およしになってドラマチック
「誕生日おめでとう。悪いけど、俺と別れてほしい」
二十七歳になった初めての夜、無慈悲な言葉とともに、恋人から手切れ金とばかりに渡された誕生日プレゼントは、せめてもの慈悲で商品券だった。これが現金だったら、本物の手切れ金になってしまう、そんなこの男の都合だけの、慈悲で。
「ほんとにごめん、でも別れるなら今日しかないって、思ったんだ。新しい君が生まれる、今日しかないって」
「はあ」
果たして、この「はあ」は、理解不能な溜め息だったのか、はたまた彼に物申すための「はあ?」という怒りの疑問符だったのか、疲労困憊の私には判断がつかなかった。
私の彼氏は、いや、もう元彼か。元彼はとにかくドラマチックな出来事が大好きな人だった。プレゼントは基本的にサプライズを仕掛け、それが上手くいかないと不貞腐れる、そんなロマンチストで面倒なところが可愛い男だった。
いや、そもそも毎回サプライズを仕掛けるって時点で、もうサプライズの意義を失っている気もするが、それはさておき。
なんとなく、別れを切り出されて理由はわかっている。大きく分けて二つの理由だ。
まず、一つめ。私が、ドラマチックとかけ離れた、日常的な存在になってしまったこと。
元々サプライズとか、するのもされるのも苦手で、彼のためにサプライズをしたこともなければ、彼のサプライズに涙することもなかった。
私はこの恋愛で共演者ではなく観覧者だったのだ。彼の望むドラマを、一緒に作るのではなく、一方的にドラマを見せ続けられる一視聴者に認定されてしまったのだろう。
そうして二つめ。どうやら彼は、共演できる、ドラマチックな想い人と結ばれるらしい。誕生日に別れを切り出されることも、風の噂でなんとなく知っていた。
今までは、各イベントをドラマチックに過ごすために、不本意なことも我慢しながら、私と付き合っていた彼は、漸く運命の相手と出逢えたという。
そのお膳立てに、私の誕生日を使ったのか。別れをドラマチックに仕立てるために、私の誕生日まで待ったのだろう。
むなしい。彼の望むドラマチックで、今までどれだけ私が傷つき、疲弊したか、彼は露ほども知らない。
付き合って初めて彼の誕生日に、私は誰よりも早く「おめでとう」って言いたくて、日付が変わった瞬間にメッセージを送った。彼はそっけなく「ありがとう」という返事を寄越した。
その後にあった私の誕生日に、彼は何のメッセージもくれなくて、二日後に会った時に「誕生日おめでとう」と言われた。
もしかして忘れられてたの、とか、誕生日を間違って覚えてるんじゃ、とか、色々モヤモヤしている私に、彼は得意顔で
「俺、絶対会っておめでとうっていう派なんだよ。メッセージってナンセンスだろ?」
と、宣い、もう一度「誕生日おめでとう」と、誕生日じゃない日に祝辞をのべた。
はいはい、ドラマチック、ドラマチック。
ナンセンスな女でごめんなさいね。
心の中で、嫌な気持ちが湧き出してきて、それが必死で表に出ないように「ありがとう」とお礼を言った。
こういった調子で、彼のドラマチックなポリシーは、私を嫌な気持ちにさせ続けた。
ある時は、何かの記念日でもないのに、信じられないほどでっかいバラの花束をデート前に渡され、デート中ずっと邪魔だなと思いながら持ち続けた。けして持ってはくれなかった。帰りも電車で一人、でっかくて重たいバラの花束を持ってるのを乗客にチラチラ見られるのが恥ずかしくて、数回このまま電車に置き去りにしてしまおうか、と考えたくらいだ。
ある時は、加湿器専用のアロマオイルを誕生日にプレゼントされた。私は加湿器を持っていないのに。まあいいかと思って受け取って数日後、家に来た彼が「使っているか?」と聞いてきたので、加湿器を持っていないので使っていない旨を伝えたら、不機嫌になり
「使えないもの持っててもしょうがないだろ、俺が使うから。あーあ、せっかく君に似合う香りをブレンドしてもらったのに」
とブツブツ言いながら没収された。要らなかったので別にいいが、代わりのプレゼントはとくにもらえなかった。
そして今、この瞬間、別れという最後のシーンすらそれに振り回されようとしている。
どうしたらこの別れをドラマチックから遠ざけられるだろう。彼の言う「ナンセンス」な別れに仕立てられるのか。
泣いてもダメ、怒ってもダメ。
自分に酔っているこの男に何と言うのが、ドラマチックな別れを止められるのか、ずっとずっと考えていた。
そう思っていた矢先、同じ職場の珠理ちゃんが天命を与えてくれた。
ナンセンスな女が一生懸命考えた、最後のドラマをくらえ!
「ねえ、今すぐ、私の連絡先、電話番号もメールアドレスも全部消して」
「それで君の踏ん切りがつくならお安い御用だよ」
彼は、気取った台詞を吐きながら、芝居がかった様子でスマホを操作し、私に画面を見せながら、連絡先を削除した。
よし、ここからが本番だ。
「あなた、本当は珠理ちゃんと付き合うために私と別れるんでしょ」
珠理ちゃんとは、私と彼と同じ会社の後輩の女の子だ。これはもう裏取りもできている。
あまりに私が堂々と言ったからか、彼は驚きながらも素直に肯定した。
「……彼女は悪くない、悪いのは俺さ」
「やっぱりね、おかしいと思ってたの」
棒読みにならないように、細心の注意を払って、用意していた台詞を神妙な面持ちで吐き出す。
「珠理ちゃんが私とあなたが、個人メッセージでしかやり取りしてない内容や、この家でしか話してない内容を知ってたの」
「え?」
「あなたが言ったのかとも思ったけど、もう一つ考えたの、私」
ここで、用意していたコンセントタップをそっと取り出して、彼に見せた。
「……これはなに?」
「わからない、けど、テレビ裏のコンセントにさしてあったの。私の物ではないから、あなたのもの?」
「……いや」
「調べたわけではないけど、コンセント型の盗聴器があるらしいわね。ああ、あと、スマホの電池の減りが早いのって裏で監視アプリが動いてる場合もあるんですって。あなた言ってたじゃない? 電池の減りが早くなったって。珠理ちゃんは若いからさすが物知りね」
顔面蒼白になっていく彼にとどめの言葉、いや、クライマックスに導く台詞を。
「珠理ちゃん言ってたわ。あなたのすべてを知りたいって。私とはできなかったドラマチックな恋愛ができそうね、珠理ちゃんとなら」
まあ恋愛ドラマというか、サスペンスドラマになるかもしれないけれど。
用意していた台詞をすべて言い終えた私は、へたりこむ彼に内心ほくそ笑みながら無言で立ち去る。これでこのドラマは終わり。
もちろん、このドラマはフィクションだ。
私が珠理ちゃんに言われたのは
「先輩より私の方が、彼を幸せにできます。身を引いてください」
という、謎の彼を幸せにします宣言だけだ。普段の彼の言動から必死でそれらしいシナリオを作り上げた。
ナンセンスな私の考えた、彼のドラマチック主義への復讐劇はこれにて閉幕。後はあの二人がどうなろうと知ったこっちゃない。
これに懲りたら、ドラマチックの押し売りは、金輪際およしになってくださいな。
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