第18話


 とにもかくにも、生意気という言葉を体現してるかのようなクソガキだが、一発でもビンタを食らわせれば涙目になって大人しくなるだろう。


 自分の超がつくようなステータスで本気を出したら気の毒っていうか、即座に肉塊になるかもしれないって気がしないでもないが……それでも、こんな美人局みたいなことをやってるんだから可哀想でもなんでもない。


 これはおっさんによるおっさんのための教育的指導っていうか、世間を舐めている子供をわからせてやるようなもんだ。拳で。


「いっくぞおおおぉっ! そらあぁぁっ!」


 ってなわけで、俺は全力で少女との距離を詰めるとともに、その小奇麗な横っ面に横綱も真っ青の張り手を食らわせてやる――はずだった。


「ふんっ!」

「なっ……!?」


 自分の手はあえなく空振りしていて、少女はしゃがみ込んで回避する際、棒でこっちの足元を払おうとしたので、俺はその場から飛び退かざるを得ない格好になったのだ。


「何よ、その程度?」

「こ、こいつ……」

「悔しい? 変態」

「くっ……」


 しかもこの少女、いちいち煽ってくるので癪に障る。とはいえ、一回だけならただの偶然かもしれないってことで、俺は何度も攻勢をかけることに。


「――無駄よっ! とんちき!」

「くっ……」


 だが、何度やっても同じことだった。俺の攻撃はあっさり少女にかわされるだけじゃなく、反撃を食らいそうになって回避するという屈辱の連鎖が続いた。むしろやり合ってるうちに向こうの攻撃が当たりそうになって、慌てて回避するくらいだった。


 いやいやいや、おかしいって。なんでこうなった? こういう想定外の事態になると、少女のステータスを見たいっていうより、最早見るのが怖くなってくる。俺よりも高い可能性だってあるしな。


 というか、どっちだろうとここまできたら引くに引けない。ちょっと前までは最底辺だと自覚していた俺にも、ちゃんとプライドくらいはあるんだってわかって少し感動してるが。


「何? 精根尽き果てたみたいなアホ面しちゃって、だらしないわね。もう終わり?」

「…………」

「ほらほらぁ、何黙ってるの。本能の赴くままにあたしの体を貪りたいんでしょ? だったらかかって来なさいよ、倒してみてよ、腰抜けっ。あたしをもっと楽しませなさい!」

「ちょ、ちょっと待て。その前に聞きたいことがある。お前、どんだけ俊敏値があるんだよ」

「は? あんた、いきなり何わけのわかんないこと抜かしてるの?」

「え?」

「……そんなふうに聞かれたの、初めて」

「初めて? それってもしかして、レベル自体がないってことか?」

「は? バッカじゃないの。あるわよ、普通に。でも、俊敏値のみを全体の戦闘力みたいに誇張するような人はあんたが初めてね」

「……よくわからん」

「……あたしの台詞よ、それ! っていうか、戦ってみるとあんたって全体的に物凄いステータスだって肌で感じるけど、それを活かしきれてないからぜんっぜん怖くないわね」

「ん、どういうことだ?」

「これ以上、敵に塩をやるわけにはいかないんだから、自分で考えなさいっ!」


 そりゃそうか。しかも俺には高い知力値があるし、考えればわかるはずなんだよなあ。


「なんかずいぶん困ってるみたいだし、考える時間をあげる……わけないでしょ、このへなちょこ!」

「くっ……!」


 まるで、まばたきする時間さえも与えないといわんばかりに、少女が猛然と襲い掛かってくる。クッソ、一体何が足りないってんだ? ステータスか? ポイントなら結構余ってる気がするから、この際それを全部振れば……いや、俺は何か見落としてるのかもしれない。


