逃げ切れ!脱出不能のプリズン合宿から
チクチクネズミ
初日
第1話 男子たちは飢えている
「ファ〇チキ食いてえ」
固いベットの上で俺は飢えていた。夕食はすでに腹の中に収めていたばかり、しかしとっくに内容物は元気いっぱいの胃袋が全部消化してしまった。そもそも食事の内容が満たすどころの話ではない。まずメインのおかずがぱさぱさのサバの塩焼き、ご飯物はごわごわとした雑穀米、わかめしか入ってないみそ汁。それとしば漬けが少々。どこの昭和の食事だ。こんなもので足りるわけないだろう。
常に肉に飢えて学校帰りにコンビニのホットスナックを覗きまわる男子高校生にはまったく足りない。口の中に油分が圧倒的に不足している。
「この生活があと六日も続くのかよ」
「俺この合宿で飢え死にする自信がある」
同室の宮間
「飢え死にはしないだろ。食い物は腹の中に入っている」
「俺はいつも飯は最低一回はおかわりするの。ああいうクソくそまずい飯は量でごまかすものなのに、おかわりすらできないとか。まじでブラックだオリエンテーション合宿」
うちの敷島高等学校は二年生に進級すると、山の中にある古いホテルの中で勉強合宿をするのが恒例行事だ。なぜ二年生という時期にと思われるが、二年生になると進路に合わせて文系理系にクラス分けされるからだ。しかしクラスによって科目の進捗状況がずれていることがある。それを合わせるために一週間もの時間を使ってこの合宿所で、勉強レベル調整をするという。また新しくクラスメイトとなった人と交流を深めるという側面もあるらしい。
趣旨からしてつまらないことこの上ない。
先輩たちから「覚悟しておいたほうがいい」「修行僧体験だ」と忠告されていたが、初日からジャブどころか鳩尾にストレートパンチでダウンとは思わなかった。
さすが監獄合宿と呼ばれることはある。
幸いなのは一年の時から親友であった宮間が同じ部屋にいてくれたことだろう。もう一人の同室である河坂は去年は別のクラスの人間で、部屋に戻るなり早々と風呂に行ってしまった。俺らと一言も話していない。
初日からこんな感じが七日間も続き、勉強しかやることがないとなればと思うと、つくづく宮間がいたことに感謝したい。
「白樺~なんか持ってないのか、チョコとか」
「そんなもの持ってきてるわけないだろ」
「実はポケットの中に隠しているんだろ。かばんの底に」
のそのそとベッドからゾンビのように這いずり出すと、勝手に俺のカバンをあさり、パンツにノートやら詰め込んでいた荷物を床に無造作に散らかした。
「ろくなものが入ってねえ」
「当たり前だろ、事前に持ち物検査されて余計なものは没収されているんだから」
宮間に散らかされた荷物を片付ける。出したら直しておけよな。
勉強に集中させるため余計なものを持ち込ませないために学校で徹底的に持ち物検査をさせられた。お菓子やら携帯ゲームやらを持ち込んでいた生徒は没収に加え、反省文を書かされるという苦行を科せられたと、この合宿の厳しさをまざまざと公開処刑という形で見せつけられた。
ゲーム類はともかく腹を十分に満たすことができない食事を用意しないくせに、お菓子やカップ麵を持ち込ませるのすら不可とか、男子高校生にダイエットをさせろというのか。
「じゃあ本当に何にも持ってきてないのか」
「……そんなわけないだろ」
履いていた靴を脱いで、中敷きの下を外して四つ折りに折りたたまれたそれを取りだした。
「じゃじゃん。千円札」
「じゃあこっちもじゃじゃん、ペンライト。一見太いシャーペンのように見えるからバレずに済んだぜ。ほら後ろのボタンがシャーペンの芯を出すのにそっくり」
グッドだ。
今の時代、ライトも支払いも携帯一つでできるのだが、携帯電話はこのホテルに入った時に先生に預けられてしまった。一応お風呂に入った後には家族と連絡できる時間を設けるために一時間たったら返される規則となっている。最終日まで取り上げられるわけではないが、自由に手元に置いておけない。どうも盗撮防止のためらしいが、それなら食事の後に返してもらってもいいものなのだが。
「しかし先輩のアドバイスで金は持ってきたが、どこで使うんだ。合宿所に購買もコンビニもないし」
「おいおい、あの伝説の『コンビニ男』の話を知らないのか」
「『コンビニ男』?」
伝説と謳われるにしては安直すぎる名前。よく似た小説の名前を聞いたことはあるが、もっと威厳のある二つ名をつけられなかったのかよ。
「またの名を『脱獄からの帰還者』」
「そっちを先に出せよ。コンビニ男だと伝説っぽくないだろ」
「覚えにくいだろウルトラマンなら超人、スパイダーマンなら蜘蛛男。『脱獄からの帰還者』は連想しにくいだろ。で、コンビニ男の伝説だけど。このブラック合宿唯一のオアシスたるコンビニがホテルの麓にある。だが、厳重な監視の中で今までホテルからコンビニに降りて戻ってきた人間はいなかった。が、『コンビニ男』は達成した」
「達成した? どうやって」
「『コンビニ男』と同室の生徒は物足りない夕食に飢えていた。コーラをフライドチキンを、ポテチを。とにかく油分と炭酸飲料に飢えていた。そんな中、風呂に行った『コンビニ男』が袋いっぱいに詰め込んだポテチやらコーラやらフライドチキンを詰め込んで部屋に戻ってきたんだ。その夜先生に気づかれないように布団の中でコンビニパーティーをしたという伝説さ」
「その『コンビニ男』の再来を俺たちで再現すると」
「おう、察しが良くて助かる」
「それで、『コンビニ男』はどうやってコンビニまで行ったんだ」
「わからん」
「はい解散」
「あきらめるなって、ルートや正体はこれから探るから」
「正体不明のまま、残り五日で脱出経路を探すとか無謀極まりないだろ」
「その五日だけで伝説の再来をするんだって。なぁ頼むよ白樺」
よよよと宮間は俺の袖を引いてしなをつくる仕草をする。
「きもい。きもいってやめろ」
「ああ、そんなこと言わないでくだされ。協力してくれないと私身を投げて」
抱き着こうとすがる宮間を足蹴にして離そうとしたとき、廊下の方から野太い声が壁の薄い部屋の中に響いてきた。
「まだ風呂に入ってない男子は早く入れ。もうすぐ女子の番だぞ」
「やべ、
モリセンの声で体が引っ張られるように、パンツとシャツを片手に宮間は慌てて外に出て行った。しかし、『コンビニ男』か。まだ情報がつかめていないとなると前途多難だな。
まあその『コンビニ男』俺の兄貴のことなんだけどな。
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