紙媒体と電子書籍

 読書好きなら紙媒体はお好きでしょう。


 小学生のころの私は、図書室にあった「シャーロック・ホームズ」シリーズが大好きでした。

 背表紙が取れかけているほどに古い本で、埃臭く、かび臭く、開くとむっと広がるその匂いに、

「古い時代の世界」

 を感じました。


 また、幼心に、シミだらけの表紙や、日焼けし黄ばんだ紙に、

「毒が染みついていそう」

 と恐ろしく思ったものでした。


 そんなページをめくると、名探偵が馬車で向かった現場では、

「腐ったたまごのようなにおい」

 がするという描写の後に、死体が発見されるのです。


 こういう読書体験は、電子書籍では得られないものです。


 得難くも楽しい体験を今でも宝物のように思っていますが、そんな私でも、今後はますます電子書籍が主流になっていくと思っています。


 私の実家では、一昔前、CDとゲームソフトを売る小さな店をやっていました。

 古くは昭和の中ごろに、レコード専門店として誕生した、地方の個人商店です。


 時代の流れに沿って、レコードはカセットへ、カセットからCDへ、そしてMP3などの形式でダウンロード販売をされるようになり、今ではストリーミングが主流です。

 レコードは、マニアックな層による嗜好品になりました。

 いえ、マニアック層であるはずのDJだって、近頃はレコードを使ったテクニックを披露することはほぼなくなりました。

 ましてCDは、購入する層など、今や特典を目当てにしたアイドルのファンがほとんど。

 ライト層の若い人は、音楽をCDで購入するという体験をしたことがないかもしれません。


 ゲームについてもそうです。

 スマホゲームはもともとソフトウェアの媒体はなく、ダウンロードのみです。

 PS4、PS5、NINTENDO SWITHなどでも、ダウンロード販売が主流になりつつあるのではないでしょうか。

 少なくとも、大手メーカーから発売されるビッグタイトルはともかく、インディーズや実験的な小規模のゲームは、ダウンロード販売しか選択肢がなくなりました。


 もともと、CDもゲームも、地方の個人商店に対しては「入荷数を絞り、しかも卸値が異様に高い」という扱いでした。

 これについては、食品や日用品と同じく、大量に仕入れる大型店舗には「安く多く一括で」卸すという構造と同じです。

 発注しても在庫は確保されず、卸値も、TSUTAYAの発売日初日における店頭価格より高い。

 そんなことはままあることでした。

 そして購入特典は、大型店舗にしか付かないんですね。

 このあたりはスーパーや薬局と同じです。


 多くの大型店舗の乱立により、あっという間に個人商店は壊滅しました。

 しかし兵どもが夢のあと。

 その後のダウンロード販売やストリーミング再生の隆盛により、かつて個人商店を駆逐した大型店舗も息絶え絶え、壊滅しようとしています。


 本屋もその滅亡を迎えようとしています。

 本については販売形態が特殊で、ある意味守られているので、ゲームや音楽よりは体力がありました。

 けれど、そろそろ限界が訪れようとしています。


 家に本棚を置き、重く、埃が付き、痛み、変色し、ページが外れていく紙の本を揃えるという行為が、贅沢になりつつあります。

 余裕のある人の楽しみ、趣味的な活動、嗜好品へと、じわじわと変容しています。

 現に特定の作家のファンにとっては、紙の本を買う行為は「お布施」と呼ばれるものに、既になっています。


 紙の書籍は、CDと同じく、コアなファンに向けたコレクター商品となっていくでしょう。


 私自身は、この件については

「残念だが当然」

 というスタンスです。

 時代の流れです。


 世間の流れに一人で逆らうのは不可能。

 電子書籍にも見逃すことのできない大きなメリットが多々あるのは事実。

 私はこの手に残った少ない紙の本を、大事に愛でていくのみです。

 

 ただ、こうして「電子媒体」だらけになり、形に残るものがどんどんなくなっていくとしたら。

 突飛な妄想ですが、私たちの文明が滅んだ後に、遺跡を発掘した未来人は、

『古代の人は、文字すら持たなかったのか!』

 なんて誤解するだろうなあ。

 そんな夢想をしています。


※石に刻んだものは残りやすいので、たぶんそこは大丈夫

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