第1章 王の誕生

第2話 アイルとカイル

 アグトーシア星にある大陸の海側の端にある小国、ドルランドの市民は王の圧政に苦しんでいた。 

 太陽光は体力を奪い、海の幸は王に奪われ、王とその周りの貴族達以外の市民は、奴隷同然の扱いを受けている。 


 そんなドルランドでも、仲睦まじく暮らす2人の姉弟が居た。

 姉はエメラルドグリーンの瞳を持ち、健康的な褐色と黒髪を持つ美しい16歳。名はアイル。

 弟はそんな姉を自慢に思う可愛げのある子で、同じく健康的な褐色と黒髪を持つ14歳の美青年だ。名はカイル。 


 アイルとカイルは親を戦争で亡くしている。2人が物心ついた頃には既に王の圧政が敷かれ、それを当たり前として育ってきたため疑問も怒りもない。

 世界をありのままに捉えて、小さな幸せと、2人で過ごせる喜びを感じながら、質素に過ごしていた。


「アイル、今日は魚が多く獲れたんだ。王様に取られる前に食べちゃおうよ」


 カイルはモリを片手に持ち、木で作った籠の中から魚を見せて微笑んだ。

 薄汚れた橙色のワンピースをたくし上げて洗濯物を踏んでいたアイルはそれを見ると、微笑み返した。


「おかえりなさいカイル。いっぱい獲れたね! すぐ料理するから、薪を用意しておいて」


 カイルは頷き、石で出来た簡素な室内に入った。煙突の下に乾燥した薪をくべ、魚を串刺しして並べた。


 程なくすると、洗濯を終えたアイルが部屋に戻り、しゃがんで魚を見て、生のまま食べてしまいそうなカイルを後ろから抱きしめた。

 柔らかく大きな胸が押しつけられているが、日常茶飯事かつ姉弟のため、特別に2人がそれを意識することはない。 


 アイルは片手でカイルを抱きしめたまま、もう片方の腕を薪に向かって伸ばした。


「精霊の灯火を分け与えたまえ【小炎】」


 薪の下に小さな炎が灯り、やがて燃え移り、パチパチと音を立てた。


「いいなー、オレも早く魔法使えるようになりたい!」


「きっともうすぐよ。母さんは魔法使いだったから」


「オレ母さん覚えてないからなあ」


「私がお話するね」


「いいよ、もう何回も聞いた」


「こら、不貞腐れないでちゃんと聞きなさい」


「はいはい」


 魔力を持つ姉を尊敬しながらも、子供らしく不貞腐れている愛らしいカイルの頭を撫でた。

 カイルには両親の記憶が一切ない。しかしそれは寂しいことではなかった。アイルが居たからだ。 

 アイルは幼き日の母と父の記憶をなんとか手繰り寄せ、カイルに何度も話していたが、カイルはいつもどうでも良さそうだった。


 それから2人は、久しぶりの魚にありついた。献上分を超えて手に入ることは稀だ。

 調味料はなく、香草をすり付けただけだったが、久々のタンパク質摂取が体に染み渡っていく。

 13匹つれたうち、10匹は王に献上する必要があった。1匹ずつ食べ終わると、カイルのお腹がグウと鳴る。それを聞くと、アイルがもう1匹の焼き魚をとり、カイルに渡した。


「いいの?」


「私はもうお腹いっぱいだから、食べて」


「ありがとう!」


 カイルは魚を受け取り、半分食べ終えると 


「オレもお腹いっぱいかも。アイル、食べて」


 と手渡した。アイルはそれを受け取り、仕方ないなあ、と言いながら食べ切った。しかし、2人のお腹がグゥとなってしまう。その音を聞くと、悲しむでもなく2人は笑い合った。


