ホームレスのおっさん、現実と異世界を行き来できる称号を得て最強になり、無双する姿を異世界に配信して人気者になる。
名無し
第1話
「…………」
あれ? 俺って一体どこの誰なんだっけ……?
決してふざけてるわけじゃなく、真剣そのものだ。疲れ果ててしまっているせいか、自分のことなのに自分が誰なのかわからなくなる。たまにあるんだ、こういう奇妙な現象が。
「――あ、そうだ……」
たった今思い出した。俺の名前は
とにもかくにも自分がいい大人であり、年齢=恋人いない歴であることには変わりないし、無職だから世の中の最底辺であることも紛れもない事実なんだ。だからこそ、無意識のうちに自分を消してしまってたんだろうか。こんなどうしようもない自分だからこそ、決して認めたくない哀れな存在として。
経歴もこの上なく悲惨だからな。俺より可哀想な存在なんて絶対にいないと断言できるほどに。小学生の頃から毎日のように殴る蹴る無視等の凄惨ないじめを受け続けた結果、高校生の頃にはとうとう家に引きこもるようになり、二年のときに退学。一念発起で有名ユーチューバーを目指したものの、動画の登録者がたった数人しか集まらず頓挫。
それからはもう自暴自棄になり、ゲームで無駄に時間を溶かす日々が続き、気が付けばホームレスにまで転落してしまい、公園で寝泊まりしつつ空き缶集めで少ない日銭を稼いでいる。
日が暮れてもなお、足の感覚がなくなるくらい歩き続けて、一日200円でも稼げればいいほうだ。なんせアルミ缶一個で一円くらいだからな。
『お前さん、まだ若いのに気の毒になあ』と、ホームレス仲間の爺さんに慰められるのだけが救いだった。けど、あくまでも爺さんからしてみたら若いってだけの話だし、それもいつまで続くのか……。
「はあ……」
深すぎる溜め息が自然に飛び出すとともに、視界が涙で滲む。俺の人生なんて、もう終わってるよな。それもとっくの昔に。どうしてこうなった? いじめられるほうにも原因があったとしても、ここまでの仕打ちをされるほどのことなのか。
テントの中、絶望すぎる状況のせいか俺はまた自分が誰なのかわからなくなりそうになり、何度も首を横に振る。大丈夫じゃないが大丈夫だ。矛盾していて自分でも何を言ってるのかよくわからなくなるが、俺は上村友則っていう名前で、ちゃんとここにいる。
過去を振り返っても仕方ない。余計に惨めになるだけだから前を向かなきゃいけないと思っても、空腹なのも手伝ってか気分が落ち込んでしまう。今日はアルミ缶が全然集まらなくて当然お金も稼げなかったし、所持金にいたっては15円しかないので何も食べられなかったんだ。腹がグルグル言うが我慢。明日は早起きして今度こそ稼いでやるんだ……。
ん? どこからか誰かの声が聞こえてきた。深夜なのに妙だな。もしかしたらホームレス仲間の爺さんかと思うも、すぐに違うとわかる。声がやたらと若いんだ。それも複数、こっちへ近づいてきた。
「お、いるいる」
「例の薄汚ねえ野郎が」
「社会のゴミクズ、ホームレスがっ!」
「俺たちでゴミ掃除してやろうぜ!」
「おう! 世の中綺麗にしねえとな!」
「ま、待ってくれ、俺の話を聞いてくれ。なんでもするから、暴力だけはやめてくれ……。ホームレスの俺が目障りだと思うなら謝るから、この通りだから、頼む、許してくれ――ぐあぁっ⁉」
プライドなんてほとんどない俺は即座に土下座して命乞いしたが、やつらは無慈悲にも問答無用で襲い掛かってきた。
「うるせー! ひゃっはー!」
「ゴミが、なんか言ってるぜ!」
「オラオラッ!」
「死ねっ!」
「モンスターめ、俺の必殺技を食らえっ!」
「うぎっ……⁉ ぐああぁっ!」
