死刑の仮想現実空間における執行及びその執行に伴う釈放の特例に関する法律
テレビ野_灯里
プロローグ
目が覚めると、独房の中にいた。正確には、知らない独房の中。
上半身を起こし、異様に重たい瞼を擦りながら、体を支えている左手の感触の違和感に気がつく。いつも寝起きする綿の固まった布団は、粗悪な金属製のベッドに変わっていた。ギッという耳障りな音が独房の中に響く。
白い壁に座敷が敷かれていたはずの部屋は、床も壁も打ちっぱなしで薄汚いコンクリートになっている。毎日清掃をして綺麗だったはずの和式便器の代わりに、蓋のない洋式便器が設置され、その据えた臭いが余計に寝起きの頭をクラクラさせる。
何よりも、廊下に面するはずの鉄柵は無く、鉄の扉で独房は密閉されていた。
この独房の外が一体どうなっているのかが、わからなかった。
壁の上部にはどうやっても届かないであろう位置に小さな小窓がついているだけで、天井の中央からぶら下がる裸電球が独房を薄暗く照らしている。小窓からは薄暗い光が差し込んでいて、日中であることはかろうじてわかった。
いつもと同じ時間、同じ場所で寝たはずだった、のだが、本来出られるはずもない部屋から、見知らぬ部屋に、いつの間にか移送(?)されたようだ。
清海は考えを巡らせた。
死刑が確定し、独居房に入ってからおよそ7年間。毎朝7時に起床し、朝、昼、晩と配給される食事を食べ、座敷でただ座り続ける毎日。週に2回の風呂と運動場への出入り以外には許されるものもない。天涯孤独だった清海には面会にくる人間もない。
刑が執行されるまで、このルーティンは絶対だった。
塀の外に出るなど、以ての外だ。
他の場所に移送されるなど、到底考えられなかった。冤罪が疑われ、再審請求が認められるというたった一つの例外を除いて、この絶対のルーティンが崩れることなどないはずだ。
辺りを見回す。
ドアの右に設置された受け渡し用口の下に、厚い紙束が置かれている。
読めと言わんばかりに、ご丁寧に表紙にタイトルまで付けられてある。こんなものが独居房の中に入れられていることなど、ただの一度もなかった。
ずしりとした感触が手に伝わる。
タイトルにはこう書かれていた。
「『死刑の仮想現実空間における執行及びその執行に伴う釈放の特例に関する法律』の概要及び同法執行に係る要綱の概要」
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