7.竜魔の姉弟
我ら親子は再びあの街を目指した。
宿代が支払われていたのならば、彼らが必ずくるからだ。
来た道を戻りながら、スラーニャの手首の擦過傷に軟膏を塗る。
印字を打ち過ぎて擦り傷をこさえてしまったのだ。
「痛かったであろうな。だが、おかげで生き残れた」
「だいじょうぶ、かすり傷」
「かすり傷であったとしても、子が傷つき喜ぶ親はいない」
気丈な事を言うスラーニャにその様に告げると、スラーニャはそうかと何やら頷いていた。
労をねぎらいスラーニャを背負って街に戻った頃にはもはや夕暮れ時だった。
そして、戻って来た街の様子は一変していた。
出入り口には兵士が検問に立ち、出る者、入る者をチェックしている。
昨日来た時にはあのような者達はいなかったはずだが、悪い変化ではない。
そんな事を考えていると兵士のチェックを受ける番が来た。
「止まれ。……子連れか。念のため確認するぞ、どこぞから浚ってきた訳ではあるまいな」
「確かに我らは血の繋がりはありません。ですが、親子です。苦楽を共に生きております」
私の言葉に訝しい様子を見せた兵士だったが、今一人の兵士が何かに気付いて口を開く。
「この子連れではないか?」
「む……確かに人相書きに書かれた様相に似ているが」
兵士たちの言葉に私はまたもめ事が起きるのかと身構えた。
我ら親子は賞金首、その賞金を出すのがこの地の領主などであれば血を流さずにはすまないだろう。と。
私は微かに身を固くするが、兵士たちは少し緊張を解いたように感じて戸惑いもした。
そこに街中から年配の別の兵士が声を掛けてきた。
「何ぞあったのか? ん? こちらの御仁は……おお、まさかグロー兄弟を討ったと言う?」
「そう思われます」
「まさか戻って来られるとは……。ささ、お入りくだされ、お連れ様がお待ちですぞ」
結局、兵士達は我ら親子を街に入れそして、あの宿屋へと案内までしてくれたのだ。
その様子を街の者達は幽霊でも見たかのような顔で呆気に取られてみていた。
誰もが私たちが生きて帰るとは思っていなかったのだろう。
宿屋に辿り着けば、宿の主が出迎えてくれた。
「こ、これは剣士様」
「すまぬな、店主。もしかしたら一人二人野盗を逃したかもしれぬ。まあ、徒党を組む相手もおらぬから街に被害はでるまいが」
私がそう告げると宿の主は目を白黒させていたが、最後にはご無事で何よりでしたと頭を下げた。
受付の男もそばに居て、茫然としたように呟いた。
「腕が立つってレベルじゃねぇぞ」
「なんの。私なぞ凡夫、まだまだ精進が足らん」
私がそう返すとスラーニャが小さく呟く声が聞こえた。
「それはない」
その言葉に宿の主も受付の男も頷いていた。
……解せぬ。
ともあれ、彼の御仁は既に二階で待っていると兵士に急かされ、階段を昇り始めると。
「おお、参られたな、
若々しく清涼感のある青年の声がした。
聞き知った声だ。
見上げれば予想通りの顔がそこにあった、金色の髪を持ち側頭部に鹿のような角を生やす青年。
人と異なるのはそればかりでは無くトカゲの如き尻尾も生えていることか。
されどその顔立ちは整っており、纏う雰囲気は偉丈夫のそれである。
非常に力強く目立つ存在と言えた。
彼は竜魔と呼ばれる人と竜が入り混じった種族であり、その保持する魔力量からこの地では大きな影響力を持つ存在である。
竜魔族はとある理由でその数を減らし今は流浪の民になっている。
グラルグスは元とは言えその王族であれば、いかに流浪の身とは言え大国の王とて無視できない存在であった。
そんな彼が私を兄と呼びスラーニャを厚く遇するのには無論、訳がある。
絶対的な魔力を有しながら類まれなる戦士であるグラルグスは、しかし、その様な片鱗をいささかも見せずに軽やかに階段を下りて来て、スラーニャを抱え上げた。
「また大きくなったなぁ、お嬢」
「こんばんは、グラさん。そっちも大きくなった?」
子供特有の無邪気さでそんな事を言うので思わず苦笑いがこぼれる。
「これ、スラーニャ」
「かも知れんなぁ」
私が諌めるのとほぼ同時にグラルグスは頷きを返していた。
その様子に私が相変わらず甘い事よと笑うと、彼はスラーニャを抱えたままいつも通りの気安さで言葉をかけて来た。
「姉者がお待ちだ。それと、野盗討伐は本当に単なる野盗相手だったのか?」
「レードウルフの残党が一枚噛んでいた。私を倒さねば前に進めぬと申してな」
「……あの時のか。連中には俺の甘さを知らしめられたからな。で、今回も逃げた奴はいたのか?」
「いや、全員見事に散った」
逃げたのは野盗だけだと言い添えると、グラルグスはやはり恐るべき連中よと頷き。
「君、その廃村に兵を派遣してみてはいかがかな? 野盗がいかほど残っているのか逆算できるだろう」
そう案内してくれた兵士に指示を出した。
慌てて兵士が動き出すと、グラルグスはその背には眼もくれずに飄々と二階へあがっていく。
私もその後に続いた。
グラルグスがスラーニャを抱えたまま部屋の一室を開けると、彼と同じ特性を持つ若き女性が私達を待っていた。
金色の髪に緑色の瞳、そして側頭部より生えるは鹿の如き角。
トカゲの如き尻尾がローブの裾から出ており、手持無沙汰にゆらゆらと揺れている。
部屋に入れば弟同様に整った顔に穏やかな笑みを浮かべて我らを出迎えてくれた。
「久しぶりじゃのう、セイシロウにスラーニャ」
「久しいな、ロズワグン」
「ロズさん、おひさしぶりー」
私が首を垂れると同時に、スラーニャが楽しげに返事を返した。
「ああ、お久しぶり。スラーニャや、お土産持ってきておるでな、後で親父様につけて貰うが良かろう。髪の手入れは大事だからのぉ」
「お土産? 髪油?」
「そうじゃよ」
「ありがとう!」
嬉しそうに微笑むスラーニャを見て、ロズワグンは双眸を細めて良い子じゃなぁと笑う。
そして私の方を向くと、どう言葉にするのか迷うように緑色の瞳を細め、金色の髪を指先でいじりながら視線を彷徨わせた。
そして、意を決したように口を開いた
「すまぬ、セイシロウ。先方は呼びかけには応じなんだ」
「ここまでくれば致し方あるまい……」
私達が会話を始めるとグラルグスはスラーニャを抱えたまま。
「お嬢は腹が減らんか? 俺はもう腹が減って死にそうだ」
「お腹すいたー」
「では、一緒に食事でもいかがかな? お嬢を借りるぞ、兄者」
「かたじけない」
気を利かせてくれたグラルグスに感謝の言葉を投げかけると、我らの仲ではないかと彼は片手を振って階下に向かった。
扉が閉まればロズワグンは表情を改めて問うてきた。
「……殺るのか?」
「話し合いにならんのであれば、致し方ない。スラーニャの未来、潰えさせる訳にはいかぬ」
私が静かに告げると、ロズワグンはさもありなんと頷きを返した。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます