第102話 あり得ない事態

 光の柱を目指して走り続けた俺が辿り着いたダンジョンは、東京代々木公園に存在するE級ダンジョンだった。


 ここには確かフォレストアントと呼ばれる蟻系の魔物が出てくるダンジョンがあったはず。


 昆虫系の魔物は他の魔物と比べると数が増えるのが早いので、放置していると氾濫する確率が高い。


 だがしかしここはその心配はいらないはずだった。


 何故ならここはダンジョンだからだ。


 そう、本来なら誰かが意図して魔物を外に連れ出しでもしない限りは中から魔物が出てくるはずがない。


 ましてや氾濫や崩壊など起こることがないとされているのに。


「本当にここで氾濫が起こるんだな?」

「何者かがダンジョンの機能に干渉しており、これを放置すればダンジョンが機能不全を起こす可能性が高い。そうなった際に中の魔物は制御を失って外に放出されることになる」


 アマデウスが間違いないと肯定してくる。

 するとこの光はそいつがダンジョンの機能とやらに干渉している証みたいなものなのか。


 そいつが一体何を考えてダンジョンの機能とやらに干渉しているのか。

 それは気にはなるが最悪それは後回しだ。なによりもまずここで氾濫を起こすことだけは阻止しなければならない。


(だけど入り口には協会の監視員がいるよな)


 他の変異ダンジョンとは違ってその数は少ないはずだが、それでもこういう人気の多い所にある場合は一般人が間違ってなりこまないように見張りが立っていることが多い。


 今の俺はF級なので正規の手段で中に入れない以上は仕方がない。


 どれだけの猶予があるか不明なのだから、その監視員には気絶してもらうかして強引に押しとおるとしよう。


 そう思ったが結果から言えばその必要はなかった。


「おいおい、マジか」


 何故なら既に誰かが監視員を昏倒させていたからだ。


 二人いる監視員はどちらも地面に倒れて意識を失っている。息はあるようで命に別状はなさそうだが、これで先に何者かがこのダンジョンに強引に押し入ったことは確実だ。


 そしてそいつがこの異常事態を引き起こしていると見るべきだろう。


 俺もその後を追うようにして光の柱が立ち昇っている転移陣に入る。


 そうして入ったダンジョンの中でも異常は確認できた。


 光の柱と同じと思われる光の線がダンジョンの床や壁のあちこちに走っていたからだ。

 それはまるで亀裂のように。


 それを見るだけでもこのままではこのダンジョンが壊れてしまうことが嫌でも予想できた。


「どこへ行けばいい?」

「何者かはダンジョンコアに干渉している」

「つまりボス部屋だな」


 よく見れば光の線は全て同じ方向、中心方向から外に向かって走っているようだ。

 つまりそこが中心でありボス部屋ということでもあるはず。


 ならば行くしかない。


 俺は途中で現れるフォレストアントを無視してひたすらその中心部分へと駆け抜けていく。


 途中でこの緊急事態を知らないであろう他の探索者らしき人が何人か見えたが、今はそれに構っている余裕はない。


(E級なら何かあっても自分でどうにかしてくれよ)


 そうして走ること五分。俺は圧倒的な速さでボス部屋の近くまで辿り着くと、


「いた」


 錬金真眼でそいつのことを捕捉した。


 大分まだ距離があるがこの眼のおかげで手に持ったアイテムらしきものでダンジョンコアに何かしているのが分かる。


 被っているフードは隠蔽系の効果があるアイテムなのか、錬金真眼でもその奥が見通せないので誰かは分からない。


 そしてなにより重要なのが、距離があるからまだ相手はこちらの存在に気付いていないらしい。


 ならば先制攻撃あるのみ。


 これまで以上に足に力を籠めた。


 尋常ではないステータスによって強化されたことによる力強い踏み込みは人の限界など置き去りにする。


 ドンッ! という鈍い音と共に蹴った地面の一部が吹き飛んでいるが気にしない。


 そのまま並の探索者なら接近に気付くこともできない速度でその背後から一撃を喰らわせようとして、


「ッつ!?」

「ちっ! これを防ぐか」


 振るった拳はガードした腕で受け止められていた。

 背後からの奇襲だったのに気付いたばかりかガードまでしてみせるとは只者ではない。


 だが奇襲して優位なのはこちらであることは変わりない。

 俺はすぐに蹴りで追撃を放つ。


 狙いはアイテムを持っている腕だ。

 咄嗟に腕でガードしてみせたこともあって狙うのは容易い。


「!?」


 敵は蹴りを受けた腕では握り続けられなかったのか、手に持っていたアイテムが宙を舞う。

 それに注意を向けては隙だらけというもの。


 前蹴りをそいつの腹に叩きこんで吹き飛ばすと、すぐにその宙を飛んでいたアイテムを回収する。


「なんだ、これは?」


 それは見たことも無い装置だった。

 ただ分かるのはその装置にボスの魔石が嵌め込まれていることだ。


 と、次の瞬間だった。


 頭の中にその装置のレシピが流れ込んできたのは。


(これは錬金アイテムなのか)


 装置の名前は簡易ダンジョン干渉器というものらしい。


 どうやらこれを使えばダンジョンコアを通してダンジョンに何らかの干渉ができるようだ。


(って、考えるのは後だ)


 とにかくこれ以上、相手にこの装置を使わせるわけにはいかないので俺は装置からボスの魔石を外す。


 そのままその二つのアイテムをアルケミーボックスに収納してしまおうとしたが、次の瞬間には装置を持つ方の手に衝撃が来て穴が開いていた。


 あまりの威力に装置は手から弾かれて転がっていってしまう。


(これは。水銃か!?)


