第17話◆月が綺麗な夜ですね

 木の上のお兄さんを選んだ理由は単純だ。

 ごく自然に、そして安全にこちらからアプローチできて、反撃を食らいにくい。

 周囲には人通りは少ないが、俺がいる場所は宿屋の入り口の目の前だ。

 もし声を掛けて攻撃をされても、騒げばすぐに宿屋にいる人が気付きそうな場所。

 そしてこの宿屋、怪しいお兄さん達がチラチラと見ている宿屋だ。

 おそらくアイツが泊まっていると思われる宿屋。


 ジ……。


 宿屋の入り口の前で足を止め、木の上のお兄さんをジッと見る。

 早く俺の視線に気付いて。わかりやすく見てるんだから、はやくはやくー。

 というか周囲のお仲間も、俺が木の上のお兄さんを見ていることに気付いてもいいんですよ!!


 新聞を持っているおじさんが俺のことを気にしているのかな?

 こちらをチラリと見た気がする。

 このおじさんがリーダーなのかな。周囲にいる怪しい人の中で一番強そうな感じがする。 どうしようかな、木の上のお兄さんは俺の視線に気付いてくれないし、新聞のおじさんにする?

 あ、木の上のお兄さんがやっと俺の視線に気付いてくれた。


 ヤッホー!!


 お兄さんが俺に気付いて目が合ったので、子供の無邪気な笑顔で手を振ってみた。

 そんな、メチャクチャびっくりしたように目を見開かなくてもー、俺はただの通りすがりの無邪気な子供ですよー。

 新聞のおじさんもこちらを見ている。ダメだよ、そんな露骨に反応したら不自然すぎて、お兄さんとおじさんが仲間だってバレちゃうよ。

 屋根の上の人も路地の人も動揺したのか、僅かに身じろぎをした気配を感じた。


 相手の方が人数は多い。そして俺が気付いていることを全員に認識された。

 そしてこの人達は全員俺より強い。

 まともにやり合って勝てる気もしないし、やり合う気もない。

 だから俺は自分が子供だという特権を使っていく。


「月が綺麗な夜ですね! 木の上からだと月がよく見えますか~!?」

 新聞のおじさんを横目でチラリと見ながら、木の上のお兄さんに大きな声で尋ねた。

 俺は空気が読めない無邪気な男の子~。

 もしこれで攻撃をされるなら、銀髪が泊まっていると思われる宿屋に飛び込めばいい。


 こっそり銀髪をつけまわしているのなら、銀髪にバレたくないだろう。

 今まで見た感じでは、そのチャンスがあっても銀髪を襲撃するような素振りはなかった。 ただひたすら周りをウロウロしているだけだ。

 そのことからすぐに武力に訴えるような相手ではないと踏んで、逃げ道を確保しつつアプローチをしてみた。


 品のいい宿屋が並ぶ静かな通りに、声変わり前の子供の声――俺の声が響いた。


「ちょっと君!? って何で俺、子供に見つかってんの!?」

 最初に反応したのは木の上のお兄さん。

 何でって言われても、街頭やら月の光で明るいから、黒い装備で影の中に隠れても装備の方が黒くて、よく見ると浮いちゃってるんだ。


「おいバカ、でかい声を出すな!」

 屋根の上のお兄さん、注意したつもりかもしれないけれど、自分も大きな声を出していますよ!

 しかも周囲が静かだから、ものすごく響いていますよ。


 バサッという新聞の音がすぐ近くで聞こえた。

 やべ、上のお兄さん達に気を取られて、一番やばそうな新聞のおじさんから注意が逸れていた。

 気付いたら新聞のおじさんが俺の肩にポンッと手を置いていた。


「君、冒険者? 平民の子供かな? 夜遅くにこんなところで何をしてるんだい?」

 ものすごく圧のある笑顔。

「月が綺麗な夜だから散歩をしてたら迷っちゃいました~。おじさん達もお月見?」

 そっちが圧のある笑顔なら、俺は子供らしい無邪気な笑顔で対抗だ!

 そしてこっそり手の中に、いざという時のアイテムを収納から出して握っておいた。

「そうだなー、おじさんは知り合いと待ちながら月が綺麗だから見ていたんだ」

 圧はあるが殺気や悪意は感じられない。だが明らかに手練れ。


 確実に俺より強い相手に至近距離まで近付かれてしまった。

 どう見ても怪しい人達だけれど、これ以上は危険だ。

 思ったよりやべー相手の可能性があるので素直に撤退して、ギルドかあの大男に報告しよう。


「ところで君、『おじさん達』って言ったよね? どうして"おじさん達"って思ったんだい?」


 しまった!!

 一旦引くための言葉を考えている時に聞こえたおじさんの声でミスに気付いた。

 やべー、これは怪しいと思って声を掛けたのがバレたか!?

 強行突破で逃げるしかないかと、手の中に用意しておいた強い衝撃を与えると大きな炸裂音がする小さな玉を、地面に向け指で弾こうとした。



「ねぇ、君達うるさいよ。こんな夜に何を騒いでるの? 常識がないの?」



 隠していた玉を指で弾こうとした瞬間、突然後から聞こえた高い声にびっくりして、手の中から玉をポロリと地面に落としてしまった。

 だが落としたくらいの衝撃では破裂しないのでセーフ。

 なのだが……。


「何だそれは!? 手の中に何を隠している!?」

 俺の手から零れ落ちた小さな玉に気付いたおじさんが俺の手を強く掴んだ。

 その勢いで手の中に残っていた玉が地面にポロポロと零れる。

 そして手を掴んで引かれたのでよろけてしまった。


 ババンッ!!


 踏んだ。

 踏んだらやっぱパァンするよなぁ。

 静かな夜の町に炸裂音が響き渡った。


 その大きな音がしたはずみに足を動かすと、別の無傷の玉を踏んだ。

 あっ! わざとじゃない! わざとじゃないよ!!

 大きな音にびっくりして動いたら、踏んじゃっただけなんだ!

 他にもまだ散らばっているから踏まないように気をつけないと~!!

 ああ~~、また踏んじゃった~~~~!!


 収納の中から追加の騒音玉をポロポロと落として踏みながら、俺をびっくりさせた声の方を振り返ると、あの銀髪のおガキ様が目に入った。


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