誌の記事作りのために、いつまで経っても慣れない取材から帰っていく途中だった。

 バリトンの耳に心地良い声が、ひとつの投稿を読み終わり、それについて自分なりの解釈を風呂敷から広げていて、それが終わると、その美しい声は、「それでは次のお便りです。えー、S県の夢幻さんから。投稿ありがとうございます!」と、次の投稿へ移った。


 「もう随分と昔のことですが、今でも不思議に思うことがあるので聞いてください。僕は小学生の頃、自分の中に神社を持っている女の子に出会ったことがあります。同級生で、違うクラスの子だったんです。有名でした。別に、その子が神社の神主さんの娘とか、そういうことじゃないんです。その子の中に、神社が広がっていて、その子の胸の中心に、鳥居が建っているんですよ。はあ? と思われるかもしれませんが、続けさせてください。どんなクラスにも、一人は霊感あるーって子、いるじゃないですか。それで、当時自称霊感のある子の中で流行ったんです。仮に鳥居がある女の子をAちゃんとします。霊感のある子は、騒がしい子も、一人でいるような子も、こぞって言ってました。Aちゃんの中には神社があるって。別に仲間内で女子がわいわい囃し立てるようなものとは違ってて、なんというか、それぞれにグループがあるじゃないですか。一軍、二軍みたいなやつです。あんな感じの、グループの中の子も、グループに属さない子も、普段心霊の話をしたがらない霊感のあるっていう男子も、みんな口を揃えて言ってたんです。Aちゃんには神社があるって。不思議ですよね。言われてる僕らも、全く意味が分からなくて。ただ、怖くて気になって、『それっていいもの? わるいもの?』と尋ねた時に、みんなやっぱり口を揃えて、『すごくいいもの』と言ってたんです。それでみんなホッとしちゃって。巫山戯てAちゃんを拝む子もいました。Aちゃんはただ微笑んでるばっかりで、肯定も否定もしなかったのが印象的でした。で、大人になって、社会人として働き出してから上司になった人が、霊感があるって人だったんですよ。因みに僕はS県から離れられずS県で就職したんですけど。小さい観光案内所に就職して、忙しい職場でした。そこに勤めてる、Bさんという男性が、若いのにすごく穏やかで優しくて、なんていうか天使みたいな人だったんです。男の人に天使って表現、もしかしたらおかしいのかもしれないんですけど。それであんまりにも徳が高い人だなって思って、その霊感のあるっていう上司に尋ねてみたことがあるんです。『Bさん、徳が高そうですよね』って。そしたら、その上司が笑って、『そりゃそうだよ。だってあの子、神社持ってるからさ』って。Bさんに尋ねたら、別に神社繋がりの血筋ってわけでも無いみたいです。僕、あんまり昔から霊感とか霊とか信じて無かったんですけど、その時、もしかしたらほんとに霊はいて、霊感も存在してて、同じ力を持つ人には同じ景色が見えてるのかもしれないなあって、心底思いました。ゾッとはしないけど、僕にとって、不思議な話です。上司曰く、神社を持ってる人は、放つオーラも違ってるみたいです。僕にはよく分かりませんが、確かにBさんもニコニコ笑ってばかりいましたね。」


 私はその投稿を聞いて、ある出来事を思い出していた。

 離婚した元の妻も、前にそんなふうなことを言っていたような気がする。

 バリトンの声を遠くに感じながら、私は前妻のことを、久しぶりに思い出したのだった。

 まるで今まですっかり抜け落ちて忘れていたことが、ふっと脳みその中に湧いて出るような、おかしな感覚だった。


 

 

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