第111話 幕間 忍のやることは山ほどある

 最近は頓に忙しい。

 それもこれもあの頭のおかしいクソ野郎のせいだ。


「ったくよ。裏の仕事をするこっちの身にもなれってんだ」


 分身のスキルなどがあるからどうにかなっているが、それらがなければ絶対にキャパオーバーになっていた。


 とはいえ分身スキルも万能という訳ではない。


 スキルレベルに応じるが分身を作るためには少なくないMPを必要とするし、本体から離れられる距離も限られている。


 その上で分身を操作している際の本体は隙だらけになるのだ。


 しかも操作できる分身はINTに依存しており、無限に出せる訳でもコントロールできる訳ではない。


(今のところ本体が隠れる位置を特定された形跡はない。だけどA級まで出て来てるってんなら油断は禁物だな)


 拠点となる場所は何ヶ所か確保してあるが、果たしてそれらがどれだけ隠し通せるか。


 もっともバレたらバレたで問題はない。


 分身スキルは使えるが、それでもアタシにとってはを隠すためのカモフラージュとしての役目の方が強いのだから。


「終わったぞ。あー目が疲れた」

「お、どうだった?」


 一仕事終えてきた弟の英悟がそんなことを聞いてきた。

 答えなど分かり切っているくせに。


「たぶん誤魔化せた。少なくとも表向きは」


 今回の氾濫の際に人目に付かないように工作をしたのはアタシだ。


 認識阻害を使っておいたからその現場は見られていないが、それでもダンジョンを一時的に閉鎖したことで異変を察知した奴は絶対に出てくる。


 そういう奴らに下手に話を大きくされると困るのでこうしてネット掲示板などに張り付いて話の流れを誘導したりしているのだ。


 おかげで目が疲れてしょうがない。


(協会の嘘の発表にも誘導したし、これで一先ずは大丈夫だろ)


 この感じだと少なくとも氾濫があったことが世間にバレる心配はなさそうだ。


 でもそれはあくまで表の話。


 裏ではこの事実がバレることはほぼ確定している。


 まず確実なのは今回の件を企てたイギリスの奴らは自分達の計画が失敗に終わったことを悟るだろう。


 そして御使い同士の繋がりがあるのならそれ経由で他に話が伝わると思っておいた方が良い。


 そうじゃなくても今の日本は世界各国の諜報員が呼ばなくても次々やってくるのだから、下手な隠し事など不可能なのだし。


(平和ボケした日本は情報管理がザルだからな)


 だからこそアタシ達がこうして必死になって裏の仕事をする必要があるのだ。


 公安などの警察なども動いているようだが、明らかに手が足りていない。


 現に今回も中国の工作員がこうして簡単に日本に出入りした上で社コーポレーションに忍び込んでいるのだし。


「ワン!」

「お、なんだ? 飯の時間か?」

「ワンワン!」


 可愛いアタシの家族である柴犬のコタロウがどこからともなく現れて飯の催促をしていた。


「分かってるよ。今日は良くやってくれたしご馳走だぞ」


 アタシは自分を含めて人間という生物そのものが嫌いだ。


 どれだけ綺麗事を並べても嘘を吐き、誤魔化し、騙す。それが人の本質だということを何度も見てきた。


 そしてそれを死ぬほど嫌悪しているアタシも生きるためにそういうゴミのような行為を止めないのだから本当に笑えない。


 それもあって人間は救いようのない生物だとすら思える。


 それに引き換え動物達は素直でいい。


 中には性格が悪い奴もいるが、それでも人間よりはマシだと思えば可愛いものだ。


「そうか、怪しい奴は一先ずいなくなったか」


 コタロウが使い魔達から集めて来てくれた情報を得てアタシはホッと一息吐く。


 どうやら今回の件で工作員が撃退されたことを受けて敵も警戒を強めたらしい。


 これならしばらくは諜報の手も緩まるだろう。


 アタシの情報収集の本命は外にいる無数の動物達だ。


 それは街中で見かける犬猫や鼠だけではない。


 無数にいる鳩や烏の中にも使い魔は密かに存在している。


 それらを統べるのがアタシのスキルによって選ばれたリーダーのコタロウであり、さしずめこいつは忍に仕える忍犬ってところだろうか。


 直接的な戦闘能力は高くない忍だが、だからこそこういう搦め手などが豊富である。


 そしてそれを駆使してアタシはこれまでこういう裏稼業の仕事をこなしてきたのだった。


「これでよしっと。これからも頼むぞ、コタロウ」

「ワン!」


 そのアタシのスキルによってステータスが強化されて人並の知恵を手に入れているコタロウは任せておけと言って仲間の分の餌を確保すると、影に潜るようにしてその姿を消した。


 影渡り、一定範囲内の影に潜って移動するスキルだ。


 アタシから与えられたそのスキルを駆使して街中を密かに駆け巡るあいつはもはやただの犬ではないだろう。


「さてと、次は……」

「ちょっと待った。いい加減に姉さんも休んどけって。後のことは俺がどうにかしておくから」

「……そうだな。少し疲れたし休ませて貰う」


 ここ最近は分身も使い魔もフル稼働させて諜報の手を防いでいたこともあってかなり疲労が溜まっているのは事実だ。


 今後のことを考えれば敵が攻めあぐねている今の内に休んでおいた方が賢明だろう。


 今回の氾濫の経緯を考えるとまだまだ夜一を中心にした騒動は続くだろうし。


 いや今までは前座で、むしろこれからが本番かもしれない。


 夜一から差し入れとして貰っていた回復薬を飲んでベッドに横になる。


 疲労はそれで抜けるはずなのだが、それでも精神的な疲れがあるのか眠気に襲われた。


「ったく、あのバカが」


 探索者として強くなることだけしか頭にない大バカ野郎。


 性格も非常に悪い上に善人とは口が裂けても言えないようなことばかりしてきた奴だ。


 そして人を騙して罠に嵌めるのが得意と本来ならアタシが一番嫌いなタイプでもある。


 それなのにどうしてアタシはこんなに疲れ果てるまで協力しているのだろうか。


 本当にアタシを含めて人間とは感情に左右される度し難い生き物である。


「少しは感謝しろよ、バカ野郎」


 こんな愚痴を言いながらも、実際に面と向かって感謝されたら絶対に悪態を吐いて喧嘩を売る自覚はあったが、それは見ないふりをして私は瞼を閉じた。

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