 2人はいつかお腹いっぱいになるまで食事をしてみたいと考えながら、狭いベッドで寄り添い合いながら眠りについた。


 翌日。


 カイルは漁に出て、アイルが洗濯をしていると、ワンピースをたくし上げて露出した太ももをジロジロと見る男がいた。

 洗濯物を踏みつけるたびに内腿が揺れ、その男は鼻の下を伸ばした。


 貴族のバンジーバルだ。半年ほど前から貧民街に降りてきて、本当の奴隷として市民を買い上げている。 


「おい」


 バンジーバルが護衛の男に一声かけると、男は頷き、アイルの元へ近づいた。 


「な、なんの御用でしょう?」


 アイルはたくし上げていたワンピースの裾を下ろし、背の高い護衛の男に話しかけた。その表情は恐怖ですくんでいた。


「喜べ貧乏人。お前のことをバンジーバル様が気に入った。奴隷として雇ってやるからついてこい」


「い、いやです!」


「拒否権はない。金は置いておく」


 護衛の男が袋に詰まった銅貨を石の家に放り投げ、アイルを担ぎ無理やり連れて行ってしまった。

 本来奴隷契約は、戦争の戦利品、未成年を親が売る、もしくは成人が雇用主と合意の上結ぶ事例が基本である。が、こんな貧民街の市民に対して、正式な法的手順を取る貴族は居ない。

 それは奴隷雇用ではなく、拉致といえよう。


「離して!!」


 抵抗のためアイルは暴れるが、まったく歯が立たない。 


「精霊の灯火を__」


 アイルが魔法を詠唱しようとすると、護衛の男は驚いた。貴族の子供が教育を受けて手に入れるのが魔法だからだ。アイルの口に指を突っ込み詠唱を阻害し、締め落とした。 

 それをみてバンジーバルは下品な笑みを浮かべた。魔法が使える奴隷となると、本来であれば貴族といえど、簡単に買える金額ではない。

 それをタダ同然で手に入れたのだ。


 程なくして、カイルが帰宅する。


「アイル〜、ただいま。あれ、いないの?」


 木の実でも取りに行ったのかと思ったが、日が暮れそうになる頃にも帰ってこない。

 家の周りをソワソワと歩いていると、隣の家にすむ老婆のミラが声をかけた。


 親のいないカイルとアイルを気にかけて、何かと良くしてくれていたミラは、気の毒そうに一部始終をカイルに説明した。


「そんな……」


 カイルは部屋に戻り、狩用のナイフに手を伸ばした。放り込まれた銅貨は、すでに誰かに奪われていた。

 

 走り続けて日がくれた頃、バンジーバル邸の前にたどり着くと、すぐに警護の男達に取り押さえられてしまった。

 ナイフを持っていたことから殺人未遂の扱いを受け、地下室の牢屋に監禁され、拷問された。


 痛みと悔しさで打ち震えていると、階段をカツカツと降りてくる音が聞こえた。


 「……カイル!!」


 バンジーバルに首輪で繋がれたアイルだった。牢にしがみつき、カイルを眺める。暗がりでもよくわかる瀕死に近い拷問痕だった。


「アイル……ごめん、助けられ……なくて」


 カイルのしゃがれた声を聞き、アイルは涙を流し首を横に振った。


「バンジーバル様! 私はどうなっても構いません! どうかこの子だけは!! なんでも致します!」


「ほっほっ、反抗的だったお前が、弟の前ではこうも従順とは。どれ、服を脱ぎなさい」


「やめ……ろ……」


 カイルの声はむなしく響き、アイルは自ら服を脱ぎ全裸になった。目を背け、恥じらいで頬をそめている。

 バンジーバルは無理やり襲うのではなく、自ら体を献上させることに興奮する男だった。


「おお、おおー! 大した栄養もとれてないのに、いい肉付きじゃないか。どれどれ」


 バンジーバルはカイルの前で、アイルの胸を下品に鷲掴んだ。カイルは血が滲むほど噛み締め、切断された健の手足を揺らしたが、拘束具が外れることはない。


「お願いします、どうかカイルの前では……」


「ほっほ、そう健気に頼まれるとワシの良心も痛むというもの。いいぞえ」


 バシン!と音を立ててアイルの尻を叩き、そのまま揉みしだきながら階段を登っていった。アイルは体を小さく中心によせるように縮こまりながら震えた。


「カイル、ごめんね」


「くそ……くぞおおおおおぉぉぉ……」


 失血で気絶しかけた視界で、全裸の姉が振り向き泣いている姿を目にしながら、何もできない自分と、何もかも奪い去るこの世界を恨んだ。


 階段を上りきり、扉が閉まる音がした時、声が聞こえた。それは、この残酷な世界で本来響くはずのない福音だった。


「少年、力が欲しいか?」


【叫くん、それだと悪魔みたいです】


「あ、そうか。まあでも実際悪魔みたいなものだし」


 カイルの目の前に、二つの何かがフワフワと光り輝いていた。

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