2.宿屋の騒動
荒くれどもに絡まれたが何とか夕刻前には街道沿いの街にたどり着いた。
余計な時間を食っては子に飯を食わせる事もままならぬ。
ともあれ、宿代は彼らが既に支払ってくれている筈だから指定の宿へと向かった。
だが、困った事に宿屋の受付がそんな予約は無いと言う。
「無いのか?」
「ありませんね、セイシロウ様と言う名前での予約は。そもそも貴方のような傭兵くずれ為に予約を入れるような奇特な方はおらんでしょう」
小馬鹿にしたような物言いではあったが、定職もたぬ身であることは事実。
恥じ入るより他はない、これも我が身の不甲斐なさよ。されども、少しばかり引っ掛かりを覚える。
「その辺りを気にする者達でもないのだが……。無い物は仕方ない、泊まれる部屋はあるか?」
「金さえ貰えれば、ありますがねぇ」
そこは宿屋も商売だ、誰であろうとも騒ぎさえ起こさなければ泊まれるようだ。
「宿代はどのくらいだ? ああ、食事付きで」
「子連れでは銀貨二枚はいただかないとねぇ」
「良かろう」
私は革袋から銀貨二枚取り出してカウンターの上に置くと宿の者は少しだけ驚いたように目を瞠ったが、即座に笑みを浮かべて告げた。
「お、お部屋はこちらです」
そう告げて案内しようとした矢先だ、宿の外が不意に騒がしくなった。
「子連れはどこだっ! 子連れの剣士だ! 黒髪の親父に金髪の娘の二人組だ!」
……騒々しいが私たちを探しているようだ。
「あ、あんたまさかグロー兄弟とイザコザがあるんじゃ……」
怯えた様な宿の受付の言葉に私は眉根をしかめて答える。
「その兄弟は誰かは知らん。襲ってきた荒くれは斬ったが」
「マジかよ、そいつらグロー兄弟の仲間じゃねぇのか? どうであれうちには関わりがない話だ、出ていってくれ!」
カウンターの銀貨をさっと奪い取り、宿の受付はまくし立てた。
そのやり取りを見ていたらしい他の客が宿の外へと転がり出て叫ぶ。
「子連れならここだっ!!」
……厄介な事になりそうだ。
「おやじ様?」
背で眠っていた娘が騒動に目を覚ます。
「スラーニャ、ちと騒がしくなるがすぐに静かになる。しっかり父の背に掴まっておれ。お前が戦うまでもない」
「合意≪あい≫」
娘とそのように話をしていると宿屋の扉を蹴破らん勢いで荒くれ男たちが入ってきた。
「……黒髪の親父に金髪の娘……。手配書は? 手配書に書かれた奴か!」
「……あ、こいつだ、こいつらだぜ兄貴!! 金貨五百枚の賞金首! ついでにフェロウたち三人を殺したのもきっと!」
身体の大きな男が隣の痩せた男に声を掛けると、痩せた男は羊皮紙と私たちを見較べて、叫ぶ。
ふむ、ただの野盗崩れがわざわざ街まで来て仲間を殺した私たちを探し出そうとは恐れ入ると思ったが、何のことは無い賞金が目当てか……。
「あの馬鹿野郎ども、こんな冴えない魔力無しに殺されやがって……。捨て置いたらグロー兄弟の名折れってもんよ! 金貨の為にも死んでもらうぜ!」
中々の巨体を誇示しつつ迫るのは兄貴と呼ばれた男。
手斧を振り上げながら厳つい顔に笑みを浮かべて熊の如く吠える。
「あいつらにどんな手を使ったかは知らねぇが、俺には通じねぇぜ! 死ねや!」
宿屋が狭く感じるほどの巨体が手斧を振り上げて迫るのは中々に圧巻ではある。
だが、恐ろしさはさほど無い。
私は一歩前に出て手斧が我が身に振り下ろされる前にその手首を掴み取る。
これを
ともあれ掴んだ指先に力を籠めると、ぎしりと骨が軋む音が響く。
「はっ?」
振り下ろしたはずの一撃を止められて巨躯の男が間抜けた声を出す。
「手を離すでないぞ、スラーニャ!」
「合意≪あい≫!」
目をむくグロー兄弟の兄を尻目に私は背中の娘に声を掛けて、がら空きとなっている脇腹に自由な方の拳を叩きこんだ。
こいつ、魔力で動きを補っているだけでさほど鍛えていないな? 腹回りの手応えが少々柔い。
「ぐおっ!」
「……屋内で吐くでなよ」
そう告げながら体を九の字にして悶える巨躯の腕から手を放すと、今度はさがったその顔に掌打を叩きこんだ。
勢いのままに宿屋の扉をその身で押し開け転がり出たグロー兄弟の兄が、道端に座り込んでいるのがぎぃぎぃと開閉を繰り返す扉の向こうから垣間見えた。
何が起きているのか理解できていない顔をしている。
「え? え?」
「……え?」
グロー兄弟の取り巻きはすっかり呆けており、間抜け面を晒すばかりだった。
肩を竦めながら私は口を開いた。
「屋内を血で汚す訳にもいかん。清掃代がかかるでな。さあ、表に出ろ。貴様ら如き雑兵の群れの相手は慣れている」
「ふざ――っ!」
さて、何と言いたかったのかは分からないが、荒くれの一人が激高して武器を振るってきたのでその顎を拳打で打ち抜く。
激情に駆られた動きは、私から見れば緩慢な動きでしかない。
それが感情に流された挙動の大きな動きともなれば、反撃はより容易いと言う物だ。
威力としては顎を砕くにはちと弱かったが、こちらも拳を砕きかねないのでこの程度で良かろう。
意識を失い膝から崩れ落ちる荒くれを無視して私は残った連中に告げる。
「表に出るが良い」
こいつらが出ないと言うのならばそれはそれで結構だ、まずは頭目だと思われるグロー兄弟の兄の方を片付けるだけだ。
何が起きているのか理解できない様子の連中を尻目に外に出れば、漸く立ち上がったグロー兄弟の兄に対して私は剣を抜いて構える。
トンボの構えを。
「お、お前、お前は……なんだ?」
グロー兄弟の兄は恐ろしい化け物でも見るかのような目で私を見た。
「ただのしがない剣士だよ」
私の言葉に何を感じたかグロー兄弟の兄は歯を打ち鳴らしながら吼える。
「魔力が感じられないのにっ! ば、化け物めっ!」
それが奴の最後の言葉となった。
<続く>
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