第3話 婚約を破棄されて
「パトリック」
「お嬢様。殿下とのお話は、いかがでしたか?」
「色々と大変なことになってしまったわ。詳しくは、歩きながら話すわね」
「かしこまりました」
エヴラール王子が居た部屋を出てきて、お城のエントランスで待機していた執事のパトリックを呼んだ。私の声に反応して瞬時にスッと接近すると、横に並んで歩く。そのまま私は立ち止まらずに、馬車が止めてある場所へ向かった。
彼は、私が生まれた時から今までお世話してくれている執事である。とても頼りになる人で、豊富な知識と人脈を駆使してお店の経営もサポートしてくれていた。
だから、彼にも大きく関係する大事な話。その前に、話しておくべきこともある。まずは、そっちから話そうかしら。
「婚約を破棄されちゃった」
「左様でございますか」
どうやら、あまり驚いていないようだ。少し前から、私とエヴラール王子の険悪な関係を知っていたからだろう。こうなることをパトリックは予想していたようね。
「それから、お店の営業を禁止すると言われてしまったわ」
「ッ!? そ、それはまた……」
こっちの話は、パトリックの反応も大きかった。私と同じ気持ちのようで、珍しく予想外という様子だった。納得していないという顔。横暴だと言いたげだわ。でも、それが出来てしまう権力をエヴラール王子は持っている。無視することは出来ない。
私は、エヴラール王子が引き起こした災難を避ける良い方法を、これから頑張って必死に考えないといけない。なんとかして、大事なお店を守らないと。
パトリックに報告しながら歩いていると、馬車の前に到着していた。
「お手を」
「ありがとう」
横に立っていたパトリックが手を差し出し、私の手を握る。支えになって、馬車に乗る手助けをしてくれた。とても楽に乗り込むことが出来て、座席に腰を下ろす。
私が座ったことを確認してから、パトリックも乗り込んだ。斜め前に座っている。扉が閉められて、御者が馬を操って走り出す準備をする。
「出発しますね?」
「大丈夫です。出してください」
「了解しました」
馬車の乗り込みが完了すると、すぐ出発してくれとパトリックが御者に指示した。ゆっくりと走り出す。
これから、今後のことについてお店の皆と話し合わないといけない。そうなると、目的地は私の経営しているお菓子店かしら。
「パトリック、シェトレボーのスタッフ達と今から緊急で話し合う場を設けて」
「わかりました。ですがその前に、旦那様にも婚約を破棄された報告が必要では?」
「あ、そうね」
私にとっては、お店のほうが優先度が高い。そのために、婚約を破棄されたことを忘れてしまいそうになる。パトリックが指摘してくれて、報告しに行く必要があると思い出した。
「お店の方は、お父様に報告した後になるかしら」
「それがよろしいかと」
「わかった。先に自宅へ帰ってお父様に報告してから、お店の方ね」
「そのように手配します」
このままお店の方に急いで行きたいけれど、私は公爵令嬢だった。面倒だけれど、お父様に報告しに行くのが先かな。
ならば、これから私が向かう先は王都で生活している屋敷だ。自宅に帰らないと。
「屋敷に」
「かしこまりました」
王都の道で馬車を走らせていた御者に、パトリックが行き先を指示する。これから自宅に帰るため。
おそらく私が報告しに行っても、お父様は適当に相槌を打ち、適当に処理するだけだろうけど。それぐらい、お父様は家族に対して無関心な人だった。自分の仕事以外には興味がない人。
「しかし、殿下は本気でお嬢様のお店に営業停止を命じたのですか?」
「えぇ、そうよ。怒りに任せて、お菓子店は許さないって」
「ですが、そんなことをすれば王都が大変なことになりますよ。ここだけじゃなく、各地で営業しているお菓子店も禁止されてしまったら」
「私がユークイナ王国内で営業するのは、全て禁止だそうよ」
「それは……、えっと。やはり、大変なことになりますね」
パトリックは、全国で禁止されたという話を聞いて絶句した。そして彼は、私達のお店が営業停止することによるユークイナ王国への影響を非常に重く捉えていた。
お店の営業を停止してしまうと、私達が困るだけじゃなくて、利用してくれていたお客様達も悲しむだろう。それにより、暴動が起きるほどの強烈なショックを与えるだろうと、パトリックは考えているらしい。
お菓子が買えなくなっただけで、暴動? そんなまさか。利用者も多くて、人気があることは知っている。けれど、そこまでの出来事にはならないでしょう。
そんな大事になるのかしら。今まで販売してきたお菓子が気軽に買えなくなって、悲しんでくれる人は居るかもしれないけれど。
私の頭の中に何人か、お菓子店の常連客の顔が思い浮かんでいた。お店のお菓子を好きで居てくれる彼らを悲しませるのは辛いわね。どうにかしたいけれど。
「お店を閉めたぐらいで、それほど大きな影響が出るかしら?」
「間違いなく、悪い方向で影響が出ると私は予想しております」
「そうなのね」
私は、そこまでの大事なのかしらと半信半疑だった。しかし、パトリックが予想を外すことは滅多に無かった。今回の予想も、おそらく当たっているんだろうと思う。
だとすると、今後の動き方についてはより慎重に考える必要がありそうだ。大変なことになってしまったわね。本当に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます