魔境攻略作戦“Tear”

プロローグ

龍宮の攻略の翌日。


澄火とシュライエットが眠る中、俺はベッドを抜け出してリビングのソファに腰掛ける。


エルの遺した短剣を取り出し、刀身を鞘から引き抜く。


「……エル」


あの島と同じように、エルの幻影がふわりと現れ俺の眼前に佇む。

相変わらず高貴なオーラを保っていて、その瞳はこの世の全ての知を凝縮したような光を放っている。


「……あなたは……どうしてそこにいるのですか?」


しかし、エルの幻は何も答えない。


「あなたは……今どこにいるのですか?」


ただ、微笑みを浮かべるのみ。


エルの幻はしばらくすると、不意に俺に手を伸ばしてくる。俺は手を重ねようと、手を伸ばそうとしたところで……ふっと幻は消え去った。


さながら、夢であったかのように。


俺はしばし余韻に浸ったのち、短剣を腕輪にしまい、代わりに幾つかのアクセサリーと道具箱を取り出す。


ステータスには“器用”という項目がある。この影響で、俺は……というか、高いステータスを持つ探索者はに関しては天才的な技量を持っている。


ただし、芸術というのは得てしてセンスが問われるものであるので、天才的な技量を持って創られたものが価値があるかというのは、また別の問題であるが。


澄火が絵画を描いてエルやシュライエットに見せていたことがあるが、とても微妙な反応––––王女の教養として、芸術の知識を多く持つエルには特に––––をされていた。


美術的センスと、ものを作る腕前とはまた別の問題であることがはっきりした瞬間であった。


「……おはよう、旦那様」

「おはよう、シュライエット」


俺は後ろから声をかけてきたシュライエットに挨拶を返す。


「ちょうど完成したところだ」

「……何が?」


シュライエットは俺の横にピッタリと寄り添うように座る。


「眼帯だ。義眼を付けるという選択肢もあるが……何となく、こっちの方が似合うような気がしていてな」


俺は先ほどまで作っていた眼帯をシュライエットに付けてやる。


シンプルながらも、細部の装飾にこだわった赤い眼帯。

モチーフをシュライエットのユニークスキルである爆発におき、さまざまなアクセサリーの部品を丁寧に組み合わせて作った、我ながら会心の一作である。


ダンジョンでドロップした鏡をシュライエットの前に置いてやると、シュライエットは満足そうに眼帯を撫でる。


「ふふ。ありがとう、旦那様」


シュライエットは俺のほっぺにキスをして立ち上がる。


「澄火はまだ当分寝ていそうだし、何か作るよ。ここで待ってて、旦那様」


ふんふふーんと謎の鼻歌をしながら台所に消えていくシュライエット。

鼻歌を歌っているのは、機嫌が特にいいことの証左である……片目を失ったとはいえ、あまり気落ちしていないようで少し安心した。


と、タブレットの画面がつき、麻奈さんからのメールの着信を知らせる。件名は「“龍宮”攻略作戦の結果について」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る