 これは俺の勘に過ぎないが、慌てて色んなステータスを上げたところで、結局のところ焼け石に水のような結果になる気がしてならんのだ……。


 そりゃなんでかって、今のステータスでも充分高いはずなのに、これほどまでに俺が翻弄されるはずもないだろうからだ。


 なんせ、相手は棒っきれを持っただけの白いワンピースのガキで、しかも、こっちには伝説の武具だってあるんだぞ。考えろ、赤ん坊でもあるめえし、打開策を考えるんだ。幸いなことに、俺はこの少女の怒涛の攻撃を回避しつつも思案が許されるような身体能力があるんだから。


「――あ……」

「あ、じゃないわよ! メタメタにして、あたしの奴隷として扱き使ってあげるんだから!」

「わかったぞ……」

「はあ!? 見え透いたハッタリかまさないで!」


 俺は少女の猛攻を間一髪のところで凌ぎながらも、視界が一気に開けてくるような感じがしていた。ハッタリじゃなく本当に打開策が浮かんだからだ。これが高い知力値の影響ってわけか。俺は早速、接近戦用の武器――神獣爪を取り出すと、そいつで反攻に転じた。


「はああぁっ!」

「うっ……!?」


 いいぞ、早くもこっちが優勢になってきたし、明らかに今までとは違う。武器を持つだけでこうも変わるもんなのかと思うが、高い身体能力を活かせてないという少女の言葉がヒントになり、武器を持つことでそれを活かそうと体が自然に反応し、無駄な動きがなくなったということだ。


 それこそ、これは極端な例かもしれんが、武術の心得がないなら身体能力がいくら高くてもアマチュアボクサーや白帯の柔道家にすらやられる可能性があるってことだな。だったら、俺は武器を持ってるしそういうスキルもあるんだからそれで戦ったほうが賢明ってわけだ。


「な、なんなのこれ!? きゃっ!」


 しかも、だ。そのスキルは【武器術レベル2】ってこともあって、神獣爪で攻撃したあと、少し遅れて相手に二度目の斬撃が襲い掛かるのがわかった。これがレベル2のパターンか。こりゃあ便利だな。この追撃があることで、それまで嵐のように猛威を振るっていた少女は反撃する暇もなく、最早防戦一方になってしまっていた。


「もうすぐお尻ぺんぺんの時間だな」

「……こっ、このド変態っ! もうエッチなこと考えてるなんて! まだ終わってもいないのに!」

「い、いや、そういう意味じゃ――」

「――うるさいっ、死んで!」


 うわ、この子、強い。思わずそんな感想が頭ん中で脳汁アドレナリンとともに飛び出すほど、彼女は俺の攻撃に対して上手く対応し始めていた。かわすだけでなく、攻撃も織り交ぜてきたんだ。


 下手すりゃ即死だっていうのに、ここまで躊躇のない踏み込みができるのかっていう。絶対に只者じゃないな、こいつは……。ただ、少しでも間違えばこの子を殺しちまうのは確実なんで、俺はなるべく早く終わらせるためにも一気に畳みかけることに。


「これで終わりだっ!」

「ぐえっ……!?」


 神獣爪で攻撃すると見せかけておいて、俺の左の拳が少女の腹に文字通りめり込んだ。おそらく内臓破裂寸前ってところだろうが、彼女は両膝を落として紅潮した顔で俺を見上げたあと、ニヤリと笑って気絶した。


 ……なんか、ホラー映画のラスボスみたいな少女だったな。いくらなんでも怖すぎる……。


「な、な、なっ……ば、バケモンか……」

「ん? お前もやるか?」

「ひっ……ひいいぃっ……!」


 少女とグルの宿の店主が俺を見て後退りしたあと、一目散に駆け出していった。おいおい、逃してたまるもんかよと思って追いかけようとした直後、通路の突き当たり横から何かが勢いよく飛び出してきて、店主は体当たりを食らって壁に激突するとともに倒れた。


「――ヘヘッ、一部始終を拝見させてもらったぜ。べらぼうにつええじゃねえか、旦那……」


 一体誰の仕業かと思ったら……びっくりした。蛇の頭をした男が笑いながら俺の前に現れたんだ。しかも人語を喋ってるし、さすが異世界。こんなモンスターみたいな顔をした人間が普通に存在してるなんてな……。

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