 俺も有しているスキルだ。ただしその速度も威力も尋常ではない。


 続いて放たれる二発目、三発目は良く見える眼で軌道を予測してどうにか回避するが、このスキルの威力からして敵は相当な腕の持ち主だ。


(最低でもC級。いや、恐らくそれ以上の奴か)


 放たれる水銃のスキル攻撃を躱しながら、どうにかボス魔石だけはアルケミーボックスにしまう。そして転がっていった装置を拾おうとして手を伸ばしたところに、


「だよな!」 


 狙いすましたかのような水の弾丸が放たれてしまう。


 どうにか避けるが、下手に拾うような隙を見せるのは不味い。

 とりあえず回復薬で手の穴を塞ぎながらこの後はどうするか考える。


(可能なら敵を捕らえて目的などを聞き出したい。けどこの相手にそれは難しいか?)


 ステータス鑑定も仕掛けているが弾かれてしまっているので敵のスキルなども分からない。


 これだけの相手なのでスキルが水銃だけなんてことはあり得ないだろう。

 厄介なスキルを使われる前に片付けるのが最善か。


 だがその後に接近しようと試みたこちらに対しても、不思議と相手は水銃以外のスキルを使ってこようとはしなかった。


 まさか本当にそれしか使えないのか。


(あるいはそれ以外を使いたくないのか、か)


 それは俺を殺したくないとかではない。


 何故なら先ほどから放たれている水銃の威力は、普通の探索者なら当たったら即死する威力を誇っているからだ。


 手に穴が開いたのだって俺だからその程度で済んだだけ。


 普通なら腕が吹き飛ぶか、あるいはその衝撃だけで全身の骨が砕けて死んでいるだろう。つまりこれは殺意たっぷりな攻撃な訳だ。


 だとしたらこのスキルしか使わない理由は俺には一つしか思いつかない。


「お前、探索者だな。それもC級以上だろ?」


 その言葉に敵はピクリと反応した。


 上級の探索者になればなるほど強い魔物に対抗するための特殊なスキルを持っていて、中にはそのスキルが代名詞のようにして世に語られている探索者もいるのだ。


 例えば竜騎士ドラゴンライダーと呼ばれる一定時間だけドラゴンを召喚、使役できるスキルを持つ探索者などは顔を隠していてもそのスキルを使った時点で誰だか分かる。


「水銃しか使えないなんて他のスキルは随分と特殊なものみたいだな。それこそ使ったら身バレするのが避けられないくらいに有名な奴なのかね? だとするとCどころかB級以上か?」


 殺してしまえば身バレの心配もないと安易に思ってはいけない。

 上級の探索者の中には未来や過去を見ることができる存在もいるらしいし。


 普通の殺人事件ならそんな奴が出張ってくることも無いだろうが、ここで転移ダンジョンが氾濫や崩壊を起こしたとなれ世界規模での大問題となるのは避けられない。


 そうなれば調査のためにありとあらゆる手段が取られることもあるだろう。

 そうなった時のことを考えて特定される恐れのあるスキルをこいつは使えないのではないか。


 勿論これはあくまで予想でしかない。

 でもこれだけ言っても水銃しか使ってこないところをみると何らかの制限があるのは間違いなさそうだ。


「なるほどな。俺を殺すのに本気を出す必要はないと」


 つまりはそういうことだ。

 どうやらこの敵は俺のことを侮っているらしい。


 本気で命の取り合いをしている最中だというのに。


 その事実が一番頭にきた。


「舐めてんじゃねえぞ、この野郎」

「!!」


 急に真正面から突進してきた俺に奴は驚いていた。


 それでも的確に水銃を放って迎撃してくるが、端からこちらは無傷で済むなんて思ってない。


 躱し切れなかった何発かが身体に穴を開けてくるが、それを無視して敵へと迫る。

 この程度なら低位回復薬でも十分に治療できるので。


「!?」


 そのあまりに無謀な行動は予想できなかったのか、奴の反応は一瞬遅れた。


 その隙を逃すことなくフードで見えない顔面を掌で叩きつけるようにしてそのまま鷲掴みにする。


「ぶっ飛べ」


 掌の中に爆裂玉を握った状態で。


 次の瞬間、俺の掌と奴の顔面の間に挟まっていた爆裂玉が容赦なくその効果を発揮してみせた。

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