第2章 ダンジョン探索、開始!

プロローグ

「私、家に帰りたくない」


栗色の髪を持つ少女––––星野澄火は、そんな家出少女のような発言をした。


現在は病院前。

なんとか探索者になるための複雑怪奇な手続きを済ませ、さあ帰ろうという矢先の言葉である。


「……さっきは私も帰るとか言ってなかったか?」

「気のせい」


気のせいらしい。


「……帰りたくないって言ったって、どうするんだ?」


ホテル暮らしでもするつもりか?


「私たち、お金もらったでしょ?」

「…………ああ、そうだな」


俺はなんとなく話の流れが読めた。

それで自分の家を買う……ということか。


「そのお金で、家買って2人で住も?」

「…………え!?」


全然話の流れが読めていなかったようだ。


っていうか、病院の前で結構な人通りがあるなか、その発言はやめて欲しかった……


ニヤニヤという視線が周囲から向けられ、「元気が出るわねー」などとのたまうご老人までいる。


「……とりあえず、ここを離れよう」


俺は澄火の手を取り、その場を急いで立ち去る。

いい感じに離れたところで、再び澄火に向き直った。


「……えっと、二人で住むって本気か?」

「そばにいるって言った」


……確かに言った覚えがある。


「いや?」

「……べつに嫌じゃないけど」


美少女との同棲(恋人じゃないので、この言い方があってるかは知らないが)生活。

正直、かなり心惹かれるものはある。


「じゃあ」

「……っていうか、なんで帰りたくないんだ?」

「…………」


無言で指でバッテンを作る澄火。

言いたくないらしい。


「……いいたくないから、別にいいけど……うーん」

「何か他に問題が?」


問題……倫理とか道徳とかそういう感情的な問題の他には特にない。

経済的には十分二人で生きていけるだろうし、学校も探索者活動を理由として公欠扱いになるので行く必要がない。なんなら、やめてしまってもいいくらいだ。


「……じゃあ、そうするか」


断る理由が見つからなかった俺は、結局折れることにした。


「……やった」


ぱああと澄火は花が咲くような笑顔を浮かべた。

俺は別れたばかりの熊川さんにメッセージアプリで連絡を取る。


若槻 お疲れ様です

若槻 若槻です

若槻 二人が住める家を紹介していただけませんか?


神速で既読がつく。流石の事務能力だ。


熊川 おっけー

熊川 予算と、どんな家が欲しいか教えてくれればすぐに紹介するよ


「えっと、予算とどんな家が欲しいか……だってさ」

「私からは、小切手から二億円は出すよ」


俺も同じくらい出すとして四億。

……結構な高級住宅が買えそうだ。


「それで、どんな家に住みたいんだ?」

「できれば、マンションの高層階がいい。将来引っ越しするときにも売りやすいらしいし」

「了解。じゃあそう送っとく」


若槻 予算は四億円ほど、マンションの高層階がいいです

熊川 了解。……超高級マンションはちょっとお金が足りないけど……まあ、そこそこのグレードのやつを用意しておくよ。

熊川 ああ、一応言っとくけど、避妊はしなくてもいいけどちゃんと責任は取るようにね


余計なお世話だ。

3分ほどして、次のメッセージが送られてきた。


熊川 じゃあ、この不動産屋に行って。もう話はつけてあるから、小切手を渡せば換金と口座への入金もしてくれるよ

熊川 何かトラブルがあったら私に連絡してね

若槻 ありがとうございます

熊川 いいってことよ


俺はメッセージアプリを閉じ、澄火に向き直る。


「熊川さんが不動産屋さんを紹介してくれたから、そこへ行こう」

「……ん。楽しみ」


そういうと、澄火は駅へ意気揚々と歩き出す。

俺は慌ててその後を追った。

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