少年たちに寄ってたかって足蹴にされ、休む暇もなく激痛が体中を駆け巡る。痛いし辛いし苦しい。チックショウ……なんでなんだよ。どうしてここまでされなきゃいけない。これじゃ泣きっ面に蜂どころかリンチじゃないか。神様……俺が一体何をしたっていうんだ……。
「うぐっ……。ぐぐうぅっ……」
苦痛と吐き気が何度も何度も交互に襲ってきて、それでも気絶できないという生き地獄をとことん味わう。
「……ふう。こいつ、もうすぐ死にそうだし、この辺でやめとこうぜ」
「それな。虫けら潰したくらいで捕まりたくねーし」
「社会のゴミ、駆除完了っ!」
「あー、すっきりした」
「てか、モンスター討伐のクエスト完了したってのに、こいつなんもドロップせん。雑魚すぎ」
「ギャハハ!」
「おい、おっさん、また楽しませてくれよ!」
「じゃーな!」
「……うげえっ。げほっ、げほっ……」
激しい暴行が始まってからどれくらい経っただろうか。やつらが満足した様子で帰っていくのがわかった。
見た感じ、みんな中学生くらいの年齢だった。多分、近所の学校のやつらだろう。かつては俺が通ってたところで、不良たちが幅を利かせていたわけだが、当時のように相変わらず荒れてるんだな……。
というか、今はそれより水だ。切実に水が欲しい。
俺はしばらく立ち上がれそうになかったので、地面を這うようにして水飲み場まで進んでいく。まだ死にたくない。こんな惨めな死に方をしてたまるか。
俺は今まで、女の子と付き合うどころか、一度も手を繋いだことすらないんだ。ひたすらいじめられるだけの、見下されるだけのゴミみたいな人生のままで終わりたくはない。なんとか生き残るんだ……。
「……はぁ、はぁ……ち、畜生……」
ようやく立ち上がれるようになった俺は、なんとか水を飲んで元の場所へと戻ってきたわけだが、唯一の居場所であるテントがズタズタに切り裂かれていた。
あいつらの仕業か。これでまた段ボール暮らしに元通りだ。仲間が読んでいた新聞で確認したら今は三月上旬だからまだまだ夜間は冷えるし、早くどこかから拾ってこないと。とはいえ、今日はもうズタボロなので明日からだ……。
って、あれはなんだ……?
体のあっちこっちが疼きまくって中々眠れない中、寝返りを打ったときに俺はぼんやりと光るものを見つけた。もしや宝石? 仮にそうだとして、どこかの金持ちが落としたんだろうか。あれを交番に届けたら、落とし主にお礼を貰えるかもしれない。
逆に盗んだじゃないかって怪しまれて捕まるかもしれないが、とりあえず拾っておこう。
……う? 手に取ったら、なんか半透明の窓が出てきて、そこにメッセージが表示された。
『魔石(微小)を獲得しました』
「…………」
な、なんだこりゃ? 幻でも見てるのかと思って窓を触ってみたら貫通したし、メッセージは表示されたままだ。これってゲームかなんか? てか、なんでこんな石があるのかと思って周囲を見渡したら、頭上から一メートルくらいの高さに亀裂のようなものがあった。
あれはいったい……? 空間の歪みみたいなもので、あそこから半透明の窓や石が落ちてきたんだろうか。錯覚かもしれないと思うも、目をいくら擦ってもそこにあるのは変わらない。よーし、それなら触ってみようと思って爪先立ちで手を伸ばすが、そこまでは全然届きそうになかった。
それならってことで、俺はテントを固定するために置いていた大きめの石を持ってきてそこに乗ると、痛みを堪えながらジャンプし、空間の歪みに精一杯手を伸ばしてみた。
「ぬぁっ……⁉」
目当てのものに触れた瞬間、空間全体が歪むかのようにぐにゃりと曲がったかと思うと、例のウィンドウに『《リンクする者》の称号を得ました』というメッセージが追加され、そこで意識が途絶えるのがわかった……。
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