第109話 幕間 本部長と氾濫発生
転移ダンジョンで氾濫が起きる。
その連絡を受けた時は冗談でなく血の気が引いた。
日本だけでなく世界各国の至る所にダンジョンは存在しており、その中で半分以上を占めるのが転移ダンジョンだ。
そのダンジョンから魔物が溢れ出ることがないからこそ、これまでどうにか世界は混沌に陥ることなくやって来られた。
魔物なんて超常の怪物の存在は脅威がいつどこから現れるか分からない。
そんな状況になればどれほどの混乱が巻き起こることか想像もできない。
これまでの常識が崩れる。
しかも考え垂れる上で最悪の形で。
だがそれを防ぐ手段が一つだけある。
そう、その事実を隠蔽するのだ。
聞けば今回の転移ダンジョンが氾濫や崩壊を起こすのは特殊なアイテムを使って人為的に操作をされたからだという。
そしてそれはそう簡単に起こせるものではないとも。
ならば今回のことは特例中の特例として秘密裏に処理する。
そうすれば危惧している大混乱は一先ず先送りにできるはずだ。
もっともそれをやったのだが英国のA級だったというのは別の意味で頭が痛いが。
証拠もない状態で下手に追及しても返り討ちに遭うだけなのは目に見えている。
そもそもただでさえ日本はダンジョン関連のことでは立場が弱いからA級相手に喧嘩を吹っ掛けるなどまず出来ないだろうが。
(最低でも自国に対抗できるA級が居てくれなければどうしようもない)
情けない話だが今の日本にできることはない。
ならば今は棚上げにするしかないだろう。
そんな危険な行為をした相手に何も出来ないのは業腹だが我慢するしかないのだ。
「本部長、そろそろですよ」
「ああ、そうだな」
飯崎特別顧問と私は氾濫が起こる場所の近くでその光景を見守っていた。
視線の先には八代夜一が一人で立っている。
そう、彼はたった一人で氾濫をどうにかしてみせると言ってきたのだ。
氾濫が起こるまでにどうにか人払いをすることは出来たが、それがいつまで続けられるかは分からない。
下手に長引けば気付かれるのも時間の問題だろう。
だがだからと言って多くの探索者を動員すればマスコミなどが必ず勘づく。
つまり隠し切るなら少人数で素早く対処するしかないのだ。
それなのにB級や一部のC級は先に起こった地震とそれに伴うダンジョン危機に対応するためにこの場にはいない。
何という間の悪さだろうと最初は自分の運のなさを呪ったものだ。
飯崎がむしろそれで良かったかもしれないとしれない、と言い出した時は頭がおかしくなったのかと思ったものである。
「下手に他に手段がない以上は彼に賭けるしかないですからね」
八代夜一。
かつてC級であったが謀略によって降格処分を受けてG級となった若者。
回復薬作成という偉業を成したのは彼の貢献が大きいと聞くし、飯崎の話ではいずれA級になる逸材という話だった。
だが私は実際にその実力を見た訳ではないのでそれを信用していいものなのかという不安が消しきれない。
一応、彼の元パーティメンバーがいざという時の為に待機しているらしい。
だがそれでも氾濫という災害に個人や少人数で対処できるものなのだろうか。
とはいえそれしか手はない上にここまで来てしまった以上、引き返せはしない。
今の私にできることは彼を信じることのみ。
それが失敗だった時はこの首を持って責任を果たすしかないだろう。
「来ました!」
滅多にない事態なので記録のため撮影用のカメラを構えた飯崎が告げる。
するとその言葉通りに先ほどまでは存在しなかった巨大な転移陣が現れて、そこからフォレストアントと呼ばれるE級の魔物がワラワラと溢れ出てくる。
(あの巨体でE級なのか)
蟻といってもその大きさは象並にある。
その巨体の前では非力な人間など引き潰されて終わるだけでしかないように思える。
その内の一体が転移陣の前に陣取る彼に向かって飛び掛かろうとして、一瞬でその姿が掻き消えた。
「何だ? 何が起こったんだ?」
その私の疑問に対する答えは返ってこなかった。
だが目の前の事態が自ずとそれを教えてくれる。
次々と現れるフォレストアントが現れた時よりも唐突にその姿を消していく。
気付けば八代夜一の姿も見えなくなっていた。
一体どこに行ったのか。その答えを飯崎が教えてくれた。
「魔法陣の周りを縦横無尽に駆け回っています」
そして現れたフォレストアントを仕留めた瞬間にスキルで異空間に収納しているとのこと。
それら一連の動きを一般人の私では見ることも出来ない速度で行っているらしい。
「私でも目で追うのがやっとですよ」
魔法陣が巨大なこともあって出てくるフォレストアントは常に八代夜一の方に向かっている訳ではないらしい。
中には彼が居る方向とは逆に行こうとする個体も現れるが、その身体が転移陣から出る前に彼によって仕留められているとのこと。
「こう言っては何ですが好き勝手やってますよ。はははっ、本当にバケモノだな」
本来なら絶望を告げる転移陣のはずが、今はそれがまるで牢獄のようだ。
引き攣った笑顔で述べる飯崎のその言葉通りフォレストアントはその転移陣から一歩も外に出ることを許されずその命を奪われていく。
「……これでは撮影の意味がなかったかもしれんな」
「ですね」
もはや私達はこの事態が無事に解決することを悟った。
その予想は外れることなく、本来なら大きな被害を齎すはずの氾濫という災害は実に呆気なく終わりを迎えることとなった。
たった一人の規格外の存在の手によって。
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