人間の滅ぼし方

風崎時亜

第1話 神々の集結

 世界中の何千何万という神と仏、その他信仰の対象とされている『存在』は今、一堂に会して話し合いを行っていた。

 そこはあまりにも広い聖堂だったので、各々の存在の代表者が円卓を囲んで話すことになり、他の者は様子を眺めているばかりだった。

 

 代表者の中には、座って宇宙を仰ぎ考え込む者、下界の地球をじっと見つめる者、頬杖を付き成り行きを眺める者等がいた。

 彼らはそれぞれの面持ちで、永遠とも思える時を過ごしている。


 やがて不意に東を纏める神が言った。

「最近の地上には、ヒトという生物が大量発生していて困っている」

「ああ。もう彼らの単位で八十億を超えたらしい」

 西を纏める神が答える。その視線は片時も地球から離れない。

「しかも他の生物の事も顧みず、環境破壊を続けているそうだ」

 傍観を決め込んでいた南を纏める神が頬杖から顔を上げ、会話に加わった。

「ならばやはり滅ぼしますか」

「ああ、滅ぼすしかないな」

 北を纏める神の問い掛けに東の神が間髪を入れずに言ってくる。

「しかし今までもそうだったが、地震や津波、ハリケーンに病原菌など様々な災いを仕掛けてみたけれども、彼らは一向に減る様子がない。むしろ結束を強めて増殖して行っている」

 南の神が忌々しそうに言う。ううむ、と一同は考え込んだ。


「私ならば、彼らにたった一つの能力を与えるだけでヒトを滅ぼす事が出来ますよ」

 女神の代表が静かに語り出した。

「その方法とはなんだ?」

 東の神が聞く。神々の視線が一斉に女神へと向けられる。彼女は言う。


「二千人程のヒトに一度だけ『何でも願いが叶う力』を与えるのです。ヒトは自分が一番可愛いから、自分だけ良い思いをしたいと考える者が出るでしょう。すなわち自分に都合の悪い者が死ぬ事を願います。更には、自分以外は死んでしまえと願うヒトも居るでしょう。数人がそう思うだけでも世界中のヒトは滅びる筈です」

「それは上手く行かないと思います」

 今まで黙っていた仏界の代表者が静かに語りだした。


「ヒトの中には世の中の全てのヒトが幸せに長く生きられる様にと願う者がいます。その者達の心は愛が深く、他人を決して見離さない。そちら側の者達に力が与えられてしまうと、それこそ未来永劫ヒトは繁栄するのではないでしょうか?」

「なるほど」

「そこには考えが及びませんでした」

 西の神と女神が感心して言う。


「どちらにせよ」

 東の神が言う。

「どの様な結果になるのか試すのも良いのではないか?少なくとも数を削ることは出来そうだ」

「そうですね」

「そうしてみましょうか」

 神々が口々に言う。


「では」

 女神がその手に持った杖を振りかざす。

「世界の中の、二千人のヒトに我が能力を与える」

 杖が光り出した。


「お待ちください!」

「?」

 今、正に力が発動される瞬間に女神の動作を止める大きな声が響いた。神々はその者へと目をやる。


「これはこれは。歴史の浅い新興宗教の神よ。どうなされた」

 東の神が嘲笑う様に言った。新興宗教の神と呼ばれたその者は、数限りない神々の間を掻き分け、代表神達の元へと進もうとしていた。

「図らずもヒトにその様な力をお与えになってはいけません。どうぞお考えを改めてください。彼らは…彼らは…」

 息急き切るあまりに言葉が続かない彼に対し、東の神は戯けたようにこう言った。

「おお。ヒトへの愛が強いものよ。しかしこれは戯言だ。構わん」



 そして女神はヒトに能力を与えた。


 全人口の内の二千人にのみ与えられた『何でも願いが叶う』能力は効果が絶大だった。彼らは自分にその様な能力が与えられた事を知らずに、しかし確実に力を使ってしまった。

 ただしそれ以降もヒトの数は減る事はなく、あろう事か毎日確実に増え続けている。


 その日、かつて神々が会議をしていた聖堂には、あれだけいた彼らの姿は見当たらなかった。

 新興宗教の神と呼ばれた者のみが呆然と立ち尽くしている。

「…ヒトにあのような能力を与えてはいけなかった…私の言葉を何故聞いてくださらなかったのだ…」

 言葉を振り絞り、彼はガクリと両膝を付いた。


 最後の神の最後の言葉を聞き届けた後、その姿と聖堂は音もなく砂の様に砕けて消えて行った。


 能力を与えられたヒトの中で特に恵まれない環境にいた者は、他人に怒りを向けなかった。その代わりに自分を助けない神々を呪ったのである。


「人生なんか全く上手く行かないじゃないか!神だって俺を救わない!もういい、あらゆる世界の神やそれらに準ずる存在など、跡形もなく消えてしまえばいい!」

 彼らは天を仰ぎ、異口同音にそう叫んだのである。


 この世には、神も仏もいやしない…

 いつからかヒトは皆そう思う様になり、その瞳には虚ろな世界が映り込むばかりとなって行った。


                           了






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